一介の冒険者。3/4
「ん……向こうの方、煙のようなものが見えるので御座いますよ?」
それに一番初めに気付いたのはデュエラであった。
遠く、遠くを眺める様に彼女は呟く。
「ずいぶん唐突だな。何処だ?」
「ここから真っすぐです、ます」
しかし、指を指した方向はやはり見果てぬ大平原。デュエラが言うような煙など遥か遠くの暗雲では無いのかと思う程に何もなく。
「我にも見えんな……全く底が知れん奴らの多い」
イミトがチラリと流し目をクレアに送れど、返ってくるのは同じ答えでそれでもクレア同様、デュエラが偽りを言っていないように思えたのは、彼女がこれまでの節々に二人が驚くような超感覚を披露してきているからであった。
「でも、そっちは間違いない、林道のある方向。行ってみよう」
それはセティスにとっても同じであり、いそいそと地図を開き、方角を確認したことで確信は強まる。アルキラルが予感させた【何か】がその方角にあるのだと。
「煙か……燻製作業中だったらいいんだがな」
「行くぞ、イミトよ。我を持て」
にわかに忙しなくなる状況で近場の食料に心を残し、面倒げなイミトにクレアが言った。
「いや、お前はデュエラと後で来た方が良いだろ。様子見は俺とセティスで行く」
けれどもイミトは即座に拒絶。一転して遠くの食料には諦めが着いた様子であった。
「……考えがあるのだな」
その踏ん切りの良さ故に、一考するクレア。白と黒の髪を鎧兜に変え、戦士の眼差しで彼女はイミトに真剣に問う。対するイミトも何も言わず、ただ淡白な眼差しで答えを返すばかりであったが、幾分かは了承の心中。クレアはそれ以上、彼に問うことも無い。
「私、もう行く」
すると、そんな二人の言葉なき会話の隙を突き、セティスが言った。彼女には気がかりな事がある。イミトの推察通りならば、少なくとも覆面の裏、自分の顔を奪った者に近しい者が先に待ち受けているのだ。心、落ち着くはずも無く。
「ああ。俺も行くから少し待て」
「じゃ——視覚共有と念話で連絡取り合うって事で。あんまり離れすぎるなよ」
先んじて跨る箒の浮遊高度を徐々に上げていくセティスに返事をし、そしてデュエラとクレアにも一言掛けたイミトも走り出す。
否、彼は槍を捨て助走を付けたのだ。
「え。ちょっと——」
箒で空飛ぶセティスの体が突如として揺れ、彼女が驚き無意識に下方を見下げると、そこにはイミトの鎧の左腕。跳躍したイミトが箒の柄を掴み、空中にぶら下がっていたのである。
「一人だけ空から行くなんてつれないこと言うなよ、セティス」
「これ、基本、一人乗り……もう良い、行く」
イミトがぶら下がった事により空飛ぶ箒のバランスを著しく損ない、慌てて調整したセティスは不満げであった。しかしそれでも時間が惜しいと言葉途中に、デュエラが煙が昇っていると指で指し示した方角へ飛び立つ。
そんなセティスとイミトを見送り、平原に取り残される二人。
「我らも行くぞ、デュエラ。隠れながらなど性には合わんが仕方あるまい」
「は、はいなのですクレア様!」
話は急展開に進む。そんな予感を抱えつつ、クレアに急かされたデュエラ達も少し遅れて走り出したのだった。
——。
そして、猛然と空を駆る魔女の箒の下、片手で空中にぶら下がるイミトの視界に入ってきたのは、前述デュエラが見つけ、語ったように空から見れば地を這う黒龍のような細長い林道であった。
「おお。ホントに煙が昇ってやがる。そして燻製じゃ、なさそうだな」
それから無論と言うべきかイミトが呟く。白龍の如く天へと立ち昇る煙、空いている片手の掌を気分的に眉と水平に、祭り見物な気分の緊張感なく言葉にするイミト。
「煙は気配が見えないから……でも、何人かの気配は感じる。戦っている?」
対照的に空を飛ぶ箒を駆使し、魔力感知に秀でるセティスは真剣な様相。
「やっぱりそうか。セティス、俺は下から行く。お前は空から情報を集めて来てくれ」
そんなセティスの分析を経て、イミトは空気抵抗に暴れ回るセティスのマントの中身を覗いた。一応語るが、特にイヤらしい目的の為にではない。
「分かった。今、高度下げるから」
「いや。ここで問題ないさ」
何故なら彼は彼の提案に同意したセティスの返事にそう言うや、箒の柄を掴んでいた鎧の左腕を何の躊躇いも無く離したからである。彼自身に空を飛ぶ力は無い。そうなれば自明の理、空を飛ぶ箒から離れ、彼はただ地上に落ちていくのだ。
颯爽と。
「あっ……——……まぁ大丈夫、かな」
故に唐突な事態に再びバランスが崩れ、宙に箒を止めたセティス。それなりの高度から落下する彼の様子を確認し、彼女は何となく平気だろうと思うに至るのである。




