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クレア・イミト・デュラニウス。3/4


 時は少し進み、洞穴の中で食事とは言えない食事を済ませた二人は、改めてこれからの話をしようかと向き合っていた。


「それで、明日からどうするよって話なんだが」

「うむ」


「俺はこの世界に来たばかりだし、行く当てなんてないわけなんだがクレアは何かあるか?」


「——我は、我の体を奪ったものを探したいと思う」


理不尽に召喚転生され、この未だどんな世界かも判らぬ世界に取り残されたイミトとは違い、クレアに目的があることはおおよそ察しが付いている。


「んー、だろうな。手がかりはあるのか? 体の在処とか奪った奴の住んで居る場所とか」


元々から胴体と首が別たれている生物とはいえ、デュラハンであるクレア・デュラニウスには体が無いのだ。そして彼女はそれ《・・》について奪われたと表現している事からも彼女の目的が体探しと犯人の捜索である事は自明の理であろう。


しかし、手がかりについて心当たりを尋ねたイミトに彼女は何故だか答えを渋る。


「無いわけでは無い。しかし、それを言葉にするより先に幾つか確かめねばならんこともある」


そう言って情報の提供を拒んだクレアの違和感にイミトが小首を傾げない訳も無かったが、話は進む。彼女には彼女の理由があるのだろうと漠然とイミトは思っていた。


「クレアがどのくらいの時間、封印されていたかとかか?」


「さっき近くで戦争が起きていたのを【最近・・】とか言ってただろ、死体の状態から見るに時間の感覚がおかしくなってるんじゃないか?」



「うむ。それもある……貴様の記憶を見た時、我もそう思ったのだ」


クレアが封印を破るほどの力を得るキッカケになったとされる森の中の戦いは、イミトの主観から見れば随分と太古のように感じられていた。乾き切った肉体の朽ち方も、装備品の状態も少なく見積もっても数年は立っているような状態。


このクレアとの感覚の違いは後々に面倒が起きそうな予感があると二人が神妙な雰囲気を作り出すのには充分過ぎていて。


「ていうか、お前は何歳ぐらいなんだよ、割と同じくらいの歳に見えるんだが」

「あー、クレアな」


それでも考えても仕方がないと仕切り直すイミト。つい口から出た誤りを正しつつ一息ついて頭を掻く。すると、


「……お前で良い。もう面倒だ」


クレアも諦め交じりの一息をついて。髪の台座を動かし頭を振った。


「歳は数えておらんが、ツアレストの王が三代変わるくらいの歳月さいげつは生きておる」


「そりゃ絶句するな。デュラハンってのは、そんな長命なのか」

「知らん。我も同胞とは過去に一人としか出会っておらんからな」


それから身の上話をイミトにも分かりやすいように例えを用いて語ると、イミトは少し目を見開いた。この世界の平均寿命をイミトは知らないが、織田信長の【人間五十年】という知識を思い出し、雑多に数字を叩き出す。


 多くとも二百以下、少なくとも百近くなのだろう。いずれにしろ、見た目からは決して想像できない年月である。にわかには信じ難かったが、諦めの良いイミトは次に気になった言葉について考える事にした。


「パパとママはどうしたよ?」


クレアの同胞に自分は入っている訳がないとは思いつつ、過去に一人だけ出会った同胞という存在が気になっていた。言い方からして家族では無さそうだとイミトの直観が語る。


「……デュラハンは、戦場に突然発生する希少な魔物の一種よ。貴様の言う【自分が自分になった瞬間】とやらには、我は戦場で数多の兵士を切り刻んでおったわ」


すると、今度は回りくどくクレアが言った。彼女に家族は居ないらしい。イミトは何故だかバツが悪そうに目線を逸らして額を掻く。


けれど、


「いや……或いは」

「?」


クレアはそんなイミトが僅かにかもした気まずさに気付かず、イミトとは逆に目線を下げて思い出に想い馳せるようにひそやかにつぶやく。首を傾げ、クレアの様子を伺おうとするイミトだったが、


「それより、貴様は良いのか? 我と共に行くという事は戦場に身をひたすのと同じことよ。軟弱な世界の生まれである貴様についてこられる旅路ではないと思うが」


踏み込ませまいとするクレアに先手を打たれ、脅し文句を交えた問いにイミトは答えなければならなくなる。仕方なくイミトは少し間を置き、自分に御しやすい雰囲気を整える。


「は、優しい提案だが選択権があるのかよ」


「無論、我とは一時的に同行してもらうが、我の体を探すより先に貴様と我の【繋がり】を断つ方法を探すというのも一つの選択だ」


「我の体の事は貴様と縁が切れてからでも良い……まぁ新たな体を見つけるのも協力してもらうがな」


クレアが『確認するべき』と言ったのは、恐らくこの事なのだろう。遅ればせながら理解するイミトは少し考えた後、うつむいて小さくわらう。


「……どっちでもいいさ。少なくとも、俺はお前と旅をするのは楽しそうだと思ってる」

「それで充分だろ。別に一人になったところで目的も無いし」


嘘偽りのない真実の想いであった。クレアいわく、何も大切に思えない。彼女の言葉を思い出し、身にみさせながら放った言葉だった。


「うむ。そうか、いや、そうであったな。貴様はそのような輩よ」


それは呆れか、自嘲か、或いは両方か。クレアも嗤う。


呆れ、諦めたように。


そして——決意したように、覚悟を決めたように。



「そこに立て、イミト・ソーマ。貴様を我が体だと正式に認めよう」


クレアは得意げな優しい笑みで語りかける。


「なんだ、摩訶不思議な力でもくれるのか?」

 特に抗うことも無く、クレアの言葉に従うイミト。信頼、そんな仰々しい言葉が、この時の彼らに有ったのかは解らない。ただ、語り合ったこの時の二人には互いに敵意など微塵みじんも無くなっていたのは確かな事だった。


「そのようなものよ……ふふ、驚くではないぞ」


そう得意げに返したクレアの言葉を機に、イミトの足元の黒髪が巻き上がり、イミトの体を覆ってゆく。


「——お、おおおおおお⁉」


そしてイミトの驚きの中、イミトの首から下を覆いつくす黒髪は様々な変質を見せ、魔法としか例えようのない動きでその性質を変え、【形】を作っていって。


「……」

「ふふふ……どうだ、我が魔力の結晶たる髪から創りし鎧よ。デュラハンらしくなったであろう?」


瞬く間にイミトの体にまとわれた黒光りする全身甲冑。驚きに黙すイミト、クレアは誇らしげで、自慢げにイミトに感想を求めた。


だが——、

「……いや——」


『この鎧は無い‼』



「……な、何ぃぃぃぃぃい⁉」


イミトの心からのツッコミに、一瞬キョトンとしたクレアは衝撃的な驚きを受け、髪の台座から頭を落としそうになる程にる。


「いや、無いだろ‼ この全身鎧はセンスとしてどうよ⁉ 疑うぞ」


それでもイミトは続ける。言わねばならぬとガシャガシャと鎧を鳴らしながら訴えて。


「き、きさまぁ、我が鎧の何処が不満だというのだ‼」


すかさずクレアも反論したが、イミトには届いていない様子で。


「しかも色が黒、いや漆黒‼ 厨二か、厨二なのか⁉」

「なんぞ訳の分からぬ‼ 喧嘩を売っておるのか貴様ぁぁぁあ」


尚も続くイミトの訴えに、クレアは堪忍袋を解き放ちイミトに向かって飛びかかろうと頭部だけで宙を跳んだ。


イミトは——こればかりは流石にゆずれないといった覚悟の顔つきで襲い来るクレアを迎え撃とうとする。


しかし、


ガシャン‼

「——あ⁉ 体が動かね、ちょ、ま」


「それはまだ我が髪の一部よ、ふははははは」


突如として固まった鎧の中で、かすかな絶望。クレアが髪を嬉々として操りながら高らかにわらう。


「きたねぇぞ、テメぇぇぇぇえ‼」



——二人の不毛な罵倒合戦と一方的な暴力は、暫く続いた。


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