地下に潜む怪物。4/5
それは紛れもなく——ルーゼンビフォアの仕業。
先程も完遂されなかった神の魔法。
「【神罰・業炎……】」
一見しただけで止めねばと思える程の存在感に、増援もまだ見込めないイミトは単独で対応策を講じなければならない。
「【千年負債・一借断絶‼】」
そこでイミトが選んだ策は、原始的な武器の投射を除くと。唯一といって良い遠距離技。クレア・デュラニウスが発案した伸びる刺突。浮かび上がり始める小さな太陽に向けて空中より巨大な剣を伸ばし突く。
「ちっ……また邪魔を‼ それでも半分は——‼」
盛大に突き刺される巨大な剣は避ける他はなく、精神を集中させて力を溜めていたルーゼンビフォアは集中を切らし、斜め横に跳び去りながら、片手の上に未だ灯り続ける炎の魔法で妥協する。
「地下で炎は禁じ手だろ。人の事、言えないけどな‼」
「【神飛炎‼】」
空中に居たイミトもそれは覚悟の上だろう——デュエラの特技、龍歩を習得したイミトは、ルーゼンビフォアが解き放った太陽が変化した巨大な魚を模した炎に向かい、思いっきり踏み出して炎へと立ち向かう。
「捌き甲斐があるね、【鱗取り‼】」
だが、正面切って高熱の炎の塊と戦う訳も無く、寸前でイミトは落下の軌道を逸らして体を捻り、炎の横を通り過ぎながら両手に作り出した黒い巨大な包丁で魚を模した炎の側面を僅かでも削り取って。
「おおおおおっ——‼」
その最中にイミトを空から叩き落そうとする、己が信じる神に厚き信仰を捧げる男、バルドッサの跳躍の後に放たれる岩の両腕がイミトを襲う。
しかしイミトは冷静を尽くす。調理場での作業工程を整理するような面差しで、突如として空中に現れたバルドッサを横目に、両手に持っていた包丁を手放す。
「復活が早いな——【秒位利息・連動過料】」
「【ウィズ・デスウィップ——引網漁】」
そして次に創り出したのは二本の黒い鞭。龍歩でバルドッサから僅かに距離を取りつつ、上下左右にダラリと太い鞭を振る。
不思議な事にバルドッサに当たる鞭は、彼の体に当たり絡まり捉えるが——次々と鞭の長さを伸ばし、本数を増やし波打つ網の如く地下水道に折り返してきた魚を模した炎ごと捕らえていく。
「うおおおおりゃ‼」
「ぐぅ……⁉」
そこから龍歩の足場を踏みしめて——、一本背負いの構え。バルドッサの岩の肉体を焼くルーゼンビフォアの炎。イミトは、魔力で増強されている膂力の全霊を込めて網となった鞭を地面に向かって投げ捨てる。
弧を描き、炎に焼かれながら地に投げ出されるバルドッサ。
すると——その時、
「——危ない‼」
地下水道の床の上でイミトの隙を窺っていたイミナの声が飛ぶ。溢れ出る水の魔力が一か所に集まり——バルドッサの落下の衝撃を緩和させ、ルーゼンビフォアの炎と相殺させて懲りもせずに大量の蒸気を産み出す。
「……へぇ。まだ仲間を気遣える神経は残ってたんだな」
その光景はイミトにとって、意外なものだったのだろう。茫然と空を緩やかに落ちながら見えてくる蒸気で満たされた光景に感想を漏らして。
「余所見を——‼」
「してねぇよ」
しかし警戒は揺るがない。再び強く交錯する白と黒の槍。
彼らは互いに舞うように一歩も引かぬ技の優劣が拮抗した熾烈な攻防を繰り広げながら、地下水道の地下へと堕ちていく。
そしてやがて彼らは着地しつつ白煙の白霧を吹き飛ばし、互いに間合いの外まで距離を取った。
「……なるほど、分かりました。仕方ありません、この際……ヘラヘラ出来る程の実力があるのは認めます」
苛立ち混じりに蒸気の霧を散らすルーゼンビフォアの槍、地下水道はイミナの水流と蒸気の熱により壁や床に塗れていた煤や汚れを洗い流し、汚水の薫りは消え失せ、清潔感すら漂って。
「私が知る貴方ではもう無いというのは、言葉にして認めましょうイミト・デュラニウス」
霧向こうにルーゼンビフォアが贈る声も、霧を動かし——隠している話し相手の姿を徐々に露にしていくのである。
だが——、
「そりゃ、毎夜毎晩……暇潰しに体のアチコチを改造されてるからな……それで? それが解かった所でどうするつもりだ?」
そんな悠長に霧が晴れるのを待つのを憚り、イミトも槍を振ってルーゼンビフォアの顔に小首を傾げた。日頃の愚痴を聞いてもらいながら、始まってしまった戦いを止める為の交渉の余地に、皮肉な笑みを浮かべた彼は尋ねる。
すると、ルーゼンビフォアは背後に居る二人の仲間とも呼べないような仲間の様子に僅かに振り返り、掛けている眼鏡の位置を整えて。
「……幾つか方策が無いわけではありませんが、クレア・デュラニウスが近づいてきている現状——二人が揃った状態のあなた達が相手では無駄な足搔きにしかなりませんね」
「先ほどは少々と冷静さを欠きましたが、今回はアナタ方の戦力を把握できた事を収穫とする事にします」
閉じた眼は理性の扉、語る言葉は終戦の調。敗軍の将として潔く、撤退を決意するルーゼンビフォア。傍らに槍を抱えつつ、神の采配を振るう。
「……そいつぁ、有難いね。正直にビビりましたからお帰りになりますわ、とか言ってくれたら尚の事、有り難いんだが」
それを聞き、イミトは肩の力を抜いて槍をブラリと腕と共にぶら下げて。
疲労の吐息を吐きながら、辟易と争いを憂いて倦怠感で凝った首の骨を鳴らした。
「しかし次は今回のような傲慢な振る舞いはさせません。覚えておきなさい」
「はは、俺達がいつ傲慢な振る舞いをしたって言うんだ?」
「——私たちが来るのを読んでいたアナタが、ここに一人で残っていた事そのものが、傲慢である証でしょう。クレア・デュラニウスの接近が策の内にあったとはいえ、間に合うかも分からない現状で私たちを容易く御せると……そう思った事がアナタの傲慢」
「ああ。違う違う、そうじゃないそうじゃない」
けれども、そこから交わした会話に対し、イミトは笑わずには居られなかった。
全くの見当違い——ルーゼンビフォアの人物評価は的外れだと、論争の構え。




