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一介の冒険者。1/4


 世界が流線に見える程に森を駆けるは二つの影。その影と等しく漆黒の鎧姿の人物は傍らに鎧兜を抱え、もう片方の少女は空中を駆りながら奇妙な覆面姿の別の少女を背負う。


「いやぁ、それにしても割と時間が掛かってるな」


山々を遊び場の如く駆けていく一行の中の一人が、白々しく口角を持ち上げてそう言った。


「……貴様が自然薯じねんじょなどというくだらぬ物にうつつを抜かしておったからであろうが」


鎧姿の彼が右手で持ちつつ刀の如く肩に背負うは長い木の根であった。そんな彼に呆れ果てている様子で左手に抱えられる鎧兜が喋り出す。


「人を焚き付けておいて、アレは本当に最低の行為」


次いで言葉を発したのは覆面の少女であった。感情の見えない覆面ではあるが、言葉は批判的であり恨めしそうである。よくよく見れば彼らの格好は泥だらけ。自然薯なる木の根に似た物を地中から掘り出す為、作業をしていたようであった。


「ははは……イミト様が興奮なさるくらいなのですから、きっと貴重で美味しいものなので御座いますよ、お二方様」


頬に付着した土を拭い、その作業を率先した男を擁護する少女。しかし流石の彼女も男の強引な身勝手に幾分か呆れている様子で、苦笑いが隠しきれなかったようだった。


「デュエラの言う通りだ。コレを、そんじょそこらの山芋と一緒にするなよ」

 「……本当にくだらぬ事で時間を無駄にしたわ」


それはそうである。得意げに木の根を男に見せつけられる一行は、彼を含めて道を急いでいるのだ。意味深な言葉を残した存在の言葉の真意を確かめるべく、全霊で走り出していたはずだったのだから。


「だいたい、俺は先に行っても良いって言ったはずだぜ? 足を止めたのはお前らじゃねぇかよ」


 しかしそれでも男に悪びれる様相はなく、むしろ開き直って批判的に共に犯行を行った同罪を主張する始末。男の名はイミト、罪人である。


「馬鹿者、貴様と我は繋がっておるのだ。どれほど離れて良いか、さじ加減も解らぬのに軽はずみなことが出来ようものか」


そんなイミトを諫める鎧兜のクレアは自己弁護に徹しつつ、再びイミトの糾弾を開始し始めて。


「それにデュエラとセティスを先に行かせてみよ。貴様の推察が正しくセティスが師であるマーゼンと先に再会した場合、我らの歯牙から逃そうとするやもしれぬ」


「……」

覆面の少女、セティスは自身に別の疑義を掛けられたことに何も語らなかった。しかし自分を背負う少女の体を抱きしめる力を気付かれないように強め、少し俯く。


「そうなれば至極つまらぬ上に、セティスと行動を共にするデュエラも危険であろうが」


否定、出来なかったのかもしれない。クレアが疑うのも当然と、この森の先に待ち受けるのは自分が何より敬愛する人物であるかもしれないのだから。


「まぁ……そうなんだけどな」


セティスのそんな後ろめたい様子を横目に、神妙に言葉をクレアに返すイミト。


「お二方様! 森を抜けるようで御座います!」


ようやく見えてきた森の終わり、それに真っ先に気付いたセティスを背負うデュエラが声を上げる。


振り向くと、森の木漏れ日とは違う開かれた光明が前方に広がっていた。


——。

 「おお……凄いな、こりゃ」

「ふわぁ……草原が——あんな遠くまで」


 山を越え、森を抜けると辺り一面の草原地帯が広がっている。どころか、新緑美しい風が吹き抜ける草原しか世界に存在していないようだった。


「水平線まで草原じゃねぇかよ。凄いな」


所々にある地面から這い出るような大小様々な岩場が遠近感を狂わせ、イミト達一行を迎え入れる光景に、イミトは壮観だと感動をその声に滲ませる。


「アウーリア五跡大平原。ここは、その隅っこ」


「かつて、とある巨大な文明が栄え、謎多きままに滅んだとされておる平原よ」


そこに、この場所を知る二人がそれぞれに言葉にする。改めて遠くを見たイミト。


「ロマン深い、な……面白い」


——異世界。彼にとってはそうである。知らぬ世界を目の当たりに湧き上がる高揚感で冒険心がくすぐられ、イミトは不敵に笑った。


「しかし……一見すると近くで何かが起きている様子は見受けられんな。アルキラルめ、我らをたばかりおったか?」


けれど突然に姿を現した監視者、アルキラルが示唆したような【】は広すぎる草原にくまなく目を配ろうと未だ見受けられない。


「村に向かう道中で何か起きるんだろ、近くに村があるんだよな、セティス」


 さもすれば自然薯掘りの時間も計算した上で喚起だったのであろうか。クレアの疑念に自らも思考を巡らしながら、イミトは一行の中で地理的知識に詳しいセティスに問う。


「んしょ……近く、とは言えないけど村はある。暫く歩くと林道があってその道沿い」


するとデュエラの背から降り。まとうマントのふところから地図を取り出したセティス。それを広げ、中を確認するや林道があるという方向に指を指す。


「そうか。デュエラ、少しクレアを持っといてくれ」

「え、あ、はいなのです!」


そうしてイミトはデュエラを呼び左腕で抱えるクレアを手渡すと、右手の自然薯も地面に置き、解放感に溢れた様子で背筋を伸ばし準備運動を始めた。


「何かするのか? まさか昼飯の支度では無かろうな」


「いや、ここからは人目も気にしなきゃならないだろうからな。少し装備を整える」


そこからは早かった。クレアの問いというよりは警告混じりのげんに、明確な返答をすることなく自らの肉体の周囲に黒い渦を漂わせたイミト。


「——……よし。こんな感じの剣で良いか、クレア」


変化したのは言葉通りイミトの装備品であった。基本は左腕だけ鎧を纏う軽装ではあったが、戦闘時では無いにも関わらず背中にクレアが普段作り出す大剣より一回り小さい剣を背負い、右手には槍状の武器を持つ姿で佇む。


「なるほど。基本的には力を隠すためにデュラハンである我らの力は使わないと言う事か」


「理解が早くて助かる。デュエラも、メデューサだってバレないように普段から顔布を着けて動いてくれ」


「わ、分かりましたです、ます!」


 目標地点は人里の村。他者に魔物であるデュラハンだと悟られぬ為の処置、イミトの考えを察しデュエラに抱えられるクレアは納得の様相、そして次にイミトに頼まれたデュエラも遅れて理解し、腰に繋いでいたクレアが作った顔布を探すに至った。


しかし一応と、そんなイミトの思惑に理解を示したクレアではあったのだが、彼女には別に思う事があった。


それは——、

「ふむ、しかし……なれば尚更、貴様も剣を使えばよいものを。何ゆえそこまで棒切れにこだわるのやら……」


イミトが持つ槍状の武器についてである。この世界に来てクレアと出会ってから今まで、槍状の武器をイミトは好んで使っていた。それが剣を好むクレアには不可解でたまらなかったのであった。


「今回の奴は斧っぽくしたんだが、気に入らないか?」


 されど、そんな彼女の好みを知りながらイミトも譲らない。いや、厳密に言えば矛先の形状を幾度か変えてゆずってはいたのだが、根本である棒状である事を揺らがすことは無かったのである。そんなイミト達の武器談義を初めて目にしたセティス、


「ハルベルト。確かに、二本も武器を所持するのは非合理的な気分」


彼女は何の悪意も無く、素朴にクレアの側に立つ。それが火に油を注ぐ行為だと知らぬままにである。


「二対一だな。ふふ」


じわじわと心象しんしょう燃え上がる火中かちゅう、勝ち誇るようにイミトを見上げクレアは嗤う。

そんな態度の彼女が放った一言がかんに障ったのか、イミトの眉根がピクリと動いて。


「……」

珍しく物言わなくなったイミト。クレアから目線を逸らし、淡と彼が見つめたのはクレアを抱える未だ中立に立つデュエラ・マール・メデュニカであった。


「え。わ、ワタクシサマは……その、えっと……」


イミトの眼差しは、百を語る威圧感を放っているようである。そんな眼差しに気圧されデュエラが金色の瞳を泳がせるのも無理は無いほどに。


「「デュエラ。」」


しかし、安易にイミトの重圧に屈することも出来ない。両手に抱えるクレア・デュラニウスがイミトともに脅迫めいた声を揃えたからである。


「そんな事より私の魔石を返して欲しい。()()()が無いと、この武器は使い物にならない」


「ああ。ほらよ。自然薯もその水晶の中に入れといてくれ」


「——……あっさり。分かった」


セティスが板挟みになるデュエラの苦悩に関知せず、デュラハンの注意を引いたものの、イミトがポケットの中に居れていた石ころを手早く処理した為に状況はさして変わらない。


「ううー……見つめるのを止めて欲しいので御座いますよ」


どころか、クレアの白と黒の髪がデュエラの両手にジワリ巻き付いてきて悪化の一途であった。


そして、

「私のほうきを修理する時間も欲しい。この長い根っこを掘ってる間に途中まで直していたからすぐに終わる」


「よいぞ。我が許可する」


 またもセティスの提案がクレアに手早く対処された為、状況に変化は訪れず。どちらも選べないデュエラにとっての苦痛の時間は尚、続いていく。


「せ、セティス様ぁー、助けて欲しいのです、ます!」


それは——無関心なセティスが魔女の箒を直すその時まで続いたのだった。


——。


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