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語り合わねば。2/3


「じゃあ、話に戻ろうか。悪かったな、セティス。待たせちまって」


 そして場の空気感が会話できる雰囲気に戻るや、イミトは座ってジッと静観していた覆面姿のセティスへと声を掛ける。


「別に構わない。その先に、貴重な私の魔石一つ分の利益があるのなら」

 「ああ、手厳しくしてくれ」


カラクリ仕立ての覆面が放つ呼吸音に乱れはなく、イミトは安心した様子でわずかに微笑み、セティスを見下ろす。さて話を始めようか、そんな雰囲気が漂ったのだが、


「……クレア様、それにイミト——、さま。一つ、気がかりがあるのですが、先にお聞きしてもよろしいでしょうか」


再び開きかけたイミトの言葉を遮ったのはマリルデュアンジェ姫、その人である。彼女は途中、のどを詰まらせながら二人のデュラハンに語り掛ける。


「うむ? なんぞ姫君、イミトに様を付けるのをはばかられておる様子で」


そんな姫の態度が気に入ったのか、クレアが割と機嫌よく返した事をイミトは悟る。愛馬を目の前で殺したのだ。嫌われて当然だとは思いつつ、面倒そうに彼女らから顔をそむけるイミトであった。


そんなイミトを他所に話は進み、

「先ほどの()()の相手……とは、どういう意味なので御座いましょう」


 姫は少し息を飲み、彼らに問う。それは先ほど、クレアが対峙するカトレアに無遠慮に投げた一言にあったものである。一転して流れるは、沈黙の雰囲気。


「……はは、いきなり核心だなクレア。早速、セティスの欲しい情報がお預けだ」


そんな虚を突かれたために生まれた空気をわらい切り裂くイミト。椅子の背もたれに体を預け、彼は嫌味を込めてクレアを嘲笑した。


「う、五月蝿いわ、この馬鹿者! つい口が滑ってしまっただけであろうが、さして順番など意味はあるまい!」


クレアは自らの失態を恥じるようであった。頬を少し紅潮こうちょうさせ、イミトの腹を抱えて笑いかねない様子にわめき散らしてつやめく白と黒の髪を波立たせる。


そして、

「ん、こほん……そこの女騎士を魔石と結合させ、生命活動を維持させようとしたのは確かよ。我がイミトの体を奪おうとしたのと同じ手順で、な」


唖然とする周囲の視線に気づき、乱した心を整えるべく咳払いを一つ放ち、真剣な顔色を作って話の流れを内輪うちわから外へと戻す。


「でも、それは失敗した。カトレアさんと魔石が上手く馴染まなかったらしい」


イミトも楽天的な笑みを残しつつそれに続き、カトレアの胸に魔石を埋め込んだ話の経緯を語る。相変わらず平然としており、罪悪感も同情の欠片もない様子である。


「……お待ちください。しかしそれではカトレアが今ここに居る事に説明が付きません」


が、それについての免疫は出来たらしくマリルデュアンジェ姫は冷静を保ったまま視線をイミトからクレアへと移し、冷静な議論に努めて。


「ああ、邪魔が入らぬよう貴様には見せておらんかったゆえ、信じようもない話よ」

 「失敗したのは人間と魔石との結合だけだからな。話はここからが本番だ」


クレアとイミト、交互に説き伏そうとする二人のデュラハンに、姫の後方にひざまずいたままカトレアの心中は複雑ではあったが、彼女も拳を握りながら静観するにとどまっている。


「女騎士の体を触媒しょくばいとした魔石に眠る魔物の復活を阻止すべく、我らは次の手を打った」


「これはイミトに感謝すべきであろう。この時点で我はなかば諦めてしまっていたのだから」


けれどその時、クレアが目線を向け、イミトへ視線を誘導させる言葉も放った為に、マリルデュアンジェ姫とカトレアの呆けた視線がイミトへと自然と集まる。


意外、だったのかもしれない。

不遜な態度のイミトにカトレアを救う意志があったとクレアが示唆した事が。


「……照れちまうだろ、俺に惚れたからってそんなに見つめるなよ」


それでも、不敵で悪辣で他人を小馬鹿にしているような笑みを見れば、動揺の渦中にいるカトレアとあれど起つしかなかったのだろう。


「——回りくどい。遊ばずにもうハッキリと言って欲しい。私は、どうなっているのだ」

「カトレア……」


姫の傍らへと歩み寄り、クレアに向け答えを急かすカトレア。そんなカトレアを心配そうに見つめるマリルデュアンジェ姫に対しては、


 「無視、か」

「姫、先ほどは取り乱してしまい申し訳ありませんでした」


一歩引いて頭を垂れ、心からの謝意を示す。その落ち着きを取り戻した表情にマリルデュアンジェ姫も安堵し、カトレアの肩に手を置き【もう謝る必要は無い】と首を振る。


「無視、なんだな」


ジトリとその光景を観察するイミトなど、既に眼中に入っていない様子である。


「……アンタは一度死んで、蘇ったんだ。厳密に言えば死んだまま生きている」


 「ゾンビとかアンデットとか、呼ぶんだろうがあんまり詳しくなくて、な」


些かの物足りなさに息を吐きながら、無視された冗談を何処かへと放り投げ、イミトは中断した話を続けた。そして残りの詳しい話はこちらに訊けとクレアを親指で指し示し、気だるげな視線。


「……人間を魔物へと変換し、我の魔力を介入させつつ魔物と強力な魔石を強制的に結合させている。その結果、まだ貴様は今を生きておるのだ」 


「昔からアンデット兵を作るのには慣れておったが、死にかけとはいえ生きたままの体に術を行使したのは初めてで些か骨が折れた」


クレアも愚か者を見るような視線でイミトを一瞥いちべつしたが、特に異議を唱える事も無くマリルデュアンジェ姫やカトレアに真剣な目を改めて向け、イミトの話の詳細を補填ほてんするに至って。


死霊騎士アンデット、だと……この、私が……」


先ほどまでの身を崩すような動揺こそ無かったものの、漂わせる空虚な空気の中で、再び自身の胸に埋め込まれた魔石を服越しに掴むカトレア。


「そうだよ。死に立てホヤホヤのアンタの仲間達、十三人分の魔力と生気を使って、な」

「——⁉」


けれどそれを聞いてしまえば何の気の無い声で放たれていた言葉とはいえ、その事実は肩の力を抜かせ、返す言葉を失わせ、だらり手首をぶら下げさせる。


カトレアは呆然とした。血の気の引く事実が彼女をそうさせたのだ。


イミトの親指の先が囲いの外で並ぶ仲間たちの墓標に向いているなら殊更である。

姫ですら思わず口を塞ぎ、叫びを抑えた佇まい。


「……こりゃ暫く立ち直れないな、セティスの話でもするか?」


「うむ……まだ話は終わっておらんのだが、な」


そんな二人の様子に飽き飽きと項垂れるイミト、そして瞼を閉じるクレアである。


「——それは、ここに張られてる結界に関する話?」


そこに割って入るセティスが、無感情ながら押し殺していた声をようやく解き放ちイミト達を見上げて独特の呼吸音も遠慮なく放つ。


「お、気付いてたか。流石だな」


対するイミトは、まるで暇つぶしを見つけたような声だった。


「ど、どういう事なのですか⁉ 私達にも分かるように説明を!」


されど、我先にと訴えかけたのはマリルデュアンジェ姫。衝撃を受けたままのカトレアの腕を抱きかかえていて。カトレアも弱り切った瞳ではあったが、マリルデュアンジェ姫と同様に答えを求めているようだ。


「まだ……魔石との結合は完了しておらんという事だ」


 「——……必要なものの用意が出来てなくて、な」


瞼を閉じたままのクレアが答えると、今度はイミトが補足する。イミトの瞳は意味深にカトレアを映し、何かを待っているようであった。


が、

「じゃ、セティス。今度はお前の話をしようか」


直ぐに諦め、彼は椅子から立ち上がって地に座るセティスを更なる高みから見下げ、腰に片手を当てたのだ。


「……うん。でも良いの?」


セティスが気遣う為にマリルデュアンジェ姫らの方を向けど、

 「ああ、そっちはクレアに任せる。俺たちは、作業の続きをしながら話そうぜ」


 対照的にイミトは彼女らにはもう皆目かいもくも興味を示さずに背を向け、囲いの外へ歩き出してクレアと目で語り合いながら小さく笑う。そして、こちらの様子を伺っていたデュエラにも声を掛けた。


「デュエラ、セティスに肩を貸してやれ」


「は、はいなのですイミト様! あ、でも……鎧は——」


「そこら辺に置いといて良いぞ、多分……まだ暫くは、使わないだろ」


短い会話をデュエラと交わし、囲いを超える為にまたがる最中の去り際、そこで久方ぶりの如く振り返るイミト。彼がその時——瞼を閉じるまで何を目の当たりにし何を想ったのか知る物は未だ彼以外には、居ない。

——。



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