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語り合わねば。1/3


「……ご無礼した。そして御配慮いただき感謝する」


「うむ。次からは気を付けよ」


 服をしっかりと身に着け、頬に赤みを帯びた様子で謝意を示したカトレアに、台座の上からクレアは寛大に言葉を返す。


「俺の名誉だけが傷つく結果になったな。喜ばしい事だ」


 椅子に座りながら放たれた皮肉めいた言葉とは裏腹に大して気にしていない素振りのイミトではあったが、わずかばかりの失望感を声に滲ませ片手でそれを振り払った所を見るに、多少は思う所があったのだろう。


「どういう事なのです、ますか?」


「女様の裸は簡単に男如きが見たらダメって話さ」


故に——イミトの言葉を唯一ゆいいつと気に掛けたかたわらのデュエラを通して、それを卑屈なほどに嫌らしく前面に出す。となれば、


「ん……? でも、この前、川の中のワタクシサマの裸を普通に見ていましたで御座いますよね、イミト様?」


「「「「……」」」」

 無垢むくゆえに納得いかぬデュエラが素朴に語った過去の事柄に対する印象を含めて、どっしりと空気が重くなるのも必然であった。クレアが息を吐き、セティスの覆面と女騎士のしたたかかな瞳、姫の青ざめた顔が上目遣いでイミトに向けられて。


「あー、あれな。うん、そうだな。事故の場合はしょうがないんじゃないか?」


「次からは気を付けようぜ、お互いに」


植えつけられた倫理観を背景に焦るイミト。強く感じる批判の眼差し、無言の重圧をくぐる道はないかと目を泳がしながら冷や汗を滲みだした様子である。


「……あ、あの! それよりもカトレアのお話を! 彼女はどうなったので御座いましょう」


 そんなイミトに救いの手を差し伸べたのは、意外な事にマリルデュアンジェ姫であった。否、むしろ【それ】という表現から見るに、恐らく【それ】には【こんな下郎の事】という意味合いがありそうではあったのだが、皮肉な事にこれが救いになっていた。


「姫……」


「そう。私の魔石で、いったい何に使ったの。気配から見て、完全にこの人と一体化しているみたい」


そんなマリルデュアンジェ姫の言葉を契機に、カトレアとセティスの興味もれる。


「「……」」

目と目を合わせるイミトとクレア。クレアの瞳には【命拾いしたな】と短文の言葉が書いてあるような気がイミトにはしていたのだが、一方のイミトの瞳に書かれている言葉といえば【事情を知ってるお前が助けろよ】という長文であった。


しかし、互いに言葉にはしない。知を求める彼女らに優先して語らねばならない事柄が二人の共通認識の中にあったからである。


「生体と魔石の結合、である」


クレアが言った。純粋な魔物・デュラハンであるクレアが語った方が、些か信ぴょう性が上がるとの暗黙の判断によって。


「——……ば、馬鹿な! 禁忌を犯したのか! 私の体で‼」


何故ならばそれは、この魔法に満ちる世界に置いても容易くは信じ難い言葉であったからである。カトレアが胸に埋め込まれた魔石を服越しに自ら握り締めて尚、にわかには信じ難いと怒りと共に疑いを叫ぶ程には。


「死にかけの貴様を救う術がそれしか無かったのだ。致し方あるまいよ」


 「俺とクレアの実例があるし、丁度いい感じに強力な魔石があったからな」


けれど事実である。何ら揺らぐことは無い平常な声と、飄々とした佇まいで言葉を付け加える様子に虚実があるようには到底思えないのだ。


「待って。アナタ達も確か他の魔石を持っていたはず。なんでわざわざ私の魔石を?」


故にセティスはそのことについての是非は敢えて問わず、すんなりと受け入れ、自身の所有物を行為に利用した事をまず非難した。


すると、彼らは何の躊躇いもなく、悪びれる様子もなく、その理由を声を揃えて答えとして返すに至る。


「「……面白そうだったから」」

「な——⁉」


悪意など微塵みじんもないが、後ろめたい倫理観なども欠片も無く、彼らは語った。そのあまりの無邪気さに、愕然とするカトレア。


「まぁ聞け、貴様ら。確かに大きな理由はそこではあるが、出来る限り強力なものを使った方が、成功率が上がったというのも理由の一つよ」


 「そもそも昨日今日会ったばかりのお前らを助ける義理なんて、俺達には本当は無いんだぜ? 他人の善意に甘えすぎるなよな」


 そこから矢継ぎ早にイミト達が弁明にもならぬ理由付けをするものの、右から左に通り抜けられるようになったカトレアの耳ですら耐えがたく心を削るものばかり。カトレアの拳が強く握られるのも無理からぬことであったのかもしれない。


「……ふ、ふざけるなよ、貴様ら‼ もう我慢ならない!」


片膝を立て威勢よく叫んで尚、怒りに震えるカトレアの拳。


「姫、このようなやから達とこれ以上一緒に居てはなりません、離れましょう!」


彼女は立ち上がり、姫に声を荒げながら言い放ち、姫の手を取ってその場を憤慨ふんがいおもむくままに去ろうとした。姫に気遣いを見せているものの、その嫌悪感にまみれた怒りに沸騰ふっとうした表情を見れば、受け入れがたい現実から逃げようとしているのは誰の目から見ても明白である。


故に——、

「し、しかし……」

姫は躊躇ためらうのだ。手を強く引かれ立ち上がる最中、振り返って見つめたのは静観するクレアの精悍せいかんな眼差し。この瞳が意味するものから逃げて良いものか、逃がしていいものか、困惑する姫である。


そんな折、

「囲いの外は止めとけよ、後悔するのはアンタだぞ」


「黙れ! 敬愛すべき創造神に仇なす下郎ども!」


イミトの忠告は焼け石に水であった。蒸気の如く噴き上がるカトレアの感情、彼女は姫の手を放しイミトの前に立ち、片手で空気を払う。イミトの吐息すら姫に近づけてはならない()()()()()()()のようである。


 「……仕方ない。デュエラ、クレアの鎧の腕を持ってきてくれ」

「は、はいなのです!」


そんな様を見れば、イミトも対応せざるを得ない。面倒そうにデュエラへと声を掛け、デュエラが応じて肩を貸していたセティスを降ろして囲いの外に置いてある鎧へと向かう背を見守る。すると、悪循環のようであった。


「なんだ、今度は力尽くで止める気か。我慢出来んといった手前だ、我がカトレア・バーニディッシュの剣が如何なるものか見せてやる」


イミトの対応に呼応するようにカトレアは一気呵成いっきかせいに自らの剣を拾い、装飾のほどこされたさやからその刃を引き抜き、戦いの覚悟を見せつけたのである。


しかし、反比例するように、

「愚かな……誰が貴様のような死骸など相手にするものか」


そんなあわれみを感じる程の滑稽さに呆れ果てたクレア。吐息交じりに言葉を吐き、飽きた玩具から他の物に興味を移すように目線を流す。

その時のことである、


「ったく……本当にいいんだな、泣き虫な姫様さん」

「——⁉」


椅子の上からイミトがボソリと告げる言葉に、マリルデュアンジェ姫は体をビクリと反応させて。


振り向くとそこには、腰を落としてしまっていた自身を見下す意味深い瞳。


 決意しなければならなかった。刻一刻と迫る時にも容赦はなく、姫は下唇を少し噛み涙にまみれた顔を拭う。


そして——、

「……カトレア! お辞めなさい、剣を直ぐに引いて!」


姫はつ。

弱々しい姫から強く羽化するが如く、自らを守る騎士へと声を向けた。


「ひ、姫……しかし」


 カトレアからしてみれば予想外の事であったろう。少なくともイミトを嫌う感情は等しく共有していたはずで、イミトらを庇う理由など無いはず。そのように頭に過剰に血を昇らせていた彼女も、唐突に放たれた姫の意気ある佇まいを見て、瞬間——敵意と忠誠の狭間で葛藤かっとうし動揺した。


「……この方々は曲がりなりにも我らの窮地を救って頂いた恩人。それに貴女の体がどのような状態かを知っていらっしゃる」


騎士の裏切り、自分を守る為に散ってしまった臣下たちの命、惨殺された愛馬、起きた様々な惨劇を背負い、それでも覚悟を決めたように凛々しく、瞼を閉じながら姫が紡ぐ言の葉。胸に置かれた両手は祈りのように結ばれて——双眸は再び開かれる。


「なにより、和平の道を進むマリルデュアンジェ・ブリタエール・ツアレストの誇り高い近衛騎士が怒りに任せて剣を抜くなど、もっての外です!」


「貴女が——私を未だ仕えるに相応しい者だと信じてくれるのならば、いますぐ剣を引きなさい。これは、命令です」


再び開かれた双眸には、強き意志が込められ、王族の威光を如実にょじつに放つ。


「……あ」

圧されるカトレア。暴れ回っていた血流が一気に収まり、彼女はたじろいで誇りある自らの剣をその手から滑り落とし、膝も落としてしまう。打ち勝つは忠誠、彼女は短絡的になってしまっていた己を恥、ひざまずく。


「調子出てきたな、第一印象から嫌いだったが、少しは好きになれそうだよ」


 「ふん、確かに王家の血族たる片鱗は見せてもろうたわ」


その光景を前に、イミトとクレアは互いに笑い合い、嗤い合う。上げかけた腰を椅子へと戻し、安堵の息を吐いていた。



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