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姫の悲痛。3/4


 男騎士の左手が突如として顎が外れた口に突き入れられ、ガボリと嗚咽おえつと共に喉奥のどおくから取り出したるは()()の物質。それを放り投げるや、容姿が化け物じみた男騎士は外れた顎の向こう側から声を流ちょうに発し、別れを告げた。


「さようなら」


瞬間——光と音、あふれて。


「閃光——⁉ クレア‼」


炸裂した強烈な光と壮絶な音に視力と聴力を奪われ、反射的に顔を逸らすイミト。


「魔力フレア⁉」


元より目の見えないはずのセティスも地に崩れ落ち、覆面越しに耳を押さえて。どうやら光と音だけでなく魔力感知を妨害する【何か】も放たれているようだった。


しかし急変する状況下の中、そこに居るであろう男騎士に向かって走り出す影が一つ。


「くっ、セグリィィィス!」


姫を守る騎士、カトレアであった。彼女は叫ぶ、男騎士の名であろう言葉を用いて。


「彼は、もう()()()だよ。カトレア護衛隊長」


しかし、光しかない状況で闇雲に振られるという皮肉な剣は地へと一直線。男騎士の声だけがささやかれるように虚しく響く。


男騎士は、既に光の外に居たのだ。


「ならば殊更ことさら、次は我らと遊ばぬか」


しかし、外に居たのは彼だけでは無い。クレアと共に離れた場所から状況を観察していたデュエラの蹴りが逃走を図る男騎士の前に立ちはだかる。


「——ふぐぅ⁉」

クレアを抱えながらもデュエラの蹴りは実に的確に、強力に男騎士の顔面を貫く。

漏れる男騎士の断末魔。


——だが、彼女の蹴りは強力で男騎士の顔面を貫き過ぎたのかもしれない。


否、或いは——

「うええ⁉」


今度はデュエラの困惑の声。足に残る確かな手応えが、彼女にそう言わしめた。


ぐにゃり、骨など無い肉の塊を蹴ったような感覚。男騎士は顔が潰れ、首を折られたままの姿で、あっさりとデュエラの横を駆け抜けたのだ。


その姿、まさに異形であった。


「奇怪な。追え、デュエラ! 逃がすなよ!」

「は、はいなのです!」


驚き感想を漏らしながらデュエラに指示を出すクレア。デュエラもまた気を取り直し着地して直ぐに振り返る。


——その時であった。

混迷に次ぐ混迷、デュエラの両腕に抱えられる鎧兜のクレアは刹那——慟哭した。


「む、いかんデュエラ! 右だ、避けよ!」


気が転じ、彼女は唐突に叫んだ。デュエラは一瞬戸惑ったが、直ぐにクレアの動揺を理解し、彼女の言葉の意味を自らも確かめようと、


「——あぶなっ⁉ い、のです!」

した瞬間に襲いくる刃に気付く。身をじらせて咄嗟にかわし、地面に倒れ込むデュエラ。彼女の頬から僅かに血潮が吹いて。


切り裂かれた顔布——金色の瞳に映ったのは白地に黒い紋様が描かれた仮面を被る黒く長い髪の正体不明な女の姿。


「クレア! 視界共有させろ!」


一方、只事でない事は直ぐに分かっていた。しかし未だ光に当てられた視力は回復せず、声のした方にイミトは叫び、走る。


鎧兜のクレアが、反射的にそれに呼応したのは言うまでも無い。赤く光る眼光。


「——……刀使い? くそ、展開が急すぎるぞ!」


それを通じてイミトも見た。今にも再び刀を振り下ろさんとする仮面の女の姿を。そして僅かに感じるクレアとの繋がりをもとに距離を把握し、デュエラへと向く凶刃を防ぐべく行動したのだ。


 火花散る音響、刀を槍の矛先で受け止め、視力を取り戻しつつある片目を開け仮面をにらむ。後方にはクレアだけは守ろうと鎧兜を抱きしめるデュエラ、それの前で手加減など出来るはずも無く、彼は両手で刀を防いでいた。


それが何を意味するか、彼は直感し冷や汗を一筋。

仮面の女は、全力で刀を押し返そうとするイミトの槍を抑えつけているのだ。


「アイツの味方か……いや違うな。誰だ、お前」

「……」

先ほどのように選択肢を考える余裕など無い。既に決断を下し、覚悟を決めているイミトの問いに仮面の女は答えず、刀を引き、後方へと跳ぶ。


恐れた様子ではない——拮抗きっこうする腕力に痺れを切らし、これからだとりをほぐす様に肩を回しているのだから。


しかし、そんな彼女の足元に突如現れる魔法陣。警戒を強め、槍を構えるイミトと態勢を取り戻したデュエラ、そして腕の中のクレアも静観。


すると残念そうに首をかしげ、仮面の女は刀をぶらりぶら下げる。

——事は、その瞬間に起きた。


「なっ、瞬間移動だと⁉ ふざけおって……‼」


クレアが歯を噛み、怒りを露に言葉にした通り、仮面の女は瞬間移動をした。足下の魔法陣から光の柱が飛び出したかと思えば光の柱は仮面の女を包み、もろとも空へと一瞬にして駆け上がり何処ぞへと向かう。


残された者たちに流れる静寂が、あまりに際立つ速度であったのだ。


「逃げられたのです……すぐに追いますか、お二方様」


その静寂を切り裂いたデュエラの不安げな声を聞いても二人のデュラハンはしばもくしていた。勘の良いメデューサの彼女も感じていたように他の二人も当然の如く悟っている。


影でうごめく不気味な気配と、これから来る熾烈しれつな戦いの予感を。


「いや、今はそれよりも」

が、故に、イミトは置き去りにしていた後方をかえりみる。


そこにあるのは、

「カトレア!」

「くっ……姫、申し訳ありません」


傷を負う者たち。駆け寄った姫を前に剣を地面に突き刺し、今にも倒れそうな体の支えにする女騎士カトレア。彼女は血を流す腹部を手で押さえ、苦痛に耐えた表情。


「——……お前も大丈夫か、セティス」


そしてイミトが歩み寄った先に居るセティスも尋常ならざる様相であった。


「か、体は問題ない。魔力感知が乱されて気持ちが悪いだけ」


そう言った覆面の少女は、顔の全てを失い感覚を失った者らしいと言えばらしく、地を這いずり手探りで落としてしまっていた銃兵器を探している。そして何より、彼女はイミトが今どこにいるかハッキリとは判っていない様子であった。


「それより、はやく……追わない、と——」


ようやく銃を一丁拾い、震えながら立ち上がるセティス。けれどその途中、視界がグルリと回ったかのように彼女は全身の力も失い倒れ込んでしまう。


「……態勢を整えるべきだな、色々と気がかりはあるけどよ」


気を失った様子の小さなセティスの体を左腕に抱え、ボソリと呟く。瞬間移動した仮面の女どころか走り去った男騎士すら追うのをはばかられる現状、さりげにイミトがクレアに同意を求めるべく彼女の鎧兜に視線を送ると、異論は無いとクレアも沈黙で答える。


そんな折の事、

「冒険者さま! どうか、どうかカトレアの治療を先に!」

僅かに土で汚れたとはいえ美しきドレスの姫君が、自身の臣下の窮状きゅうじょうをイミト達に訴える。


「い、いえ姫様……それよりも——」

「冒険者殿……縁もゆかりも無いアナタ方に頼める事では無いが、その強さを見込み、恥を忍んで頼みを聞いて頂きたい」


そしてそれをさえぎり、苦痛をこらえながら二歩ほどヨタヨタと歩き、イミト達との間に剣を置いてかしずく騎士、カトレア。


見るからに決死の様相。

故に、困った顔でイミトは頭を掻いて。


「姫を……どうか私の代わりに、」

 守って欲しい。カトレアが続けたかった言葉はそれだったのだろう。姫を守る為、或いは操られているだけだと思っていた仲間を守る為、傷を負い過ぎたカトレアが自らの死期を悟っているのは誰の目から見ても明らかで。


しかし、それはイミトにとって気に入らない美談であった事は紛れも無い事実である。


「ことわーる‼」

「うぐっ⁉」


懸命に、神にでもすがるように、必死の瞳を向けるカトレアを遠慮なく足蹴に、イミトは彼女を小馬鹿する口調でのたまい、瞳の奥の色合いを冷淡に倒れたカトレアを見下げた。


「ああ! カトレア! な、何をするので御座います!」

 「寝かせとけ。血止めくらいならしてやる」


憎しみを知らぬような純白な姫が怒りを滲ませるのも無理は無い暴挙。それでもイミトは姫の怒りより左腕で抱えるセティスの様子を確かめ、知らん顔で。


「クレア、治療は出来るか」


けれど、気を失っているセティスを木の幹に寝かせ小さく微笑むとデュエラが持つクレアへと振り返り、カトレア達の方に顔を振って合図を送りつつ尋ねるイミトである。


「治癒という意味でなら無理ぞ、見る限りにも痛手が過ぎる上に、助けてやる義理も無い」


「ふむ。しかし、手立てが無い事も無いな」


それは、カトレア達の事だと指し示すのと同時にクレアの正体を明かしても良いと言う合図でもあった。故に緊急時では無い現状、クレアがキチンと声のある答えを放つ。


「兜が喋って——⁉」


「回りくどいな……何か悪い事、考えてるだろ」


クレアの存在に驚く姫を他所に、面倒そうにまた頭を掻く。これ以上考える事を増やさないでくれと不服そうなイミトに、クレアは鎧兜との姿を解き美しき白と黒の髪を踊らせながら妖艶に笑む表情を露にして。


「ふふふ……なに、ほんに些細な神どもへの嫌がらせだ」


彼女はどうやら、近々のストレスを一気に解消する妙案を思いついていた様子であった。


「首飾りを見るにそやつはどうも、信心深そうなのでな」

チラリと気絶してしまったカトレアをデュエラの腕の中から見下げ、また嗤う。


「ああ……確かに、宗教臭いな」


 カトレアの首に掛かり、その手に握られている首飾りはとても立派な装飾がされており、それにクレアに言われてから気付いたイミトも何らかの象徴なのだろうという感想を抱くに至る。


呆れ笑いつつも、混じるは若干の嫌悪感。


「あ、アナタ方はいったい……」


姫はその時、二人の怪しげな会話を耳にしながら不安の暗雲を心の内に立ち込めさせていた。




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