稲妻の如く、そして——。5/5
「——……後半、良く分からない表現はあったが、概ねは理解した。君も中々のロマンチストじゃないか」
「つまり、笑顔を待つのではなく笑顔にさせろと、君はそう言いたいのだな」
風来の如く踊る槍使いに、負けてなるものかと触発されて激しい雷閃を輝かせ始める聖なる騎士。改めて構えた剣にもまた、激しい稲光を帯び始める。
「世の中、いつ死んじまうか分からないって話さ‼」
「ふふ、参考に出来る機会があれば参考にさせてもらおうっ‼」
楽しげな二人の男——
「っ‼ いい加減に——しておけぇぇ‼」
もはや最高潮に達した二人の強者の風格に、アーティー・ブランドの怒りの感情などは恐れる必要もない些末な物に成り果てて。
稲妻の如く、そして疾風の如く阿吽の呼吸で立ち回り始めた嵐の如き二人には、全方向から襲い来るスライムの津波も容易に貫かれる薄壁に等しい。
——圧倒、その二文字。
だが——、その最高潮の最中にも、決して男は油断をしない。
「そうだな……アディ・クライド。これ、付けといてくれ」
「——……これは?」
或いは最早、慈悲も無いと言っても過言では無いのだろう。
「耳栓。空気も薄くなってきたし、アイツは味覚も嗅覚も視覚も無いからな、皆様が大好きな燃えるようなフェアな戦いに集中できるように——俺達もお互いの声が聞こえないようにしようぜ」
スライムの巨躯に二人掛かりで巨大な風穴を空けた直後に放られて手渡された、二つの小さな耳用の黒い栓。その使い道を示唆するイミトの仕草は、どうやら耳栓自体についてではなく槍先で指し示した方向に意味があるのだろう。
「……——なるほど、理解した」
「先に行ってくれ」
槍先の示す場所には——地下水道の更なる地下に繋がる大きな穴。
アディは直ぐ様に、その指示の概要を理解して耳栓を二つ——耳へと押し込む。
そして速きこと稲妻の如く、彼は雷鳴を轟かせて穴へと向かい、穴を封鎖していた薄いスライムの膜を切り裂き、再び地下水道に風を流し入れ、穴の中へと飛び込んだ。
「——まさか、貴様ら‼」
そこで気付いたのかもしれない。それともイミトが懐から取り出した赤い色で点灯する魔通石の光を見てか、彼らが何をしようとしているのかを。
「てなわけで、十二分には少し早いが準備は出来てるかセティス」
『遅い。十二秒くらい【鳴らす】って意味だったんだけど——始める』
アーティー・ブランドは心なしか青ざめ、酷く慌てた。慌てて、イミトから魔通石を奪い取ろうと手を伸ばす。
だが——時は既に遅く、全ての事の用意は済んでいる。
「「「「——‼ ぐおおおおお‼ コントロールが‼」」」」
唐突にと表現するには彼らにとって唐突では無い以上、唐突では無いが、唐突に大音量で地下空洞に鳴り響き始めた奇怪で不快な金切り音。
それが鳴り響くと同時に音の周波に合わせるようにスライムの身体が震えだし、制御を失ったかのように形を乱しアーティー・ブランドが悶え始める。
全ては——彼の掌の上。
そして——新たな玩具も、彼の掌の上に登場した。
『——さてさて、世界を壊したいかよ野郎ども。火種を灯せ、後は俺が燃やしてやるさ』
誰かに語り掛けるような独り言を呟きつつ、手に持った虹色の魔石に魔力を流し込んで輝かせるイミトは、魔石の光が強く世界に放たれると同時に地下水道の天井めがけて手榴弾のようにそれを放り投げ、穴に向かって飛び出した。
「【顕現召喚・炸裂火蜥蜴‼】」
「「「ブシャアアアアアアアアアァァ‼」」」
生まれいずるか、解き放たれて、現れたるは三匹の、岩のような肌質を持つ炎のトカゲ。彼らはそれぞれに封じられていた怒りを発散するように炎を吐き、爆発する鱗を世界へと撒き散らすのである。
「真空に近い酸素の薄い地下の中——穴が開けば、空気は中に一気に流れ込む。火種は上々、不完全燃焼していた熱は、一気に流れ込んできた空気の中の酸素と化学変化を起こし爆発的な炎を産む」
「セティス‼ 頼んだぞ‼」
穴に落下する最中に叫ぶ種明かし。
激しく不快な金切り音のなかで、その叫びが伝わったかは分からない。
『鶴羽織』
しかし確実に、数発の銃声が世界の音に混じった事に間違いは無く。
「イミト——デュラニウスぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅう‼」
懸命に、自分を徹底して窮地に追い込む男の名を恨み呪うように呼びつけて追い掛けるアーティー・ブランド。
——だが前述の通り時はすでに遅く、全ての事の用意は済んでいる。
「——……判決は事故死だ。火の取り扱いには御注意を」
自分も皮肉めいた笑みを溢したイミト達が逃げ出した穴に飛び込もうとしたアーティーだったが、穴の中にあったのは穴の闇に似た黒い壁。それが隙間なく、穴を塞いで。
「【フラッシュオーバー・フェノーメノン‼】」
それは——稲妻の如く、そして爆発の如く、一瞬にして全てを燃やすのである。




