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カトレアの不安。3/3


「で、だ。話は本題に戻るんだが、いったいアンタ達に何があったんだ? 姫様は混乱してて何も答えてくれなくてな」


「それは貴殿が——……いや、何でも無い」


質問に付随ふずいし、嘆くように放たれた言葉が、カトレアのかんに障った事は言うまでも無い。頭に昇りそうなる血を必死でこらえつつ、彼女は無理矢理に留飲りゅういんを下げる。


そして——僅かに乱れた服装を心と共に整え、彼女は質問に答え始めるのであった。


「——我らは、とある目的の為に姫と共にある場所に向かっていた。その道中に仲間の兵士に裏切り者が居た為にこのような有様になった、と言う他ない」


「セグリスって騎士か」


イミトの遮りに未だに認めたくない事実なのか渋々と瞼を閉じて頷くカトレア。


「突然のことだった……セグリスを筆頭に他の同胞、私の部下達が何かに操られたように姫の従者に斬りかかり、危機を察した私は姫を連れ、咄嗟に逃げ出したのだ」


しかし彼女はここで過去と決別し、双眸を開くや強かな瞳を新たにイミトに返して。


「とある目的ってのは?」


「……それは——、秘密裏に進められている西方の国アルバランとの和平の調印だ」


 もはやその瞳は揺らぐことは無かったがイミトの質問に際し、国家機密に伴う事柄を話すことを些か躊躇ためらい、姫の同意を得ようと目を向け、姫の頷きを待ってから真摯に答えるに至る。


すると今度はその機密を聞き及び、クレアの顔色が変わった。


「アルバランだと? 貴様ら、アルバランと戦争をしておるのか」


「いや……まだその段階ではない。国境で小競り合いが多く発生した為、それを防ぐための致し方ない措置なのです」


——語らうはイミトの知らぬ世界の政治情勢。


「参ったな……政治に巻き込まれるのはゴメンなんだが」


思わず頭を抱え、嫌な予感に胸を一杯にしてしまうイミトである。


「今回の襲撃は、アルバランとの和平を快く思わない勢力の反抗と思われる。まさかセグリスがその一派だとは……今回の事は私の失態と言う他ない」


「「……」」

けれど関わってしまったからには致し方ない。カトレアの発言にクレアと目を合わせ少し考え込む。この時、二人のデュラハンは、眼で会話をしていた。


「あー、それなんだが、よ。セグリスって奴は多分、被害者だぞ」

「……どういう事だ?」


折れたのはイミトである。少しバツが悪そうに俯いた後頭部を掻き、再び混乱を招きかねない推測をイミトが告げると、案の定カトレアは理解しかねた様子で自分からあからさまに目を逸らすイミトを見つめて。


「例えば、他人に化けられる魔法使いが居たらって話さ」


 「意味が……分からない。そのような魔法、聞いた事も——」

どう説明すれば納得してもらえるか、そう思い悩むように片手を振ってイミトが努力したものの、変わらず要領を得ない様子のカトレア。


「そこにおるセティスはそのような力を持つ術者に顔を奪われたのだ。それともセグリスという男は、顔の形を粘土の如く変形させられる力を持っておったか?」


すると、見かねたクレアが言葉を語りながら見つめたのは未だに眠るセティスであって。否——見かねたのではなく、イミトと同じくクレアもまた納得のいく説明を持ち得なかったのであろう。


先程の眼でのやり取りは、どちらが先手で行くかという葛藤の話であったようだった。


「アレは一体何だったんだ? どう見ても人間では無かったよな」


それは紛らわすついでの疑問。けれど気になっていた事でもある、イミトは直接見たわけでは無いが、クレアに記憶を見せられ敵騎士セグリス、いやイミト達はまだ知る由も無い事だがルーゼンビュフォア曰くの本名【アーティー・ブランドー】の顔面がデュエラに蹴られ、柔らかい粘土のようになった光景を知っていたのだ。


この世界の生き物に詳しくないイミトがクレアに振り返り、それについて問いただす。


するとその時、

「——……その話は、私も、聞きたい」


それらも知りたい別の者が空気を押し退けて弱々しい声を上げる。


 寝ていたはずのセティスであった。彼女はよろよろと歩きながらなりふり構わず彼女はイミト達の下に近づき、最後は心配したデュエラに抱えられて。


「——な⁉ か、顔が……本当に——」


 セティスの顔をハッキリと目の当たりにするのは初めてのカトレアは驚き、姫も思わずカトレアの腕にしがみ付く。けれど、今はそんな事はお構いなしとセティスはその顔をイミトへと向け続けている。表情は無いが、必死の様相であった。


「起きても大丈夫かよ、凄い熱だったんだぞ?」


 「問題ない。迷惑かけた、ごめんなさい」


流石のイミトも、それには心配そうな表情を浮かべる。言葉とは裏腹、デュエラの肩を借りる小さいセティスの弱った姿はそれほどに見るに堪えないものだったのだ。


「ふむ。丁度良い、今度は知に長けた我の推察を披露するとしようか」

 「そろそろ……カトレアとやらの事も話さねばならんしな」


クレアも少しセティスの様子を伺ってはいたが、彼女の意気を買い、話を進めるに至る。しかしながらそれだけではなく、彼女の気がかりは女騎士カトレアにも存在していて。クレアは意味深に台座の上から彼女を見下ろした。


「? ……私の事、だと?」


「そうだ、貴様が負った傷……死にひんして尚、生き返ったその代償は容易く払い切れるほど生易しいものでは無いのだ。ふふふ……」


それからセティスに対しての驚愕から戸惑いの表情に変わったカトレアに、不敵にして妖艶に笑うクレア。不安をあおり、カトレアの感情をたのしもうとするようである。


だが——、

「意味深にし過ぎだ、しつこい」


「あた‼ 何をするか、このうつけが!」


クレアの額に届く中指の先、パチンと言う音の後、クレアが悲鳴と怒りを上げる。


 「デコピンだ。さっさと話を進めてやれよ、セティスがまた倒れるぞ」

すると今度はイミトがクレアの遊興に呆れた表情で右手の爪に息を吹きかけて。


「もう、大丈夫と、言った」

 「貴様が水を差しておるのだろうが……」


素知らぬ振りをするイミトの下に集まっていく、いつの間にか覆面を被っていたセティスの冷ややかな声、そしてクレアの三白眼。


されど、

「私が、私が一体何だと言うのです! いや……私に何をしたと言うのだ、貴殿らは!」


散々に回りくどく不安を煽られ、お預け状態を喰らっていたカトレアにこれ以上の時間を耐えられるはずも無く——彼女は空気を乱すイミトへの批判を他所に投げ、声を荒げた。


 そうして、その場の視線はカトレアへと戻り、クレアではまた遠回しになると息を吐いたイミトが、ようやく彼女が求める答えを明確に口にし始める。


「……テメェも、めでたく化け物になったって話さ。神の御加護って奴で、な」


 「ほら、大事な胸の首飾り、無くなってるだろ?」


見た方が早い、イミトは茶化すような言葉を紡ぎながら自らの胸に親指を指し、つつく仕草でカトレアにそう暗に示したのだ。


彼女は——気付いていなかった。


「——……何を言って——コレは、何だ⁉」


しかしイミトの言葉と仕草により気付かされる彼女が、所持していた首飾りが消失している事に、そして何より首飾りの代わりに胸に異物が埋め込まれている事にすら彼女は気付いていなかった。


「デュエラ。イミトの前に立て」

 「え、は、はいなのです?」


急激に込み上げる不安、不吉な予感に何度も胸の中心をいじるカトレアの素振そぶりを見て、何かに思い至ったクレアはそっとデュエラへと指示を出す。


 「あ、おいクレア!」

クレアの意図が理解出ないまま、イミトの前に肩を貸すセティスと共にデュエラが立ちはだかって。イミトはどうやらクレアの措置に思う所があるようで些かの不満の声。


「下劣な振る舞いはするなよ、イミト。貴様はそういう男だからな」

 「……いや、まぁ、うん。否定はしないが」


しかしクレアの軽蔑けいべつ混じりの強い瞳に見下げられれば、この状況、またバツが悪そうに頭を掻きつつ黙るしかなイミトである。



「こ、これは——私の体に、何を埋め込んだのだ!」

 「あ——私の……魔弾の気配」


何故ならデュエラの背後で、慌てて上半身の服を脱いだ裸体の女騎士がそこに居るのだから。


 強制された紳士ぶりにより、カトレアの追及を耳にしながらも実に不満げなイミトであったのだった。


——。


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