表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

193/203

平和の柱。2/4


「……我らが神、ミリス神よりの罪人つみびと様へ言伝ことづてを持って参りました。それから——」


 「クレア・デュラニウス様とデュエラ・マール・メデュニカ様を、この場より逃がすようにと」


そして伝えられる用件。右掌みぎてのひらを進むべき道をしめすようにかたわらに広げ、空間をゆがめ始めるアルキラル。


薄暗いはずの地下水道に差し込む地上の陽光、ゆがみ開いた【()】から見える景色は、地下水道とはまた違ったおもむきのある遠き森の入り口の如き静寂と平穏の様相で。



「……イミトにのみ、用があるという訳か。気に入らぬな」


だが、そんな平穏は或いは罠であるかもしれぬとクレアは言葉をそのままには受け取らず、加えて自身に対する()()()()な扱いに苛立ち、異を唱える。



しかし——、

「とはいえ、ここでのんびりお茶をするひまもないからな。とりあえず、ここは向こうさんの誘いに乗るしかなさそうだ」


イミトは、そんなクレアをかかえるデュエラより一歩前に進み、せまる時は何時いつだって非情だと暗に示しながらアルキラルとクレアの言い争いを未然に防ぐ。



 「——こちらの空間転移を使った際の危険は無いと、()()()()()()()保証いたします。繋がっている場所は、あのカトレアという女性騎士と直ぐに合流できる地点」


 更に敵意は無いと一礼をクレアにアルキラルが捧げ、すべからく状況を認識している事をチラつかせながら、ときおどしをしたたかに開かれゆくまぶたからも露見ろけんさせて。




「ちっ……コソコソと安全地帯から眺めおって、実に不快ぞ。()()()()


 「は、はい……あの穴を通るので御座いますね‼」


舌打ち交じりで無き選択肢を選び取り、クレアは会話の蚊帳かやの外に居たデュエラに指示を出す。



向かう先は、アルキラルが創り出した時間も距離も無い異次元の通路。


「イミト様、お気を付けてなのです‼」

「……」


そうしてデュエラが急ぎ、イミトに別れを告げながら穴に飛び込んでいく最中さなか——穴のかたわらで礼を尽くしてこうべを垂れているアルキラルと、デュエラに抱えられているクレアはチラリと視線を交錯こうさくさせていた。


——やがて、機会があればこの()()は返す。


と、鋭い視線を向けたクレアに対し——


そんな時は()()()来ないと冷淡な眼差しを浮かべるアルキラル。



 そして時は流れ、彼女らが通り抜けた直後。


時空異空じくういくうの穴は再び、世界のことわりに固く閉じられ、怖い程に静寂な——生活排水の水流の音が寂しく響くばかりの光景へと戻る。



残された者は二人。

——()使()と、()()



「——……さて、罪人つみびと様。罪人様は、こちらへ」


そんな状況下で、特に会話も交わすことも無く天使アルキラルが指を鳴らす。

すると彼女の足下から白い光が世界へと広がり、またたく間に地下水道の空洞を埋め尽くしイミトをさらっていくのである。


そこは、かつて——彼も訪れた事のある()()()


 宇宙空間のような夜景が周囲全面に広がる中で、足下に浮かぶ白タイルと似たような足場が、そこかしこに様々な高度で浮遊して流れていく壮大な光景。



「懐かしいね、()()()()。有無を言わさずに俺だけを連れて来なかったのは、せめてもの誠意せいいか?」


一瞬いっしゅんにして別の場所に連れていかれる幾度いくどか経験した懐かしい感覚をイミトはわらい、それを踏まえた上でクレア達を逃がしたことに彼なりの感謝を口にする。



「……如何様いかようにでもお考え下さい」


けれど、アルキラルは素っ気なく、強制転移を終えて立っている白タイルの上で、またしても礼節深く頭を下げた。


その時——いや、()()()()からか。


「それで——俺を呼んだ神様は何処どこに……」


この愛くるしい天使を使わした神様は何処に居るのかとイミトが振り返った時、一片ひとひらあわい白の花びらが舞い落ちて——アルキラルが自分にではなく背後に居る()()()に頭を下げたのだと気付く。


そうして舞い降りた花の()()を振り返れば、荘厳そうごんな大樹が満開の華をおどらしているのである。


「……」


いと懐かしき壮絶な吹雪は、心を懐かしさで搔き乱す。

——桜。桜。赤い毛氈もうせんの上に咲く。



「——お久しぶりかしら、罪人つみびとさん」


そして桜の木の下に、()()()()。美しい色鮮いろあざやかな織物おりものの着物をまとい、荘厳な桜に負けぬきらびやかな装飾でいろどった美しき貴婦人。



紅色べにいろの口紅に染まるくちびるで、穏やかにさかずきすする神、ミリス。


「桜の下で宴会えんかいとは……風情ふぜいがあるね」


その思わぬ再会に、声を殺されながらも、わらって強がるイミトである。

しかし、無理からぬ事なのかもしれない。



目の前に存在するのは、神々の宴会。



「ふふ、アナタの席も用意したわ。二次会に付き合ってくれるかしら」


もうすで()()()()()()()()のようではあったが、ミリスと向かい合うように用意されている席は、とても凡夫が座ってはならないような格式高いおもむきがあって。



わずかに残る他の神々の痕跡こんせきもまた、確かにイミトを威圧している気さえして。



「その着物も似合ってるし、やぶさかじゃないけど、俺は酒を飲まないぞ」


しかしながらイミトも負けるわけには行かない。首の後ろを抑えながら静かに酒をたしなむ神の前へ面倒げに近付き、用意されていた己の席の前に辿たどり着く。



「酒は二十歳はたちになってから、だったかしら」


「それに今の俺、かなりドブ臭くないか? 酒が不味まずくなったらいけねぇよ」



そしてくつを脱ぎ、己の服や体に染みついているだろう下水の匂いを確かめる仕草。すると、そんな愛らしい仕草に対し神は寛大かんだいに微笑んだ。



「あら、ふふふ……私、働く男の臭いって好きよ。ねぇ、アルキラル」


 桜吹雪がおだやかさを取り戻す中で酒盃さけさかずきを片手に小首をかしげ、イミトの背後で飲み物の用意を始めているアルキラルにも同意を求めて。



そのアルキラルの反応は——

「はい。元より、罪人様はドブの臭いのする方なので私も特に気にいたしません」


辛辣しんらつな物言いを漏らしつつの同意。それでも客人に振る舞うように丁寧にイミトへ水の入った硝子ガラスのコップを手渡す。



「はっ——、それで用件は何だ? この間、神様の厨房ちゅうぼうで盗んだ調味料の話か?」


その冷淡な表情を横目にゴキゲンな様相でコップを受け取ったイミト。揺らぐコップの中の水面にいきちる一片ひとひらの桜。開き直った笑いは花が咲いたようにも見えて。



「……そうね。その件も関係あるかしら」


 「でも——その前に、和平調印式の成功、()()()()()の祝福を」



こうして始まった意味深に微笑む二人の会合。酒席。


「神様からのおすみ付きとは景気が良いね。そもそも俺達を姫に合わせたの、アンタだろうに」


渡されたコップの中身が酒では無いかとかおりを確かめたイミトは、神であるミリスに向けてコップをかかげる。


「ふふ、「乾杯」」


唱えた言葉は魔法か、呪いか。或いは悲劇の始まりか。

鳴らないが聞こえた気のするその音は、様々な思惑を、様々な思考を巡らせる開戦の合図のようでもあった。


——。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ