地下に潜む怪物。2/5
「逃げる気ですか、それとも次の罠を——【槍神焔‼】」
「ふんぬっ‼ 【肉弾岩‼】」
「兄さぁぁぁぁぁん——‼」
距離を置かれた間合い、多対一の強みを活かすべく——そして奇策を弄してくるイミトに何も行動を起こさせない為にも追撃は放たれる。
空を突く槍の突き出しで放出される炎の槍、床下から土を吸い出したような動作から太い岩石の腕を分離発射する拳の岩石群、唸りながら蛇行する水流。
それらが全て——、一斉に距離を取ったイミトへと詰め寄った。
「……逃げねぇっての、三対一の立ち回りだろうがっ‼」
「おらよ‼」
対するイミトは、それらの攻撃を刮目しながら視界に収め、不敵な笑みを浮かべてルーゼンビフォアの憶測を否定して、手に持っていた槍を槍投げの要領でルーゼンビフォアへとヤケクソ気味に投げつけた。
「武器を捨て——た⁉」
「チート使って、ゴメンナサイってな‼」
そして槍とルーゼンビフォアらの魔法攻撃がすれ違う中で、両掌に魔力の黒い渦を灯し、盛大に音を打ち鳴らす合掌。
「【貧民圧殺・保証人‼】」
合掌によって弾けた魔力を散らしながら、創り出す一本の黒い棒——されどそれは只の棒に非ず。
棒の真ん中を両手で握るや、棒の両端から最初の貧民圧殺よりは小さいものの黒い鉄球が創り出され、イミトは右足を軸に真横に回転し始めて。
そこから振り回した鉄球付きの棒を駆使して、押し寄せてくる攻撃魔法を散らし防いでいくのである。
「アーティーの仇‼」
そんな攻防の中、今度は見事に地中より背後に現れたバルドッサ。イミトは彼の名を知らぬが、敬虔な宗教服を着ていた事から、今回の和平調印式を妨害しようとした首謀者レザリクス・バーディガルの一派である事を理解しており、
「いや、殺してないっての」
瞬時にスライムの半人半魔アーティー・ブランドの仲間だと悟った上で、言いがかりも甚だしい身に覚えのない罪を否認しながら鉄球の付いた棒を体ごと捻って動かし、痛烈な一撃によって殴り飛ばす。
「ぐ、ぐおおお‼」
「すぅ……剛腕旋風・地割波‼」
そして——、そのまま息を吸いながらの乱回転の勢い、遠心力。更に自信の両腕が出せる全霊の膂力を用いて地下水道の床に、これまで以上の威勢で黒い鉄球を叩きつけて、爆発の如き威力の破壊を世に放つ。
「「「——⁉」」」
そうして驚愕する三人の敵を尻目に、更に彼は——
「【デス・ゾーン‼】」
浮遊した床の瓦礫に時を魔力で抑え込み——
「【オラオラオラオラオラオラオラァ、オラオラオラオラオラァ‼】」
「——……時は動き出す。なんつってな」
一気呵成に次から次と猛烈な暴風と踊るように両端に鉄球が付く棒を壊れるまで振り回し、瓦礫の向かうべき方向と勢いを変えさせる。
「くっ、瓦礫の礫を——‼」
それはまるで——射程距離の伸びた散弾銃のようだった。
しかしながら、この世界の強者にとって、その礫の速度は難儀ではあるが捌き切れない速度では無い。
体を岩のように硬質化させて礫を防ぐバルドッサは別として、イミナは水に満たされた結界内で礫の勢いを殺しつつ刀で弾き、ルーゼンビフォアといえば何のことは無く槍一本の身で場を凌いでいく。
「三対一なんだから言い訳が効かないぞ。頑張れ頑張れ、はは‼」
そんな光景に際し、見物しながらの物見遊山で移動していく礫を放った張本人は、新たに作り出した槍を肩に担ぎながら笑い声を上げた。
「あああぁぁぁぁぁぁぁ‼」
「——良いね。ちゃんと殺しに来てる」
「……‼」
だが、いち早く礫の処理を終えて襲い掛かってきたイミナの刃を受け止めて、彼が浮かべた微笑ましく昔を懐かしむような笑みには僅かな真剣みもあった。
ギリギリと槍の柄と刀の刃が交錯し——
「あ、言い忘れてたが、あの母親——お前が死んだ後に病院に入院して暫くしたら飛び降り自殺したぞ。お前、死んでたから知らなかったろ」
「——‼ あんな奴の話は……しないでよ‼」
その最中に世間話を交わすように始まり、交わされる会話。仮面越しに表情の見えないイミナは、イミトが放つ言動を嫌い、刀を荒ぶらせて今一度と槍へ乱暴に打ち付け、距離を取る。
「やっぱり親子だな、死に方も生き方もそっくりだ」
「っっ……ああああああああ‼」
そこに追い討ちの如く、放たれるイミトの冷酷な言が——イミナの怒りを最高潮に達しさせ、カトレアの時と同様に彼女の感情を爆発させて彼女が操る水を噴き出させ始めた。
「生まれ変わってまで、お前らの介護はゴメンなんだよ‼」
されどイミトは冷静沈着に驚く事も無く、襲い来る水流の触手を前後左右斜め跳びで、妹の癖や行動、心を読んでいるかのように的確に判断して躱していく。
「優しくしてりゃ、何処までも甘えてきやがって——ちっとも前を向きやしやがらねぇ」
「ちょっと突き放したら冷血人間扱いで。うんざりする」
それは——挑発的な言動か、今まで溜まった鬱憤か。追撃を躱し、移動しながらの愚痴の如き呟きは確かにイミナへと届き、仮面の裏の下唇を噛みしめさせる。
「どうせ、都合が悪くなったらまた自殺をちらつかせて甘えるんだろ、テメぇ。信用がねぇんだ、信用が」
やがて振り抜く槍の風圧で心乱れた渾身の水流が吹き飛ばされた頃合い、
「あ……あああああ‼」
感極まったイミナは泣き出しそうな己を抑えた激情の叫びを解き放ち、次の激動を予感させつつも身を焦がすように動きを止めた。




