稲妻の如く、そして——。4/5
だがしかし、その前にアディには一つだけ懸念している事があった。
「それで——……実際問題、これからどうする。雷撃に対応されて決め手に欠けるが」
前方後方と見境なく迫ってくるスライムの触手を処理しながら同じく、前進を阻害されているイミトの隙を見て世間話の如く呟いた言葉。
無限に再生し、修復して襲い掛かってきているように見えるスライムの人型の首を取った所で、敵が絶命するとも思えない。
そして、イミトという策士めいた男が、何の手立ても無くこちら側が先にジリ貧になるような状況に甘んじているとも思えず、何かしらの策があるだろうかと疑問に思っていた。
「問題ねぇよ。好きな女の話でもして時間を潰しとけば増援も来るし、別に俺達が倒さなくても支障は無い。そんな焦らなくても良いっての」
けれど、思い切って敵を前にして尋ねたその問いに、返ってきた答えは期待外れの物だった。
「舐めるなと——言っている‼」
それどころか、また更に怒りに火をくべる言動によって勢いを増すアーティー・ブランドの攻撃。加速度的に触手の数が増加する猛攻に離れて動いていたイミトとアディの二人は徐々《じょじょ》に、徐々《じょじょ》にと一か所に集められて背中合わせの状況にまで陥って。
「……出入り口を抑えられた。また空気を奪われて先ほどの君の仲間のように窮地になるが、それでも落ち着いて居られるのか?」
しかしながら、アディはまだイミトに期待をしている。空気が薄くなっていく感覚の中で頬に焦りの冷や汗を流しつつも、その強気な表情の微笑は健在。
対するイミトもまた——、
「聖騎士ってのはモテそうだよな。特に、アディ・クライドって言えば女の子たちに持て囃されそうだ」
心内にある余裕は崩さない。
それは明確な根拠ある傲慢か、或いは自棄になった蛮勇か。
「……まったく、君という男は。でもそうだな……恥ずかしながら、幾人かの女性に君が言うような声色を使われることは少なくない」
答えは明白——前者であろう。戦士の勘がイミトという人物の底知れない【何か】を語り掛ける——そんな面持ち。アディ・クライドは肩の力を抜き、スゥッと諦めの息を吐きながら精神を統一するが如く瞼を閉じる。
「少なくないって表現が遠回りで嫌味たらしくて素敵な事で。お前、女にモテない気持ち悪い男から嫌われるタイプだろ」
「君にも好かれてないようだ。少し残念に思えるよ」
そしてイミトの返事を耳で聞き、肌で動きと気配を感じ取って刮目したアディの眼には、もはや迷いはない。揺るがぬ剣筋でスライムの触手を切り裂き、己の剣術の鋭さの全開を常に更新しながらもイミトの話に彼は最期まで付き合う事を覚悟したのである。
「はは——そりゃ、俺も女にモテない男だろって言ってんのかよ、最高だな、おい」
その意気に呼応するようにイミトも槍の矛先を円や弧にと踊らせて、ゴキゲンな様子でアディの放った皮肉に彼なりに最大の賛辞を送った。
「先程からの口振り、君をモテる男というには——些か良心が痛みそうでね‼」
「俺に惚れる女は頭がオカシイって言いたくなるからか‼ 正解だよ‼」
「理解が早いな、ははは‼ 君とは良い友人になれそうだ」
「くそったれな事に、そいつぁ無理な話だろ‼」
「こ、こいつら……‼」
徐々に——徐々に、勢いを増していくのはコチラも同じ。むしろ僅かに勢いを膨らませる具合はイミトとアディが上回り始め、スライムの修復再生が彼らの無双攻撃に追い付けなくなっていくのである。
「しかし、お互い……幾ら女性に声を掛けられようと、心に決めた女性に望まれなければ意味は無いだろう」
「かっ、ロマンチストかよ。初恋を運命の相手と勘違いする類の人間か? 執念深い束縛暴力男にならない事を願うばかりだな」
弾け飛んでいくスライムの破片、水飛沫。水場で戯れる剣士と槍使いの舞踊は、僅かな光源に照らされた地下水道の仄暗い闇の中にあっても煌きを放つ。
しかしながら一転、敵を圧倒しつつも、ふとアディ・クライドの表情が曇りゆく。
「——……私は、私はあの人に笑っていて欲しいだけなんだ。ただ、それだけで……他に何も求めていない……あの人を笑顔に出来るなら、私に出来る事は全て捧げたいと思ってる」
「……」
今は遠くの想い人についての寂しげな憂いを帯びる瞳でアディが放った言葉に、神妙な面持ちでイミトは横目を動かした。
そして彼は彼が口にすべきではない、その名を口にする。
「——鎧聖女。メイティクス・バーティガル、か」
「——なっ⁉」
アディ・クライドは実に驚いた事だろう。突如としてイミトの口から飛び出た名前に、スライムを切り裂きつつ、耳を疑った様子で首を音のした方へ振り返らせたのだから。
「……これも何かの巡り合わせだ。一つ、アドバイスしてやるよ、アディ・クライド」
作業中に思わず立ち止まってしまったアディの埋め合わせをするように、動きの激しさを増させたイミト。彼は少し考えた後に、自嘲するように嗤い——無神経に言葉を紡ぎ始める。
「クソみたいな綺麗事を垂れ流してないで——ちゃんと、相手を求めてやれ。別に奪うとかそんなんじゃねぇ……キスがしたいとか、セックスがしたいとか、ちゃんと言ってやれ」
「わわわ、私は別に、そのような不純な気持ちでは——」
聞く者次第で、その紡がれゆく言葉は毒にも薬にもなるのだろう。或いは負債であったり、重荷であったりと悪しき結果をもたらす言葉なのかもしれない。
実際、それを聞いたアディは剣の筋を揺らがせ、頬を赤く染めて動揺の色合いを見せる。しかしながら威風堂々《いふうどうどう》、イミトは風を踊らせ続ける。
「何が不純だ馬鹿野郎。一緒に街に買い物に行きたいとか、セックスがしたいとか、一緒にお弁当持ってピクニックに行きたいとか、セックスがしたいとか、色んな景色や世界の中で一緒に生きていきたい、子供を作って家族になりたいと思う事の何が不純だ」
アディ・クライドの分まで槍をスライムに突き刺し、振り回し、武器が巻き起こす風圧で大量のスライムを飛び散らさせて言葉も吐き続けるのである。
毒かも知れぬと知っていて尚、悪辣に無作法に、無秩序に、無責任に。
「——惚れちまってるから、そうしたいんだろうが‼」
「……」
「求めてばっかのクソ共が、求めて与えての物々交換で考えやがって——‼」
「人の心や感情が、切り売り量って、グラム売りでもしてるとでも思ってんのか‼」
疾風怒涛と巻き起こる風は、彼の荒ぶる心の底からの感情を周囲に撒き散らし、次々に地下水道の内壁にスライムを叩きつけ、飛び散らせていく。
「丸々一個、魂も人生も丸ごと大人買いで買い取りやがれ、馬鹿野郎‼」
「涎を垂らしながら鮮度が落ちるのを待って値下がりなんかを狙ってんじゃねぇよったら」
魔力を纏うイミトの黒槍は、まさに自由な旋風の如く回り続け、瞳孔を開いている彼の視界の全てを騒めかせる。故にアディ・クライドは吹き飛ばされてしまわぬように剣の柄を強く、より強く握り直して。




