姫の悲痛。2/4
「よっと……相手に触れてそこから更に奥の空間を掴むイメージ、っと」
敵騎士の分かり易い縦振りの剣撃をサラリと躱し、鎧の左手を勢い良く伸ばして敵の鎧兜を掴む。
そして——、
「【不死王殺し】‼」
灰がかる半透明の【生気】を引き抜くクレアの技。しかし少し違う点もある。
「こんなもんか……もう少し練習が必要だな」
イミトがそう語るのは、不死王殺しを行使し地に崩れ落ちた敵騎士が死にかけさながらに僅かに動きを持っていたからである。クレアとの経験の差を感じる結末である。
『……全く、やはり使えるようになるか。可愛げのない』
それでも、初見で体の記憶だけを頼りにクレアの技の片鱗を習得した事実に変わりない。称賛混じりの気味の悪い嫌悪感を吐くクレア。
「は、便利な炎魔法の方を見せて欲しかった……よ!」
対するイミトは鼻で嗤い、更に右逆手で持っていた槍の矛先で背後に忍び寄ってきていた敵騎士の喉を貫いて。冗談めいた嫌味、遠回しな要求である。
『ふん。貴様如きに我の高尚な魔法はまだ早かろう。良からぬ事に使うに決まっておるだろうが』
しかしクレアは頑なだった。それは、イミトが今よりも遥かに多くの時間と魔力を料理に費やすのが目に見えていたからでもあった。
「残り三人……セティスの方はどうなってるかね」
そんな危惧を他所に、槍にぶら下がる敵騎士を振り払い、少し心に余裕が生まれたイミトは、心の片隅に置いていたセティスの存在を思い出し、彼女が居る方向へと目を向ける。
——。
時、同じく。互いを牽制し合い、動きが無かったセティスと敵騎士の中で一人だけ兜を付けていなかった短髪の男騎士が動き始める。
「動かないで。まず質問に答えるべき」
「くっ——」
セティスの覆面から放たれる呼吸音の後で、ほんのわずかに動いた剣に反応しセティスは両手に持つ銃兵器の銃口を揺らがせる。
「アナタは、いったい何者」
「……」
眼を失っているセティスの魔力感知で感じる世界、短髪の男騎士はその中で異彩を放っていた。一人の体に多重に重なる存在感、彼はセティスの感覚の中で男であり、女であり、老人であり、子供であって、そして——。
「いや。まだ答えなくていい。後でゆっくり訊く」
セティスは確信を持っていた。何故なら彼が存在する同じ位置に自分と全く同じ背丈の女の存在を感知していたのだから。イミトの予想、推論、勘と言ってもいいものが明確にそこに存在している。
男騎士はセティスの顔を魔法によって奪い、敬愛する師を殺した術者に違いない。
いや、或いは、なのである。
彼女も銃兵器の引き金を引くのに些かの躊躇いも無い。
「【兎角跳弾】‼」
けれど彼女は、敢えて男騎士から銃口を逸らし弾ける音と共に放たれる閃光を二発地面へと撃ち付ける。すると閃光は地面を跳ね、次々と新たに銃口から連射されていく他の閃光と共に周りの木々も巻き込み暴れ回る。
無秩序な軌道で跳ね回りながらそれでも閃光らは、まるでそれぞれに意志を持っているかのように——やがて男騎士へと向かっていくのだ。
「……失敗か。仕方ない【空玩粘土】」
そんな魔法の如き攻撃に対し、男騎士も迎え撃つ。剣を持たぬ左手から魔法陣が解き放たれ、魔法の応酬。彼は片手を動かして空間を捻じ曲げて歪ませ、襲い掛かってくるセティスの魔法弾の軌道を逸らすのだ。
そして何より、空間の歪みはセティスに戸惑いをもたらす効果もあったようだった。何故ならば魔力感知能力に頼る彼女にとって、空間が歪ませられるというのは目を眩まされると同様の結果をもたらすからである。
「——ん⁉」
「今の君と私じゃ相性が悪いよセティス、残念だ」
一足飛びでセティスの魔力感知が潜り抜けられ、覆面の眼前にて剣は振り上げられる。一転してセティスの窮地であったが、無論——その光景を遠目から見ていた者が何もしないという選択をすることは無いのである。
「じゃあ——俺と遊べよ。人形師」
片腹痛いと語るように笑みが先んじたイミトの声。
「——⁉」
男騎士が視線を刹那的に声のした方に向けるや、今まさに振り下ろされんとする斧のような槍の矛先。一瞬の攻防、刹那の判断、危険を悟りセティスに向かおうとしていた身を咄嗟に引く男騎士。
そうして振り下ろされたイミトの槍により土煙が場に吹き上がる。
「ちっ……そりゃ避けられるか」
土煙の中心、勢い余って地面にめり込んでしまった槍を手荒に引き抜きイミトは不満そうに言った。
「——……まだ人形は居たはずだが」
彼が見つめる先には息を荒らし、片膝を突く男騎士の姿。彼らが居るはずの場所に目を配ると、そこには残り一人と決着を付けるカトレアの姿と他の残骸。
「イミト。アイツ、私の名前、呼んだ」
「——そうか。確定だな」
「逃がさない」
そうしている内に態勢は整い、イミトとセティスは並び立って男騎士を見下げていて。
「セグリス、貴様には必ず事情を聞かせて貰うぞ!」
そして、姫と共にイミトの後方に駆け寄るカトレア。男騎士にとって状況は確実に不利である事は明白なる事実。
「……三対一では分が悪いか。逃げさせてもらおう」
されど剣をぶらりと立ち上がった男騎士は怪しげに微笑み、余裕の呟きを漏らす口を押さえる様を彼らに魅せつけた。
「あ? もっと遊んでいけ——」
警戒。軽口イミトはあらゆる行動を想定し備えようとしたのだ。それでも時は既に遅く、いや想定外の想定すら超えた次の行動は、さもすれば男騎士が口に手を当てた瞬間に完遂されていたのだろう。




