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凶兎博兎。2/4


そして——クレアとイミト、


「……待たせたな。別れの挨拶は済んでいるか?」


 「——貴殿らが時間をくれたおかげで十分だ。否、生きる覚悟は特と出来たよ」


並び立つは囲いの中で時を待っていた女騎士カトレアの前方。首以外をマントたなびく黒鎧に包まれたイミトの問い掛けに、自らの剣をさやおさめたカトレアは心穏やかに微笑む。


「ふん。それが、子供の戯言ざれごとで無ければよいがな」


「もう一度言っておくが、貴様とその魔石の魔物は相性も悪い。結界を解けば想像を絶する苦痛が襲うやもしれぬ。今ならば一思いに首を落としてやろうぞ」


 そんなカトレアへ言葉を送るクレア。鎧兜で表情こそ伺えないものの、その声色と鎧兜の向きがイミトの体より僅かに外を向いているところを見るに未だイミトから放たれる匂いを嫌い、不機嫌な様子。


「無論だ、同じ言葉を二度も飾る必要は無い」


「おいおいクレア、それじゃ俺とお前の相性が良かったみたいに聞こえるぞ」


対照的にイミトはカトレアの真剣な決意を他所にクレアを悪辣に嗤う。こちらは見るからにゴキゲンな様子であった。


「む……茶化すな、このうつけが。それは貴様とて解っておろうよ」


 「まぁ安心しろよ、カトレアさん。失敗したら遠慮なく殺してやる」


勝手に動く左腕が抱える鎧兜がイミトの顔を恨めしそうに見上げる中で、それを尻目にイミトはカトレアにも言葉を送って。


そして、

「俺は、アンタが嫌いだからな。躊躇ためらいは無いさ」


言い放つ。尚も浮かべるは悪辣で楽天的な笑み。しかし冗談めいていたが、何処か真実味を帯びているとカトレアが感じたのは瞳の奥にある色の所為であろう。


「……心遣い、痛み入る」


故にカトレアは拳を強く握り、喉に詰まりかけた息を飲んで皮肉めいた謝意を述べるに至った。思い出すのは、マリルデュアンジェ姫の愛馬を平然と解体する死の香りを漂わせる男の狂姿きょうし。放った殺意に嘘は無い。


それだけがカトレアにとって、彼に対して信用に値する所であった。


「くだらぬ同族嫌悪よ。気にするでないぞ」


「では——始めよう」

意味深げなクレアが放った一言についてカトレアが思考を巡らす間もなく、彼らを囲っていた黒い囲いが黒煙となり空気へと溶けていく。


始まる、

「姫……必ずや、生きて帰ります」


「「……」」

 ピンと張りつめた空気の中で、カトレアが見つめた先には遠きマリルデュアンジェ姫が祈りを捧げる小さな姿。イミトとクレアは互いに瞼を閉じ、それについて何も語らず時をただ待つ。そして——来る時に訪れるものは、


——慟哭。胎動。


「⁉⁉⁉ぐっ——あ……こ、これはあ、頭が——」


囲いがすべて消え去り、カトレアの中で何かが弾けたように視界が揺らぎ、足下の平衡感覚が狂う。しかし更に抱えた頭痛すら始まりに過ぎなかった。


『あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼』


 アウーリア五跡大平原に叫びと共に響き、宙に浮く雲を貫く魔力の柱。


そして、それは粉雪のように地上へと降り始める。


「……来たな」


イミトが言った。吐く息を白くして。どうやらカトレアの体から吹き出した魔力と、それによって降り出した粉雪には冷気が宿っている様子。


「まぁ貴様は見ておるだけだ。気楽なものよ」

新たに構築されていくイミトの頭部を覆う鎧兜。

クレアの完全な戦闘体系に移行するまで残りわずか、


「はいはい、ご存分に」


地をのたうち回り、苦しむカトレアを最後に一瞥しながら、イミトは瞳を閉じる。


——そしてやがて完全にイミトの顔を鎧が覆う頃合い、カトレアの異変もまた収束し始めていたのである。


『体……カラダぁ……カラダだああああああああ! あひゃああああ!』


「ゴキゲンだねぇ。声優さんが頑張ってんのかな」


 一瞬静まり返ったカトレアが放ち始めた声は、彼女の物でありながら彼女の物ではないような二重の響き、歓喜の雄叫びにイミトは鎧の中で誘い笑いを受ける始末の物だった。


背中をらせながらいびつに立ち上がるカトレアの瞳は赤光りに満たされ、白き獣を彷彿ほうふつとさせる体毛と——同時にえ始めるイミトが昨晩解体したラピニカなる獣に似た角。


恐らくは魔物と化す際中、それがカトレアの胸に埋め込まれた魔石に潜む魔獣の片鱗なのであろう。


しかし、

「で、いきなり叩き込むわけね」


イミトがそう呟いたように、カトレアの変化などお構いなしと瞬時にクレアの()()は一瞬消えたかと見紛まごう程の速度でカトレアの脇に回り込み、


『グばあ⁉』

未だ肉体の存在に興奮するカトレアを蹴り飛ばして。

すると、地を二度ほど転がるだろうカトレアを尻目に、首の上の傍観者のイミトは語る。


雹兎ひょううハイリ・クプ・ラビニカ。氷を操るって話は本当らしいな」


セティスから先に訊いておいた魔石に潜む魔物についての情報と、カトレアに蹴りを放った際の足の感覚を合わせ、情報の整合性を認識したのだ。


「ふん……弱き獣らしいくだらぬ浅知恵よ。それにしても早速と飲まれおって、あの女騎士もコヤツもタカが知れる」


クレアが片足を地に踏み付ければ、氷の砕ける音。一瞬の攻防の中でクレアの鎧は凍り付かされていたようだった。それでもさして驚く様子もなく、どころかどうやらクレアは相手の力量を理解したようで、少し肩を落とす始末。


『ナ、何者、ダ……』


「名を名乗るのも憚られるが、我が名はクレア・デュラニウス。これから貴様をいたぶる者の名よ。覚えておけるなら覚えておくが良い」


 それでも——蹴られた腹部を抑えながら起き上がる魔獣化カトレアに対し、些か気怠そうではあったものの右手を突き出し魔力によって大剣を作り出し、名乗りを上げて勇ましく肩へと担ぐ。


『……同ジ魔物ガ、ナゼ私ノ邪魔ヲ、スル!』


腹部の痛みに耐えつつ、よろよろと立ち上がる魔獣カトレア。到底、人間だった頃のカトレアとは思えぬほどの憎悪の表情でクレアを睨む。


「同じ魔物だと? 笑わせるな、格の違いも分からん下衆めが」


「人の体を得て人語を理解できるようになったとて、無闇やたらと暴れ回るような能無しには変わらんのだろう貴様は」


けれどもその睨みはクレアを威圧するに至らず、嘲笑を以って返され、担がれていた片手の大剣は更にその刀身を背中側へと沈められていく。


『ソウカ……人ガ主体ノ魔物。ナラバ、』


如何に魔獣化カトレアがそれを判断したのか明確には不明なれど鼻で嗅ぎ、佇まいを眺めてみた所を見ればそのような感覚による所なのであろう。或いは——。


「ほう……どうやらやる気になったらしい」


『殺スぅうう兎う、はああああ!』


そして、四つ足で地に構え、魔獣化カトレアは言葉と共に盛大に白い息を吐く。その白息しらいきは煙幕の如く周囲と、魔獣化カトレア自身の姿を隠し、


「気高いカトレア様の見る影も無い、な。フローラルな香りがしそうだ」


イミトにそう言わしめるのである。


「来るぞ! 舌を噛むなよ、イミト!」



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