無自覚の犠牲。4/4
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一方その頃、当のイミト・デュラニウスが、その時に何をしているかと言えば——、
「ああ、畜生‼ 屋台の薫りと道具屋の煌きが心を誘うぜ、クソッタレ‼」
「……観光なら手早くやって。捕まったら牢屋飯」
「それはそれで興味もあるけどな‼ 城門前で落ち合うぞ、そこから城壁を登って脱出だ」
城塞都市ミュールズの街並みを屋根伝いに駆け、炭焼きの焦げたような香ばしいような薫りに誘われながら、傍らで悠々《ゆうゆう》と飛行する箒からの声に八当たり気味に声を荒げている。
「——魔石の数は残り少ない、大丈夫?」
「無理って言ったら優しくしてくれんのかね、解散‼」
イミトとセティスを追い掛ける数名の騎士。貴族街を越えて見えてきた城下町の建物は多く、屋根伝いとは言えど高低差に入り組み始めた街並み。
それを踏まえてイミトは、心配などして居なさそうな声で心配する言葉を漏らすガスマスクを被る魔女に、別行動の指示をして。
それに有無を言わずに予定調和の如く箒が飛ぶ方向を転換させ、魔女セティスは人々の営みに慌ただしい街路の上を飛び去り始めた。
その彼女を——三人の騎士が彼女を追った。
味方の分断は、敵の分断。
イミトの背を追い、残ったのは騎士二人。
「そこの貴様、止まれ‼ 止まらぬとコチラも手荒な手段を取らねばならん‼」
恐らくセティスの方に騎士たちが数を多く割ったのは、セティスが飛行能力に優れている事もあるが、間近に迫るイミトが走っている方向の先にも理由にあったのだろう。
——地の利は無論、この街を常に警備しているミュールズの騎士団にある。
この先にあるのは——大きな橋が架かる河岸。
しかしそれは、見れば分かる事でもあった。
「殺すなとの命令だ、間違えるなよ‼」
「——そうだそうだ、間違えるなよ——ったら」
故に妙案に施行が迫る河岸に近付き、そして背後に迫る騎士が剣の鍔を鳴らした瞬間——イミトの両手に黒い渦が灯って。
そして彼は、背後へと素早く振り返って動きが止まるリスクを犯してでも——細長い槍を屋根へと深々く盛大に突き刺すのである。
「「なに——⁉」」
すると揺らぐ黒いモヤを纏う槍は、騎士たちの目の前で凄まじい勢いを以って瞬時に伸び——イミトを斜め上に真っすぐ宙へと攫って。
その思わぬ光景に驚愕し、思わず足を止めてしまう騎士二人。
しかし、河岸を超えて河の中央へと差し掛かった——その時だった。
黒い槍は何かに耐えきれなかった様子で突如としてイミトを宙に残したまま、黒い薄霧となって消える。
「ちっ——槍の一本もマトモに保てないな、こりゃ【龍歩】」
使い過ぎた魔力、ここまでの疲労——彼の特技である物体創生を存分に披露する事は出来ない。
舌打ちを打ち鳴らすその口で河に落ちてしまいそうになったイミトは咄嗟に空中で透明な薄い足場を次々に作り、何とか落ちないよう不格好に河向こうまで駆けていく。
「逃がすな、追えー‼」
そうしている内に二人だった騎士も増援を受けて再び数名に増え、河向こうにも騎士の影が集まりつつあった。
——絶対的窮地。
だが、危なっかしく河の向こう岸に辿り着いたイミトが、それを感じた刹那の事——肌を突くような静電気が走ったが如く気配。
もはや嫌な予感と言ってもいい、ほんの僅かな戦慄。
そして——稲光と共に打ち鳴らされる雷鳴が、イミトの眼前に降り立って。
「——なっ⁉」
「……」
驚きの光景に集まってきたミュールズの騎士たちが足を止める中で、イミトは不調に加えて、ここまで全力で走ってきた疲労から河に落ちたのかと思う程の汗を流す。
或いはそれは全て——この出会いを予想していたが故の、冷や汗だったのかもしれない。
「……あー、クソッタレ。敵に回ってたら最悪のパターンだな」
「——イミト。少し、手合わせを願おうか」
「うわぁ……最悪のパターンだよ」
やがて確実に来たる死別の未来——それを知らぬ未だ無自覚な犠牲者アディ・クライドは塩分を欲するイミトへ塩を送るが如く、雷閃に輝く剣の笑みを魅せつける。




