一介の冒険者。4/4
言うまでも無く、高い空から飛び降りたとて、ここで彼の物語は終わらない。
覚悟を以って落下した彼は、この程度の高度など慣れ親しんだものだと言わんばかりに、着地の際に衝撃を逃がす為に前転をして受け身を取る。
そしてそのまま何事も無かった勢いで林道に向かって走り、一番近くにあった木の幹に転がり込んだのだ。
「——って、空から情報集めろって、セティスには言ったものの、アイツ目が見えないんだったな」
そうして木の幹にて一息をつき、セティスに言い放った失言を省みるイミト。
「空からの情報は期待できなそうだ……魔物の気配は、なし……と」
瞼を閉じ、感知能力は他の一行ほどでは無いものの周囲の気配を漠然と探り、呟く。
『イミト——、そちらの状況は。セティスとは離れたようだが』
そんな折、頭に響いたのはクレアの声だった。
「デュエラから聞いたのか? やっぱり凄い視力だな」
未だ視覚感覚を共有してなかったイミトはそう悟り、呆れ気味に言葉を返す。
箒を操るセティス曰く、定員を超えた二人乗りで飛行していたとは言え、それなりの距離は離れていたからなのだが、最初に遠くの煙を発見したデュエラにとってはそれほどでもなかったのであろう。
「どうやら人間が争っているみたいだ。もう少し様子を探る」
現状で手に入ったセティスの言動と煙の様子、そして林道に飛び交う音などから得られた情報を端的に纏めたイミトが状況を説明。
『うむ、十分気を付けよ。我らも、もうじき林道へと辿り着く』
するとクレアも自身の状況を言葉によって共有し、イミトに勢い余った不注意な行動をしないよう牽制する語句を並べ、二人は通信を終える。
「了解。人間対人間か……これ、剣がぶつかる音だろ。ん……」
聞こえてくるのは間違いなく金属音だった。林道の木々に反響し、細かい位置は掴めやしなかったが、イミトは覚悟を固める為に背中に背負ったままであった剣の柄に手を伸ばした。
そんな最中、空からこちらに向かってくる気配が一つ。
「イミト、さん」
空を飛び、別行動をしていたはずセティスである。
「早いな、セティス。呼び捨てで良いぞ」
彼女が放つ敬称を茶化しながらも彼は遠回しに用件を尋ねる。別れてからさほど時間が経っていない為、余程の事であるのかもしれない。
「うん。空を一周してきた。ここから東に数十人が戦いながら移動しているみたい」
「そうか。他には?」
しかしながらイミトの予想に反し、セティスが口にしたのは普通の情報であった。些か肩の力を抜き、更に何かないかと探るイミトである。
「居ない、と思う。ただ……気配がおかしい」
すると次にセティスが口にした情報は、とても意味深で曖昧過ぎる物であって。
「それは、アルキラルみたいな感じか?」
「ううん、違う。変な気配と言う他ない」
脳が情報に飢え、イミトは眉を少ししかめる。どう考えようと緊迫し、切迫している状況の中でそれでも彼は答えを探そうとする。しかし、やはり、
「……ともかく行ってみるか。人型と戦うのは初めてなんだが」
圧倒的に情報が足りない。天使・アルキラルが予期させた【事】が起きている状況下で何を為し、何を為さないのかの判断材料が足りなさすぎるのだ。
「ついてきて、こっち」
「ああ——」
イミトは、剣の柄から手を放し、掌に浮かべた黒い魔力の渦で先ほど捨てたはずの物と全く同じ槍を作り、数十人規模で戦闘が行われているという場所へセティスに導かれるままに向かうのだった
——。
そして——出会う。
「姫! もう少し後方へ!」
「カトレア、後ろです!」
「——‼ くっ……⁉」
数人の兜を被る正体不明の騎士に囲まれながら、後方の白いドレスを着た【姫】を守り切るべく単独で懸命に剣による攻撃を防ぐ金髪一つ結びの女騎士に。
「はぁ……女騎士と姫、か……ったく、よりにもよって面倒な予感だ」
そう木陰から騎士たちが戦う様を眺め、イミトは声を潜ませる。
「凄く嫌そうな、声」
目の見えないセティスがそう呟くのも無理は無い。イミトは舌をベーっと出し、すこぶる面倒そうな感情をその怪訝な表情を全面に露にしていたのだから。
「セティス、少しクレアと念話するぞ」
『見えているか、クレア』
それから彼はセティスに一言入れ、有無を言わさず平静な顔で念話を始める。
『うむ。敵は八人か、あの女騎士、ずいぶん腕は立つようだが些か分が悪い』
『我らは貴様らの反対側におる。判断は貴様に任せよう』
クレアの返事はまるで直ぐそこに居るような時間の感覚で返された。イミトがそれを受け少し視線を動かしてもクレアと共に居るデュエラを含めた彼女らの姿を見つけられない、よほど入念に気配を殺しているのであろう。イミトはそう思っていた。
「……敵の動きがおかしいな。それに八人? セティスは数十人って言ってたが」
と、共に観察していた戦闘風景の中で僅かばかりの違和感を感じてもいる。真っ先に言語化できたのは戦闘に参加する人数についてであった。
「セティス、他の奴は何処にいる」
セティスの魔力感知で察知したという人数が話より少ないのだ。その疑問を解くべくセティスに問いつつも、万が一を瞬時に予期し周囲への警戒を強めるイミト
「そこに居るのが全員。近くに来て分かった……一人、気配が《《何人分》》か重なってる奴が居る」
「気配が重なる?」
その答えはイミトにとって意外なものだった。思い出されるのは先にセティスが漏らしていた【変な気配】という言葉。ほんの少し、瞬光甚だしく嫌な予感が胸に走る。
「待って。その奥にまだ……十、いや十二? この気配……もしかして!」
その予感を明確にイミトが理解する前、セティスは唐突に何かに気付きイミトを他所に木陰から飛び出して突然と走り出す。
向かう先は無論、女騎士が未だ懸命に剣撃を自らの剣で凌ぎ切る戦場である。
「あ、おい! ちっ……くそったれが!」
『クレア、お前らはまだ待機だ! 面倒な事になる』
急転する事態にイミトの勘が彼自身に悪態を吐かせる。咄嗟に最悪の事態を防ぐべく彼も少し遅れて動き出し、思考が急回転。
「——……ツイルズ」
イミトの心配を余所に、顔を奪われ覆面でありながら林を猛進するセティスは、腰に装着していた銀筒の兵器。イミトが監視者に気を遣い敢えて言葉にしなかった銃兵器を取り出し呪文を唱える。
すると銃兵器は光を放ち一丁から二丁に増え、二丁の拳銃を両手に彼女は先んじて完全な戦闘態勢に入ったようだった。
しかし、である。それはイミトにとって、遮るべき事態。
「どけ、セティス!」
故に彼は、セティスより先に声を荒げ存在を主張し、全力で戦場へと突っ込んで行って。
「「「——⁉」」」
「うぉりゃあああ——‼」
戦士たちの虚を突き、そこらの林の木を足場に右左と駆け、奇天烈に間合いを詰めて女騎士に一番近い敵の足元に潜り込むや、腹部に向けて槍を全霊で振り払い、敵の一人を吹き飛ばす程に薙ぎ倒すに至る。
「なっ——⁉」
女騎士とその後方の姫は、突然の出来事に唖然とした。ただただ、唖然。
「ったく……事情は知らないが、こちら側に付かせてもらうぞ。女好き、なんでね」
イミトは、それをさして意に介さなかった。白々しく勢い余った槍を弄びながら女騎士たちの前に背を向けて立ち、彼らしい軽口を叩く。
すると、敵方の後方に居た騎士の男がこう叫ぶ。
「何者だ‼」
お決まりの台詞にイミトが答えることは無い。いや——、
「それは、私の台詞。」
応える間も無く、二丁拳銃を煌かせたセティスがマントをたなびかせ空を舞ったのだ。
銃口の向く先はイミトに声を放った男の騎士である。
「——‼ 貴様は、くっ⁉」
空を裂く発射音、二丁拳銃の右側の銃口から飛び出した閃光を男騎士は驚きながらも咄嗟に後方に飛び退き、更に即座に放った左側の二発目も右へと転がり避けて見せた。
それが、セティスが抱く疑念を確信に変質させるとも悟れぬままに、である。
「……やっぱり、この武器の事を知っている避け方」
銃を二発撃ち終わり、地に着地したセティスがそう意味深に呟いた頃合い、
「乱戦模様は避けられないな……ったくよ」
イミトも何かを理解したように気だるげに小さく溜息を言葉に混ぜて。
「あ、アナタ方は一体……」
そして背後から聞こえる女騎士の声にふと振り返り、
「通りがかりの冒険者さ。麗しい女騎士様」
それでも彼は装った。否、装わなければならなかったのである。
「まだ戦えるなら剣を構えてくれませんかね。俺は、守るのが得意じゃないんですよ」
「——ああ! 風来の助力、感謝いたします!」
なんの意図も無い、デュラハンでもない、義勇に駆られた一介の冒険者を。
女騎士と並び立ち、イミトは不敵に笑い——戦いに赴く。
白々しくも心に一抹の不安を抱えたままに——。




