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そこから新たに。2/4


 「なんぞ、気付いておらんかったのか。嘘と思うなら試してみるが良い」


「必要ないさ。お前がそういうならそうなんだろうし」


獣の腹から内臓を取り尽くし、包丁で肉から引き剥がす作業を終え、イミトは諦め交じりに包丁を置いて小さな息を吐く。


そして次に黒い布を魔力で作り出し、材質を確かめながら獣の体液で血塗れの両手を拭う時間に移って。


「ふん、白々しい男よ。どのみち街を探すのだ、そこで貴様の所望する道具も揃えれば良い。少しの辛抱であろう」


彼が既に別の方法を模索もさくし始めていたのを察しつつも、なぐさめるようにクレアが語る。


「まぁミリスから貰った金貨もあるから、そこは楽しみにしておくよ」


すると、やはりイミトは慰めなど必要なさそうに布を傍らに放り、改めて包丁を手に取って獣の首に刃をあてがい始める。


そして、

「……長旅になりそうだよな」


そんな事を呟きながらザクリと落とす獣の首。そこから世の無常、ことごとく表すが如く遠くの空を眺める双眸そうぼうには様々な意味があるのであろう。


「——時に……本当に、あの娘を連れてゆくのかイミト」


しかし、それを知るのを拒むように一考したクレアは話題を変える。


「デュエラの事か? 別に、問題はないだろう?」


「ふむ。特に異論は無いが、確認はしておきたくて、な」

 「我らの目的をアヤツにはきちんと話してはおらんだろうが」


デュエラ・マール・メデュニカは、道すがらに出会った少女である。それを改めて描写したのは、彼らがその事実に改めて向き合う事になったからである。


「【神殺し】の事なら知っているだろ?」


二人のデュラニウスには目的があった。それはとても自己中心的で身勝手な企みであり、八つ当たりでしかない目的。デュエラには何の関係も無い危険な目的である。


「そうではない……いや、そうでもあるのだが」


当たり前のように目的に対する決意をさらり口にしたイミト、しかし対照的にクレアは意味深に言葉を返す。神殺しに対しては是非も無い事は直ぐに分かった。



「……まぁ俺の方は覚悟をしてるさ。本当に危なくなったら別れちまえばいい」


しかしイミトは一考して、解体中の獣の皮を肉から引き剥がしながら誤解が解けたように悟るのだ。二人のデュラニウスには、いいやクレア・デュラニウスには他の目的があった。


「俺たちと違って、アイツは繋がって無いんだからな」

 「昔話を急かす程、俺も退屈はしていないしよ」


奪われた体、それを取り戻す事。クレアの今の体であるイミトは、意味深くわらった。何処か切なさがにじむ笑みである。


「まったく……貴様という男は」


その話は終わりだ、イミトが遠回しにそう言ったとクレアも察する。呆れたフリをしながら双眸を閉じて息を吐いて。


「それで、蒸し料理が作れなくなった貴様は次に何を始める気だ」


気を遣ってや遣われて、クレアはそうして話題を変える。まな板の上には最早もはや、獣は居ない。まさに肉色の塊がそこにはあった。


燻製くんせいだな、蒸気じゃなくて熱と煙を閉じ込めて作る料理だ。少しの間なら保存食にもなるし」


「とは言っても、調味料もスモークチップも俺の世界の奴は手に入れられないから塩と香草で簡単なもんになるし、味も保証しないが」


イミトはその肉の塊を小分けに包丁を用いて分解しつつ、クレアの問いに答える。そして傍らに置いていた水筒から貴重だと語っていた水を黒い半球状の器に躊躇ためらいなく流し込み、切り分けた肉も次々に沈めていく。


そして素手で器の水と肉を軽く掻き回していって。どうやら肉にまとわり着く血を洗っているようだった。


「時間は掛かるけど今日はここに野宿する予定だし、問題ないだろ?」


そうして彼は、次にそこらで採ってきた香草も少しほぐして肉が入った器に投げ込む。放つ言葉は疑問形ではあったものの、決定事項の伝達に違いなく。


「好きにせよ。して、もしやその燻製クンセイというのは木のクズを燃やして作るアレか」


クレアもして反論はしなかった。どころか、知識欲に溢れる様子で肉を洗浄中の器の中で何が行われているのか興味深く厨房の上から見下ろしている。


「ん、知ってたのか? 木のくずなら何でも良いってわけじゃないが」


そんなクレアが言った質問にイミトは少し意外そうであった。クレアが料理の知識を持っていた事もそうだったが、この前世たる異界にて学んでいた調理法がこの世界にもある事が何より意外だったのだ。


「昔、立ち寄った事のある村で似たようなことをしておったのを見たことがある」


「火事見物に行ったつもりであったのだがな、ふふふ」

 「……はは、良い趣味してるぜ」


クレアが語り出した何気ない昔話を聞きながら落ち着いた様子で笑むイミト。彼は足下に置いていた複数の獣の死骸の中からまた一匹まな板の上に置く。


また同じ解体作業を始めるのだろう。


「我の記憶が確かなら奴ら村人は、向こうに生えておるような木でやっておったよ」


「マジか。それは嬉しい話だ。デュエラが戻ってきたら枝でも拾いに行こうぜ」


「はしゃぎよる。貴様はやはり阿呆よ」


クレアは過去を振り返るが如く今を見て、楽しげなイミトを嗤った。


「は……その方が素敵だろ?」

「ふん……至極くだらぬわ」



生きている。生きていく。けがれたる世界にて、


とてもありきたりに、とても特別に。


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