塵に燃えゆく。1/5
真っ暗な穴蔵は、炭の色をしていた。
「……成功は一応したみたいだな。運が良くて助かる……技の名前はバックドラフトの方が良かったかもな。あんまり詳しくないからな、どっちがどっちだか……」
暗幕が降ろされたような闇の中、ポツリと灯る下水道の地下通路から拝借してきたのだろう白い光を放つ加工された様子の魔石を地に放り投げて辺りを照らしたイミト。
呟けた独り言は、賭けに勝った者の褒美であろうか。
因みに語らえば、現在進行形でイミトが引き起こした火災現象はバックドラフト現象と呼ばれる物の方が概念としては近く、スライムのアーティー・ブランドが地下空洞の空気を独占し、空気の濃度を薄くしていなければ置きなかった事象と思われる。
「——……君に指示されるままだったが、向こう側は今どうなっているんだ?」
そんな事象が引き起こした熱と勢いを僅かな隙間から感じつつ、完全防熱と言ってもいい魔力で創られた黒い壁にもたれ掛かるイミトへ、現在の状況を尋ねたのは先に穴に入り横穴に飛び込んでいた聖騎士アディ・クライドだった。
「まだ流れ込んでる空気が燃えている所だと思うが、一瞬で燃え広がってるだろうから凄い熱でスライムの水分が爆散、蒸発して、アイツが体の中に溜め込んでた可燃性ガスやらも燃え始めている事を願いたいな」
彼に自分たちが企てていた策略と結果の仮定を端的に伝えるイミト。捲っていた腕の袖を再び捲り直して整えながら、疲労を感じて横穴の天井に息を吐く。
だが、疲れたからと休んでいる暇もなく、
「それより、アディ・クライド。お前は直ぐにレザリクス・バーティガルの所に迎ってくれ」
「……大丈夫なのか。召喚魔法は、かなりの魔力を使うと聞いているが」
イミトは息を吐いたのも束の間、アディ・クライドに顔を向け、彼に彼がやるべき事を伝える。
「俺の事は気にしなくていい。気になってるんだろ、万が一のことがあれば和平調印にも影響が出る……早く行け」
イミトの隠している疲労を感じ取り、薄暗闇の中で顔色を窺ってくるアディを面倒げに軽く手を振り退けて、背後の壁向こうの様子に向けた耳を澄ませる。
「……了解した。では、この場は頼む」
確かに、魔力を使い切ったようなイミトの様子は心配ではあった。しかしながらと優先すべきものは何かと考えた時、アディ・クライドはイミトを置いて立ち上がらなければならない。
何も真相を知らぬアディの視点から見ればアーティー・ブランドが漏らした不吉な情報と、ここまで影ながら和平調印を成功させるために立ち回ってきたイミトの意志と覚悟は信頼を置くに足るもので。
彼は立ち上がり、痛い程に真っ直ぐな瞳でイミトを見つめ頷くのである。
「おう。セティスに会ったら、アイツも城に連れてってやってくれ。クジャリアース王子の呪いの方も早めに解かなきゃマズいからな」
「ああ——任された‼」
そして恐らくはツアレスト王国か、リオネス聖教の聖騎士としての敬礼であろう胸に手を当てる仕草をイミトに掲げ、彼は振り返り様に横穴の外へと通じる道へ雷閃を先走らせて凄まじい勢いで去っていって。
その時、互いの顔には笑みが浮かび——やがて訪れる再会を確信しているようであった。
「——……さぁて、蒸し焼きは、蓋を取るタイミングが命ってな」
『イミト。そっちは無事?』
やがて独り闇の穴の中に残り、肩の力を抜いたイミトだが、アディが去ったと思った矢先、傍らに握っていた魔通石が赤い光を灯し、横穴に静かに響き渡るはセティスの淡白な声。
「ああ、セティスか。そっちも無事みたいだな……俺のスライムの位置からすると穴と地下水道の合流地点だろ。お前は手筈通り、クジャリアース王子の呪い解除に向かってくれ。アディ・クライドも向かわせた」
事前に打ち合わせていた幾つも想定を覚えている事を前提とした会話。セティスに貼り付けていたイミトの魔力を用いて作られたスライムとの感覚共有で大まかなセティスの位置を悟るイミトは、次なる指示を彼女に送った。
『——了解。イミトは?』
けれど、ここから先はセティスも聞かされていない領分なのだろう。彼の名を呼ぶだけの疑問には様々な問いが織り交ざっている様子で。
故にイミトは少し考えた。何を如何に伝えればよいか。
そして伝えた結果——、セティスがどう動くかまでを。
「……あのスライムがどうなったか調べてから戻る。たぶん死んで無いだろうからな」
やがて至った結論、これからの行動の上澄みと嘘ではない目的を告げるだけに留め、白々しく面倒げに息を吐く。
『——結構な爆発だったと思うけど。他に仕掛けてた音波魔法はどうする? 解除?』
そこからのセティスの言葉の返しは、どうせ何かを隠しているのだろうと彼の性格を踏まえたような響きを持つ抑揚と言葉の間合い。そして何より問い詰めても、はぐらかされて誤魔化されてしまうのだろうという諦めに近い溜息も現れていて。
「頼む。手間を掛けさせたな、実験してた甲斐もあった」
イミトもそれを感じた上で、世話を掛けると自嘲したのであろう。
『もし手に入りそうなら本物の方のサンプルも宜しく。次は一人で倒すから』
「了解、そのつもりだ。クジャリアース王子の方は宜しく頼む。一応そっちに他のスライムが向かってる可能性もあるから油断はするなよ」
『それは無い。既に結界で通路は遮断しているし、魔力感知も正常——通信終わる』
そこからは意思疎通を終えたように手早く話が進み、魔通石を赤く染めていた光が消失し始め、横穴に淡く光る白の光源一つの薄暗闇は静寂を取り戻す。
やがて疲労を後頭部から背後の黒壁に預けたイミトは、ホッと息を吐き様々な事柄に想いを馳せる雰囲気を醸し出した。
「——んじゃあ、まぁ……魔力の補充してから、行きますか」
そして腰裏の小さな鞄から握り締めて出した魔石の欠片を歯で噛み、失われた魔力を補う行動に慣れた様子で一息入れる旅情。
気怠く力の抜けたひと時は、
これからも続く激動に向かう為の助走でもあるようだった。




