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死後裁判と無き女。4/4

 「ディディ・アスティカウロ・シシ・グロウ‼」


「この……くそったれがぁ‼」


足に絡みつく髪から、もう逃げられないのならば——いっそ殺されに行ってやろう。そんな決意の中、男は剣の柄から両手を放すと同時に引き寄せられる方向へ一気呵成いっきかせいに走り出す。


向かうのは勿論と言わんばかりの、髪の毛の根源たる女の顔。黙視すると、水晶から出てきた彼女は瞳を赤く輝かせ波打つ髪の中心で宙に浮かんでいた。


「うらああああ‼」

「——⁉」


そんな彼女の頭部をバスケットボールに見立てたかのように男は跳ぶ——そして、

ガツン!と両手で彼女の頬を掴み取り、両手に持ち直して空中で強烈な頭突きをかました。


「ディゴバ⁉」


頭突きに対して漏れた女の感想、けれど彼女の頭部は未だ彼の手の中。


「あの有名店の名前か?」

「女は甘いモノが好きだもん……なぁ‼」


体が巻き付く髪の縛りが緩み、地面に降りた所でもう一撃だと、男は思い切り自らの頭部を女の顔から遠ざけ、


もう一度、

ゴツン!



「アウチッ‼」


完全にして完璧にお互いの頭蓋を割らんとする躊躇ちゅうちょなき渾身こんしんの一撃。男の手を離れ、女の頭部もまた地に堕ちようとしている。けれど、女の髪が首元にまで巻き付き始めた男が地面を髪ごと踏みしめ、倒れ行く体制から踏みとどまるや、目の前の頭部に改めて片手を伸ばした。


「聞き覚えのある単語……だぁ……」


——掴む。片手の掌に収まり切りはしないが、髪ごと女の後頭部を握力で無理やり手中に。そして首に絡みついた女の髪が首を絞めつけてくる痛み苦しみの中で、男は最後の力を振り絞るように女の頭を洞穴の天井に掲げるのだ。


「らぁ‼」


そして、投げた。思い切り投げた。向かう先には水晶、女が封印されていただろう半透明な水晶の硬さに男は全てを賭ける。


よくよく考えてみれば水晶から飛び出してきた女の頭部に、同じ水晶が衝突するのかはなはだ疑問だと思いそうなものだったが、この時の男にはそんな思考を巡らす余裕も無い。


首に纏わりつく黒髪が、いよいよ強烈に致命的に締まってきていたのである。


ゴズン。そんな鈍い音が意識を失う前の男が最後に聞いた音である。


「くそっ……たれ、が……」


そして、ガラスの割れたような涼しげな音の中、男の意識は洞穴の闇の中、或いは女のつやめく美しい黒髪に溶けていった。



——。


 暫くして、というのかは分からない。まどろみの中で遠くから何か声が聞こえる。手を伸ばすように耳を澄ませる男。かすかに目覚め、たゆたう意識。


『起きよ……起きよ、人間‼』

「——‼ ゴホッゴホッ⁉」


しかし、水を浴びせ掛けられたような感覚を引き起こす大声に、男は勢いよく飛び起き、自らの無呼吸を思い出してき込んだ。


「はぁはぁ、生きてる……どうなってん、だ……いったい」


始めは夢と疑ったが、サラリと腕に纏わり着いたままの女の艶やかな黒髪を見つめ記憶を明確に取り戻していく。


そんな最中、


『この場合、貴様の国の言語では、《《おはよう》》、といえばいか?』


更に女の声。聞き覚えのある声色で彼女は少し不機嫌そうに言った。


振り向いてみれば、やはり頭だけの女が髪を束ねて作られた台座に乗っていて。


「……お前、さっきの」


「ふむ、やはり東方の言語に良く似ておるな、しかし奴らの固い言葉遣いよりは随分と噛み砕かれておる」


先ほどまで絞められていた首を擦りながら男が怪訝けげんな様子で確認を取るが、女は独りで思考を巡らし続ける。


寝起きの抜けきらない疲労の中で、そんな女に男は溜息を吐く。


「お前、体はどうした? それとも、そういうナマモノなのか?」


それでも平々に問いを改め、皮肉めいた呆れた様子の男が尋ねた。


会話の通じる相手であることに、男は既に気付いていた。言語形態が先程のそれとはまったく違う上に、少なからず今の彼女からは危害を加えようという意思を感じられなかったからだ。



「うむ。我はデュラハンよ。異界から訪れた貴様には馴染みが無いかもしれんが、な」


「情けなき事に、体は奪われておる」


「デュラハン……なるほど。首と胴体が分離してるっていうアレか」


やはり会話が通じている。そう思いながら並行して彼女の言葉を噛みしめる男。けれど言葉を返すと共に一応、辺りの状況をチラリ。壊れ砕けた光を放つ水晶の破片が黒髪の地面に突き刺さる様、そして同じく突き刺さる剣も見つけて。



「ほう……異界にも我らと同種が存在するというか」


「ああ……いや、ゲーム……御伽話とか言い伝えとか、そんな感じだ」


そこから自然体を装いつつ、男は女デュラハンに再び目線を流す。



「そうか。ふむふむ……」

「……」


よくよく顔を眺めてみれば、やはり女デュラハンの顔は美しく聡明そうめい。何やら思いをせる様子に殊更ことさらそう思う男である。


けれど、残念ながら文字通り【顔】だけの女に軽々しく劣情を抱くような性格をしていない男は、空いた会話の空白を突き、満を持して気になっている質問をぶつけることにした。


「所で、随分と俺の知ってる言葉を喋ってるんだが、この世界でも使われている言葉なのか?」


「いや、東方の言葉に似ておると申したはず、この世界の主流言語はツアレス文字よ」


するや女は否定を交えながら男が質問に対する答えとしては意図してなかった知識を語り出して。彼女の操るかたわらの髪の毛が何やら見慣れない記号に形作られ、恐らく《《それ》》が【ツアレス文字】なのだろうと男は思った。


「……じゃあ、何でお前は喋れてるんだ?」


そして今度は、もっと噛み砕いて確信を突くように尋ねる男。【ツアレス文字】とやらが本当にこの世界の基本言語であるならば尚の事、気になった話。



すると、女は当たり前のように答えを安く返した。


「貴様の記憶と知識を見て覚えたのよ、それ以外になんとする。異界の人間」


「——……ちょっと待ってくれ」


語れば語らう程に疑問が湧き出てくる疲労感に、男は手を挙げ制止を要求する。そして胡坐あぐらを掻いてそこらにある女の髪を一房ひとふさ拾い上げ、何故だか口元へ。



「んん、んんんんー‼‼」



意味わからんわー。男は髪の毛の束にそう叫んだ。これまでもそうであったようにそれは、只の八つ当たりであり、彼なりの感情制御法なのだろう。けれどそれを初めて目にした女は男の声量に驚き、顔だけの存在であるにも関わらず髪で出来た台座から勢い余って飛び上がる。



「あー、すっきりした。少し、話を整理しよう」


「……貴様が我の髪の臭いで興奮する変態という話を、か?」


「それは断じて違う。良い香りなのは認めるが」



——その後、男の奇行に女が眉をしかめたのは言うまでもない。



 一応のルーティンを済ませ、一息ついた男は怪訝けげんそうなデュラハンの顔の面前へし、どうる面持ちで状況の整理を始めた。まずはデュラハンのこれまでの会話から一番に気になった話から始める。


「……俺が異世界から来たっていうのは知っているみたいだな」


答えは解りきっては居た。何故なら女は男の記憶と知識を見たなどとのたまったからである。


「うむ、あの女神とやらは反吐の出る女であったな」


「それについては共感してくれて嬉しい限りだ」


一つ一つ納得して頷き、思考の中で咀嚼そしゃくを重ね、モヤリとした感情を潰していく作業。


「で……話は本題に戻るんだが、何で俺を襲ったんだ?」

「無論、貴様の体を奪おうと思ったのよ。我の体は奪われたと言ったはず」


「その結果は?」



「——結論から言えば、失敗した」


「だろうな、でも結論から言わないで貰えると助かる」



そうして心の平静を保つと共に、これからこの世界でどう振る舞うのかを男は考えていた。人間として生まれさせられたのならば一度は突き当たる、生まれた意味を探す幼子である。



「貴様が気絶したと同時に我も気絶してしまってな。呪術が中途半端な状態になってしまった」


「ということは?」


「不完全な状態で同化してしまった。いや、むしろ我らの命ごと繋がってしまったのだ」


女は、自身の髪の毛を動かし首の無い首を振り、悔やむように静かに瞼を閉じる。


「ああ……なるほど、例えばお前が【そこ】の剣で俺の首を斬って完全に俺の体を奪おうとしても、その前にお前も死ぬという事か?」


会話の中で、あらかた女の立場に感情移入出来た男は、何の気なしに目を付けていた洞穴に自ら持ち込んでいた剣に目を配る。


「そう、貴様が我の頭を【そこ】の剣で砕いたならば貴様も死ぬという事だ」


或いは、互いに無意識下で牽制し合っていたのかもしれない。互いに、酷く落ち着いた様子で【死】を仲の良い隣人のように扱っているようですらあって。


「いや、全く理論が分からない、な」


「ならば試してみるがよい……決定権は貴様に託そう」


男は冗談交じりに現実感がないと言う。すると女は覚悟して真面目ぶって言った。

男が悩まなかったと言えば虚実。少し考えた後、悩まし気な溜息を吐いたのだから。


「……ホントにラノベの主人公みたいだよ」

「試さぬのか?」


女は挑発めいた言い回しで不敵に言ったが、そんな安易な挑発に乗るほど男は楽観的な人間ではないと得意げに、或いは自慢げに首を振る。そして男は言返した。



「そしたら俺も死ぬんだろ?」

「ずいぶんと飲み込みが早い、もう少しみっともない様を晒すかと思うたが」


「そういうラノベの主人公なんでね、それに——」


信頼の欠片すらないが、男の態度はそのようなものではあったが、スッと伸ばした手には確かに慈愛のようなものがあって。男は不敵に女の頬に触れた。



「俺は、美人には優しくする事にしてるんだ。レイシストだからな」

「——っ……何を言うておるか貴様‼ 軽々しく触れるな‼」


「ふべほっ‼」

「ぎゃふ⁉」


別段、たいしたことは無かったが何があったかは、敢えて描写しない方が良いだろう。強いて言うならば、二人は黒髪溢れる地に転がった。それだけである。



「はは……所でお前、名前は?」


 大の字に倒れたままの楽しげな笑みで【彼ら】の物語がようやく、始まる。


「……我が名はクレア。クレア・デュラニウス。かつて戦場の処刑騎士と恐れられ数多の戦場を駆けた誇り高きデュラハンの騎士」


「そうか、俺はイミト。相馬意味人、意味のある人間になるようにそう名付けられた意味のない只の人間だよ」




「短い間かもしれないが、よろしく、な。クレア・デュラニウス」


「……」



しかし、髪の毛の束を手の代わりに握手のように振る舞ったイミトに、この時のクレアは何も言葉を返さなかったのである——。


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