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クレア・イミト・デュラニウス。2/4


 一人で洞穴の外に出ると、確かに夜ではあった。


日が落ちたばかりではありそうだったが、耳を突く静寂——陽が肌を刺さない解放感、確かに夜と言える雰囲気がある。


「うおー、確かに景色は見えるな。どういう理屈か全く解らんが」


けれど、イミトの視界に移る景色は彼自身見たことも無いものであった。これがクレアの言うところの【細工】なのだろうが、全体的に赤色に彩られた世界が見える。


少なからず黒の夜よりは周りの状況が確認できていた。


「とはいえ……そこらに食べられるものがあると良いが」


そう言って、新鮮な世界への興奮を抑えつつ洞穴の前でイミトは呟き、そして楽しみながら辺りを見渡し食料を探し始める。


すると、

『そこの実は確か食べられるぞ』


不思議な声がした。


「ん? アレか……けど量がなぁ」



「『……』」


クレアのそれに似た声に自然と導かれ、小さな果実が木にっているのを見つけたイミトは果樹に近づくと同時に、その不自然さを遅れて気にする。


——ふと、足を止めた。


「おい、ちなみにクレア・デュラニウス様は何処にいらっしゃるんでしょうか」


それから振り返り、背後であった場所の上下を確認し、足に髪が絡まっていない事も一応確認するイミトである。少なくともクレアに似た声を発しそうなものは何処にもない様子。


『洞窟の中だ、貴様と我の感覚は繋がっている。ならば尚、容易い事よ』


けれどもう一度聞こえたクレア似た声は、やはりクレアの声で。頭の奥から響いてくるそれ《・・》にイミトは頭を片手で抱える。


そういえば、出会う前に似たような経験をしたなと思いつつ、自分の首から上が落ちたのではないかと感じる程に手に掛かる重力が増して溜息を吐く。



「俺が居た世界じゃ、病院に連れていかれるレベルの妄言なんだが」


むしろ、この時のイミトは病院のベッドで眠りたいと祈っている節すらある風体。けれど直ぐに彼は、彼らしく考えるのを止めた。


「ま、とにかく便利なもんだって事でいいや。腹が減ってりゃ脳も回らん」


放り投げるが如く頭を抱えていた手を払い、見つけた黄色い謎の果実のなる木へと向かう。



『……貴様は何処か気持ちの悪い奴だ』


そんなイミトに、徐にクレアが語り出す。恐らく彼女は、面と向かっては言えないような事を言うのだろう。イミトは剣を木の根元の地面に突き刺し、果実に向けて両手を伸ばした。


『どんな理不尽もすぐに受け入れ、ヘラヘラと順応しようとする』

『そうやって芯の部分を誰にも悟らせまいとしておるようだ』


イミトが果実をむしり取る。特に手を止めることも無く。


「それが無難だと思ってるからな、世界は理不尽で不条理で誰の為にも有りはしない」


「世界は自分を中心に回っていると思う奴は、臆面も無く計画も無く我儘わがままを口にする」



——そして果実に虫食いなど無いかと確かめながら、


「でもな——本当の意味で我儘を果たすのは、よりしたたかに、より緻密ちみつに計画を練った奴だ」


「世界は自分に優しいのが当たり前と勝手に思って、優しくない現実に触れて、怒って、八つ当たりした所で何になる。時間の無駄さ」


「どうすれば良い方向に展開できるか、それを考える時間に充てる方が合理的だ」



——無いと分かるや、清々しく果実を空に放り片手で受け止め、言葉をくくる。



『……貴様の母が死んだ時も、貴様はそんな事を考えていたのか』

「——まぁな。火葬しながら社会保障制度について調べていたよ」



神妙そうな声のクレアに微笑むイミト。


 その時だった——


ガサリと森が嗚咽おえつする。


『「⁉」』


音の方に振り返ってみると、茂みから顔を出す一匹の獣が居た。


「ウヴー‼」


「あら。可愛らしい狼だこと」


明らかな敵意を見せる黒い獣の威嚇いかくに対し、まるで状況を理解していない様子のイミトが茶化して返す。


『馬鹿か‼ それは魔物だ‼』


見かねたクレアがイミトの脳の中で叫んだ。が、時を同じくして狼の魔物はイミトに襲い掛かるべく牙を露に駆け出していた。イミトは、また果実を空に放った。


「なぁ……クレア・デュラニウス」


そこから、剣を地から引き抜き——勢いそのまま狼の魔物を迎え撃つ構え。


『——⁉』


恐らく、クレアはこの危機的状況を簡単に打開できたのだろう。けれど彼女はそれをしなかった。或いは出来なかった。むしろ、するべき状況ですら無かったのだろう。


——瞬間、彼女は全ての感覚をイミトと共有し、それを理解したのだから。


「俺が異常者なのは認める、よ‼」


首筋に牙を突き立てる為に跳んだ狼の隙に潜り、イミトは体をじらせながら狼の真横を駆け抜ける。そしてついでのように剣の刃で狼の脇腹を裂いた。


「お前——、自分が自分になった瞬間を覚えているか?」


それから地面に転がった狼を尻目に回転する勢いで回れ右をし、彼の足が地を少しえぐる。


『……』


クレアは最早、彼に警告を漏らすつもりも無いように黙していた。


「俺はハッキリ覚えてる。その時、俺はこう思ったのさ」


脇腹を裂かれた魔物はそれでも生存の為に飛び起き、イミトの居る方へその獣の眼を向けた。が、最初に視界に飛び込んできた光景は、既に振り下ろされ始めている剣の先。



「世界はもう誰かの物で、自分すら誰かの物で、手に入るものなど何もないと」


切断された首と共に、空に放っていた果実が堕ちる。クレアは共有されているあらゆる感覚の中から、彼の心拍音を選び感じていた。


「生まれる時代、世界を間違えたってな」


確かに慟哭どうこくしつつも、穏やかに、平静に、一定のリズムを刻む音。彼は日常の中で、赤い視界で、剣を片手に空を仰ぐ。


魔物は——、黒い煙になり世界に溶ける様に、消えた。


「ん? 魔物が消えたんだが……これは何かの魔法か?」

『いや、魔物とはそういうものだ。そこの魔石・・は拾っておけ、色々と役に立つ』


あまりにもアッサリと終えた戦闘の後、肩の力の抜けたイミトは拍子も抜けたように果実を拾い、クレアの言葉で魔物の死骸があった場所に転がる虹色が封じ込められた感のある魔石に目を配った。


「そうか……今は肉の方が有り難いんだが」


そして剣で三度ほど突いて何も起こらないのを確認した後で、渋々と魔石も拾い上げ服のポケットに納めるイミトである。


『……しかし、そうか。分かったよイミト』

「ん? なにがだ?」


そうしている間、イミトを観察していたクレアは一つの結論に辿たどり着いた様子で語り始める。


『貴様は、大切にしているものが無いのだな。そう——、自分の命すら大事に思えない』


神妙かつ理知的に並べる言葉に対し、イミトはもう一度果実の実る果樹へと近づき実の品定めを始めた様子。そしてまた、今度は片手で果実を一つむしり取る。


「……そんな事をドヤ顔で言われても反応に困るんだが」


『う、うるさいわ‼ 早く食べ物を採って戻ってこんか‼』


イミトが少し間を置いてクレアの推察に対して返したのは、彼女を茶化す為の不敵な笑み。するとクレアは恐らく自分の衝動的な言動を振り返り、頬を染める程に恥ずかしくなったのだろう。耳をつんざくような罵声がイミトの脳に直接響いて。


「はいはい、一人になりたいって言ったのはお前だろうに」


自分とは異質な感情表現に呆れながらも二つの果実をかたわらに剣を担いで洞穴の中に引き返していく。すると、恒例になりつつある言葉をクレアが言った。



『お前と呼ぶなと言っておる‼』

「……オヌシ」

『き、貴様ぁぁぁ‼』



故に返しに変化を試みたイミトだったが、それは失敗に終わる。それでもクレアの激昂げきこうにイミトは楽しげで。


「はは。まぁ……たぶん正解なんだろうさ、クレア」

「けどよ、星が綺麗だと思えるのだって嘘じゃないんだと俺は思ってるよ」


洞穴の前で立ち止まり、もう要らないかと剣を地面に刺し、洞穴の門番に仕立て、そして見上げた空は今までに見たことのない色をしていることに気付いた。


『……気取りおって、実に腹の立つガキよ』

「はは、俺は腹の減った餓鬼だよ」


そうしてイミトは空いた片手で果実を一つ手に取り、かぶりつく。


「~~~⁉ 酸っぱいな、コレ。青春の味か?」

『どんな味よ……どれ、もう一口食うてみよ』


「ん? 感覚の共有って奴か、ほらよ」

『『……っぱあああああい⁉ なんじゃあこれはぁぁぁぁぁぁあ』』


「洞窟からのと合わせて二倍うるせーな」


果実のあまりの酸味に、涙をこぼしながら笑うイミトであった。



——。

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