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死後裁判と無き女。2/4


 少し時間が流れ、二人の男女が体育座りで並んで座り、陽光穏やかな木漏れ日の中、鳥のさえずりを聴きながら、途方に暮れていた。言うまでも無く、先ほど裁判をしていた男と女神の二人である。


「……なぁ」

「……はい?」


「一応聞くが、この異世界の通貨とか持っているか」


不穏と言えないまでも少々の気まずい雰囲気に、気を遣った男が何の気なしに女神にそう尋ねるや女神は眼鏡をおもむろに指でクイっと持ち上げて。



「……まず人が居る世界であるか疑問を持つべきでは?」


そう答え、女神は木陰越しに空を見上げる。


「森、だもんな」

「森、ですからね」


三百六十度の森の茂みの中、狭い休憩地点のようにポツンと草も生えない乾いた土色の地面。人の気配など言うまでもなく存在しえず、如何にその場から気配を探ろうと枝葉の落ちる音と鳥の息遣いしか感じえない。


何らかの現象に巻き込まれた女神と男はしるべも無く、ただただ途方に暮れてばかりの状況であった。


しかし、


「取り敢えず、アレだな。準備でもするか、野宿の」


そうして腐っていくままではいけないのだろうと男は決心し、仕方なしに待機状態である体育座りの態勢を解き、立ち上がりながら女神へ提案する。


「——……森から出ようとは思わないのですか⁉」

「……その言い方じゃ、やっぱり元の場所には戻れないんだろ?」


しかし男の提案に異議を唱えた女神。その反応から男は救いのない現状を再認識して。



「女神(笑)だな」


頼りがいの無い神に祈る時間を無駄と切り捨て、一人そそくさと森の一部に近づいていく。


「ええ! ええ、そうですとも‼ ここがどの世界か分からなければ戻れないですが⁉」


「それが何か⁉」


そんな不敬に女神が怒るのも無理からぬことなのかもしれない。彼女は執拗に片手の指で眼鏡の上げ下げを繰り返し、ヒステリックに言い放つ。


眼鏡をいじるのが彼女のストレスを計れる分かりやすい癖なのだろう。男は呆れ気味にそう思った。


「じゃあ、お前も手伝えよ……木の枝くらい集められるだろ?」


そして女神の八つ当たりに対し、尚も平然と。道ではない道端に落ちている木の枝を拾い、こんな簡単な仕事だと懇切丁寧に説明して見せる。彼はもう、あからさまに女神に何の期待もしてない様子。


「だから! 森を出るのを優先すべきでしょう⁉」


しかし女神は未だ怒り心頭だった。議論もせずに男が提案した行動計画を勝手に実行しようとしているのをいさめるために彼の元へと突き進み始める。すると男は渋々と、



「多分、もう日が暮れる。ここがどんな森か分からないのに、むやみに歩くのは危険だろ」


「……確かに、言われてみれば」


森から女神へと向き直り、手に持っていた木の枝で斜め上の太陽を差す。そして端的に説明しながら女神を納得させるのだ。女神は未だ釈然としておらず不満そうではあったが、確かに彼が元居た世界での一日の仕組みに当てはめるならば、太陽の位置は残り数時間で沈もうかという位置だった。


彼の判断には一応の合理性がある。女神は眼鏡をクイっと持ち上げた。



と同時に、


「だがまぁ……人が居る世界なのは間違いないみたいだ」


男が言った。今度は木の枝の先を背後の森に向け、首を少し動かして女神に背後にある森の状況を確認するよううながす仕草。その意図は直ぐに女神にも伝わる。


「え! 何か見つけ——‼」


女神は淡い期待の中、眼鏡を引っ張って顔を男の背後へ急いで覗かせる。されど、そこには衝撃的な光景が広がっていた。


——人間の死体の群れである。遺体の状況を見るに長い時の中を争い、疲れ果てて眠った白骨の兵士たちが森のあちこちに散乱していた。



「さしずめ、死体の森、だな……」


男は、感慨深くそう言った。



「……随分落ち着いていますね、普通はもっと驚くものでは?」


そんな男に、神妙そうに死体を眺めていた視線を移した女神が返す。



「ん。まあ……俺ももう死んでいるし、女神さまもツイてるから、な」


すると、尚も酷く平然としたまま男が冗談交じりに言った。その異常なほどの平静さに女神は舌を巻いたが、人間のフリをするように一番近くの白骨兵に柏手を打つ様に人間らしさを感じぬことも無い。安く言うなれば複雑な心境であった。


「でも、そうだ。そういえば……俺の体があるんだけど、これはどういう事なんだ?」


祈りを捧げ終え、男はようやく自分に起きている異変に気付く。肉の腐り果てた白骨兵を目撃して気付いた当たり、いささか皮肉めいている。女神はそんな事を頭に過ぎらせたりしたが、あえて言葉にはせず、息という形でそれを露にした。


「恐らく、召喚魔法の影響でしょう。反魂の術の可能性もありますが、アナタの肉体は再構成されて……つまり、簡単に言えば生き返らされたという事です」


そして、彼女もここに来て彼と彼女に起きた事象についての考察を口にし始める。彼の真似をした訳では無いが胸下で腕を組み、仕方ないといった具合で。


「やっぱり転生したんだな、じゃあこの近くに召喚術者とやらが居たりするのか?」


すると男もここまで敢えて聞かなかった質問をここぞとばかりに女神にぶつける。辺りを見渡しても、やはり生きている者の気配はない。


「それは有り得ません。そんな無法者は今頃、天罰を下されているでしょう」

「というかまだなら、私が天罰を下したい所です」


「はは……」


それを確定事項にするように女神は答える。終わり際の物騒なささやきには流石の男も苦笑い、本気で言っていて本気でイラついている女神の横顔には返す言葉も無かったようだった。


「じゃあ何のために召喚されたか分かんねぇンだな……」


しかし一息の間を置き、男はボソリ切なげに呟く。そして改めて近くの白骨兵に目線を動かし、その近くに咲く白い小さな花の群れを見つけるに至って。


「別に、アナタや私を召喚しようとしたのでは無いのでしょう……召喚術に失敗した結果たまたま巻き込まれたと思うのが自然だと思います」


それは些細な思いやりというにはあまりにも自己満足だったのだろう、女神の言葉を他所に男は小さな白い花を一枚毟むしり、白骨兵の砕けた胸元に捧げる。そして自らを小さくわらって。



「切なくて涙がちょちょ切れそうだよ」


「ぷ」

「今、笑っ『ていません』」


そうして立ち上がった頃には平静に心を切り替え、また辺りの状況を改めて見渡す。よくよく見れば激しい戦いの古い痕跡が森の至る所にあることに気付いた。


「……まぁいい、とにかく【ここ】を今日の寝床にするのは流石に嫌だな」


感想を呟く中、花を捧げた白骨兵の傍らにあった地に刺さる風化の進んだ剣を重そうに片手で抜き取り、両手で持ち上げて所々欠けた刀身を眺める男。


「服の感じもそうだが……量産品の剣か、時代設定が中世の欧州風とはまたありきたりな」


すると、現状に呆れるばかりの男に向け、女神が神妙に口を開く。


「……被告人」

「ん?」


彼女もまた、周りにある事実を目視によって確かめ情報を集めていて、


「私は、ここが何処か分かったのでそろそろ失礼させていただきます」


故に、キョトンとした男の顔を尻目にそう言い放てるに至る。


けれど男は、女神の放った言葉の意味を少し考えた。男からすれば突拍子もない文言が含まれていた為だ。失礼させていただきます——まるでそれは別れの言葉のようだった。


「……ああ、どの世界か分かったら戻れるとか言ってたもんな」


そして異世界に飛ばされてからの女神との会話を一から検証し直した男は、飄々《ひょうひょう》と思い出して言葉にする。するや女神は、今度は少し得気にまた眼鏡をクイっと上げるのだ。


「ええ。この騎士たちが掲げている旗の紋章……これはツアレスト王国の国旗です」

「とすれば女神【ミリス】が管轄する世界……ふふふ」


いつになくゴキゲンそうにボロボロの布切れを拾って見せ、そしてゴミ箱に落とすように布切れを捨てて口元を手で隠しながら怪しく嗤う女神。眼鏡レンズが光を反射して彼女の素顔を隠しているようだった。


「楽しげだな。それで? 俺はどうなるんだ?」


「また戻って裁判の続きか?」


既に男は何となく理解っている。この先の展開を分かった上で物語上、優しく気を遣い、それを問う。


そして男の予感はおおむね正しく、その理解は正解であった。


「いいえ。不本意ですが、アナタに肉体がある以上、私の管轄外になりました」


「アナタの処遇については【ミリス】と他の神々によって話し合われ、近いうちに結論が出ると思いますので」


剣先を地面に戻した男に事務的に述べる女神。彼女はその合間に空中に光る見慣れぬ文字を刻み、この異世界に引き込まれた時のような蒼白い光の渦を作り出していた。それが元の世界に帰る事の出来る異界への入り口なのは二人には明白な事だった。


「それに……貴方にとってはある意味で【良い罰】なのかもしれませんしね」


「では。私はこれで——」


そして実に平淡に異界への入り口に足を進ませながら意味深な言葉を残し、華麗にその場を去ろうとする女神。


「ああ、出来るなら死後の世界の事は口外を避けて頂けると有難いです」


「とはいえ、言語が分からなければ伝えたくても伝えられないでしょうが、ぷぷ」

(こいつ……)



蒼白い光の渦の中に体を沈め、女神は消えた。


「それでは近いうちに。アナタが死んで裁判を再開できることを祈っていますね」


それでも女神の言葉は続き、そうしている内に徐々《じょじょ》に異界への入り口である蒼白い渦も収縮していく。森は普段の静寂を取り戻そうとしていた。



「……やっぱお前、悪魔だろ」


そんな光景を眺めつつ呆れを声ににじませて呟く男。自分も異界への入り口に突入しようとは思いもしていない様子だが、ふと手に持ったままの剣に目を配る。



そして一抹いちまつの思考の末、


「……——、せい‼」


男は思い切って剣を異界への入り口に放り投げた。


男は、それなりに投射のコントロールには自信があったので見事に入り口の渦に命中した剣に驚きは無かったが、剣は弾かれ彼の企み——或いは未必の故意が失敗に終わった事は少し残念そうではあった。


「ま。そりゃ無理だわ、な」


肩を少し落とし、小さくなって消えた蒼白の光があった場所に最後の別れのように男は言う。


しかし、その時だった——、


『いったああああ! 何すんだテメェ‼ 絶対地獄に送ってやるからな、覚えと——……』




「……はぁ、とにかく移動するか」



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