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銀髪の羅針。1/4


 時は少し進む。

夜もすっかりと更け、夜行性の鳥の鳴き声が遠く広く放たれる頃合い。


「ん……しまったな、寝てたか」


かくりと首を落としかけ、座り寝ていたイミトは光の弱まる焚火の炭を再び視界に収めた。


「まだ寝ておけばよい、近くに生き物はおらん。安心せよ」

 「——……お前は、寝ないのか、なんて聞くまでも無いか」


かたわら、静かけやイミトを気遣った淡白な声をおぼろげに感じ、ふと目線を送るとそこには頭部のみのデュラハン。イミトは自分の頭を抱え、眠気を覚まさせながら意趣を返す。


「聞くまでも無いな。デュラハンは眠りを必要とせぬ、それに封印されておる間にそれに近しいものは飽きる程にさせてもらったわ」


すると彼女は嘆くようにそう言った。脆弱な者をののしるが如く、そして自らに皮肉を向ける自虐を冷たく。


「そうか。俺も十分寝させてもらった、もう大丈夫だ」


そんな彼女に不敵な笑みを送り、彼は首の骨を無遠慮に鳴らして。どうやら完全に睡魔には打ち勝ったようである。


「ふん、強がるな。まだ数刻も経っておらん」

 「そんなもんだったさ、昔からな。寝ても起きても悪い夢ばかりで」


厳しげな優しさを気遣いは無用と切って捨てる様に彼は語り、新たな薪を一つ焚火へとくべる。蛍火の如き火飛沫ひしぶきが、怒りと見紛うが如く空を舞ったのだ。


「……そうか。おはようと、そういうのだったな」

 「——ああ、おはよう。クレア」


そして彼らは挨拶を交わした。昨日が終わり、今日になる。それがあまりに新鮮であるかのように、当たり前に。


「セティスの方は結論が出たのか?」

「うむ。貴様の推論通りであったよ。巧妙こうみょうに複数の術式を組み込んでおった為に呪いと誤認してしまっていたのだな」


「俺には、呪いと魔法の区別すらつかないんだが、な……」


それから話は傍らで覆面を付けたまま眠りにつくセティスへと向く。彼女は綺麗に仰向けで寝ていて胸元に両手を置いている様は葬送人と見紛う程に整えられている。


「超常現象と状態異常程度の違いよ。セティスに加えられた症状は魔力によって超常現象を引き起こす魔法をわざわざ状態異常程度におとしめて効果を複雑化し偽装しておった」


彼女に掛けられた顔を失うという状態異常について端的に説明するクレア。セティスの覆面の下は、口と淡い水色の髪以外は何もない、のっぺらぼうの状態なのである。


「どちらにせよ、かなりの手練れよ。レザリクス、奴の関係者なれば不思議も無いが」


 「……解除できるのか?」


そんなセティスに掛けられた術からうかがえる背景にクレアが一抹いちまつの不安を放った為に、イミトは素朴に尋ねる。


すると、

「無論だ。もうしばし魔力構成を調べねばならんがな」


「その対価はセティスの持つ調味料で良かろう。貴様ご所望のな」


一転してあなどるなよと言葉を吐き捨てるクレア。彼女は更にどれ程の自信が自分にあるかを不敵な笑みで表して。


「はは、そいつは嬉しい限りだ。さて、と……」


相変わらずだな、とイミトは思う。そして嘘偽りもなさそうな彼女の言葉に安堵し、おもむろに倒木の椅子から立ち上がった。


「ん。何処ぞへ行くのか」

 「朝飯の支度。今から準備しとけば、日が昇る頃にもう一回くらいは眠れそうだからな」


クレアの問いを背に、長時間座ったままで凝り固まった体を背伸びで解き解し、答えを気にするなと片手で何かを放り捨てる仕草。傍ら、彼が目を向けたのはセティスの荷から強奪まがいに調達していた食材の小山である。


「そうか……その前にイミト、我に何か言うことは無いか」


「——……ふあわ、なんだろうな。心当たりはないが」


そんな折、瞼を閉じてふと質問を曖昧に尋ねるクレア。イミトは背を向けたままのわざとらしい欠伸あくびをした。しゃがみ込んで食材の山から品定めを始め、白々しくシラを切る。まるでクレアの問いの裏、どんな意図があるかを明確に理解しているようでもあって。


「我に対する態度を含め、セティスに関しても未だ心に置いてある事が貴様にはあろう」


しかし、知らないふりをするイミトに敢えてクレアも幕を引きはしなかった。別の疑いの言葉を加えたものの、今度はハッキリと尋ねる。二人きり、こうすれば逃げる余地も無い、彼女は怪訝けげんそうに腹心にえかね、そう思ったのだった。


「ああ、その事か。ん、クレア。それはきっとな——話したくない事……なんだと思うぞ」


けれど、彼の白々しさは変わらない。

そして、

「今、俺が格好つけて言えるのは——」


 「ありがとう。それだけ、さ」


有耶無耶にしようという強靭きょうじんな意志も、揺らがない。小さな赤い果実を摘まみ持ってイミトは小さく笑っていた。とても切なげに嗤ってもいた。


「意義も解らぬ……まぁよい、好きにせよ」


こうなれば最早テコでも動かん。短い付き合いとは言え、クレアはそれを明確に知っていて例え拷問に掛けようと口を割る事は無いだろう。故に彼女は徒労の息を吐いたのだった。


「好きにするさ。所で、デュエラはずっとあの体勢で寝てるのか?」


そして話を逸らすように食材の山の前で立ちあがり、イミトが次に目を向けたのは少し時離れた位置にあるデュエラ・マール・メデュニカの寝姿である。


「うむ、気付いたらそうなっておった。森に独りで住んでおった小動物の知恵なのであろう。些か無様ブザマではあるがな」


クレアもデュエラの異様な寝姿に目を向け、鼻息を一つ。呆れる様に瞼を閉じる。デュエラは確かに寝ているようだった。けれどその姿勢が、いわゆる寝姿とは程遠いものだったのだ。


「……近づいたら走り出しそうだ。起こさないようにしないとな」


彼女は、四つ足を地に着け、片膝を地に突き、腰を上げている。今にも走り出しそうな前傾姿勢で眠っていた。


眠たそうに頭を掻いたイミト。



夜はまだ明けず、また波紋の如き鳥の鳴き声が世界へと広がっていくのだった。


——。


そして、朝。

「ん……んんー、はぁー良く寝たのです」


デュエラ・マール・メデュニカは起きて早々、背筋を伸ばす。

否、背筋を伸ばせていた。


「珍妙、寝覚めが良すぎる」


立ったまま起きたデュエラがそこに至るまでの過程を目の当たりにしていたセティスが呟く。彼女は先んじて起き、焚火の近くでティーカップを一口啜っている所であった。


「ああ、セティス様。もう先に起きていたので御座います、ですね」


そんなセティスに気付き、寝癖髪がピコリと跳ねているものの到底寝起きとは思えぬ様子でニコリと笑うデュエラ。


「なんだか新鮮なのです、起きた時に他の人が居るのは」

 「……私も」


挨拶代わりの言葉を交わし、デュエラも焚火の近くに寄り、セティスはまたティーカップの中身を一啜り、そんなぎこちない彼女らを見かねてか、


「セティス。デュエラにもそのコーフィーとやらを飲ませてやるが良い」


或いは自らの存在を示す為に声を掛けるのはクレア・デュラニウスである。


「あ、クレア様」


するとクレアの存在を思い出したデュエラ。座ろうとしていたからだを再び立ち上がらせ、彼女に向き合う。そこには、デュエラ達に背を向けるイミトの姿もあって。


「イミト様は……まだ寝ているので御座いますか?」


「貴様らの朝飯を用意した後、もう一度寝よったのよ。起こさないでやれ」


首を項垂れさせるイミトを背中越しに伺ったデュエラに呆れ果ているような口調で現状を説明するクレア。更に近づいて様子をうかがおうとするデュエラに気遣いを求めると、


「そうなので御座いますね。ふふ、座ったまま眠れるなんて凄いのです」


デュエラも理解したらしく、立ち止まりクスリと笑った。

「「……」」

無自覚な寝相の悪さを知る二人が、彼女のその一言で憮然としたのは言うまでも無い。


「デュエラさん、これ、コーフィー」

そして、話はセティスがデュエラに差し出したティーカップの中身に向く。


「ありがとうございます、です。これは……黒いお湯?」

 「グイっと飲むのだ、デュエラ。ふふ、中々に美味なものであったぞ」


 デュエラはその中身について何も知らなかった。黒い水面から小さく立ち昇る湯気からは意味深い薫り。それを誤魔化す為か、クレアは悪戯いたずらな笑みで疑うさえぎって。


「は、はい !——ん、ん……」


彼女はクレアの企み通り言葉と物を一切疑うことなくティーカップの中身を勢いよく口にした。喉を鳴らす程に。そして——、


「う、うぁ……なんだのでずが、ごれ」


苦虫を噛んだような今にも泣きだしそうな顔。それでも健気に口を塞ぎ、彼女は吐き出さないようにしていて。


「はっはっは、そうであろう、そうであろう」


その様をクレアは嗤う。

とても楽しげに、悪戯を成功させた子供のように高らかに笑った。


「うう、苦いのですぅ……」

「本当に飲み物なので御座いますか? 昔飲んだハハサマのお薬より苦いのですよ」


唇に残るコーフィーの苦みを必死に拭いながら泣き寝入る様子のデュエラ、


「はい、お水。慣れれば美味しいのに」

 そんなデュエラへ自分の好物についての態度に不満を漏らしつつ水を手渡すセティス、誰もがクレアの悪戯いたずらいさめる声を発せない中、


その場で唯一彼女を諫められるだろう者が一人、

 「あんまり嫌がらせするなよ、クレア」


イミトが誰もの不意を突き、そんな声を発する。



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