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怒れる兎と泣く女。4/4


——始めのそれは剣で貫かれたうめき声だと思ったのだ。



「う……うひゃ、あはははははは‼」


しかし突然と剣で脇腹を貫かれて尚、別人かと見紛みまごう程の甲高い声で笑い出すイミナ。



「——なに⁉」


確かな手応えを感じていたカトレアを驚かせ、開かれている瞳孔どうこうを尻目に彼女の両刃の剣を素手で掴み、笑みを浮かべながら白目で空を見上げる。


「ああ……泣かないで、痛くない、痛くないからね。だからそんなに泣かないでぇぇぇぇぇえ‼」


そしてイミナは、カトレアでは無い【()()】に話し掛け、狂人ぶりを殊更に明らかにして。


「下がるピョン、カトレア‼」


 「くっ——⁉」


異質に変化していくイミナの魔力とその振る舞いに、肌をむしうような悪寒おかんを走らせ、咄嗟に剣を手放したカトレア。すると、その反動で突き刺していた剣がイミナの脇腹から抜ける。


「あひっ‼ 血がドバドバ、ドバドバ……でも痛くない。痛くないよぉー」


剣が抜けた事によってビクリと痙攣けいれんするイミナの体、しかし既にふたの役割を担っていた剣がもたらした傷跡からは、剣と共に大量の血飛沫が噴き出し、その後も脈打つ度に血液が漏れ出ていく。



それでも彼女は、まるで他人事の如く——



「うひひ……涙が出るねぇ……出ちゃうねぇ……」


——わらうのである。



 「——イカレてるピョンね」


「人間……いや、バンシーか……」



その様を見て、直観する二人——彼女であり彼女では無い存在。



——バンシー。人々の魂を連れ去る、災厄の魔物。


「あひひ……あああ。眼球ががぁ——うひ。涙で破れちゃったぁ……」


泣き女という呼称が相応しく、されど矛盾するように不気味に嗤いながら、体のあちこちから血を流し始めるイミナ・バンシー。極めつけにかしげていた首の上にあった右目が前触れもなくパンっと破裂し、足下の水浸しの地面を更に赤に染め上げていく。



「うえ……何してんだピョン、あれ」


 「あの血は、危険そうだな……まずは剣を取り戻さねば」


さしずめ血の池、或いは地獄の入り口か。カトレアの剣が浮かぶ血の表面から、重力を無視して次々に浮きあがる赤い球体。先ほどのエメラルドグリーンの魔力とは異質な禍々《まがまが》しさを感じさせる風体。



「……コレを使うピョン。氷の剣」


そんな気味の悪い姿と成り果てたイミナから目をそむけようとする心を抑え、ユカリは左手に氷の刃を創り出し地面へと突き刺す。色合いは薄青い半透明、しかしその剣はカトレアの剣を瓜二つに複製した出来栄え。



「氷の剣か。頼もしい——……?」


 「その前に——もう少し体を貸すピョンよ」


更にユカリは、氷の剣を右手で取ろうとしたカトレアを抑え、次なる行動に打って出る。彼女の利き手であろう左手に、またも形作られる武器。



「氷の弓……なるほど、そういう力も持っているのか」


それは弓。つるこそ無いが、ユカリがかもしだした真剣な気配に騎士であるカトレアは呼応し、体を半身——後ろにらす。



「すぅ……懐かしい感覚ピョン。【氷弓道アイス・ア・ロード‼】」


流麗りゅうれいな白い息を吐きながらの弓道をく者の構え。

そこから放たれる一本の矢の速度は、一閃いっせん



撃った反動で後方に風圧が及ぶ程の威力。


カトレアの前髪が風に揺れる刹那の間に、矢はイミナの下へと到達した。


しかし、


「——……あ?」


イミナのひたいを狙った一撃は右へとれて、とある境界から矢がまとう冷気で凍らせたような細長い氷結の様相。よくよく見れば、赤い血の池のいろどりに隠れ、透明に近い薄緑の水槽すいそうがイミナを中心にドーム状に構築されている事が解かる。



砕けた矢の軌道を形作って氷は砕け、泡を噴き出し溶けながら落ちていく。水槽すいそうの内に浮かぶ赤い小さな球体たちの姿も相まって、その光景はまるでにごったスノードームのようだった。


「——かなり濃度の高い水の魔素で矢の軌道をらされたピョンね。別に()()()にぶって外したわけじゃないピョンよ」


 「……なるほど。アレを私に伝える為に矢を打ったのか、しかし厄介だな」


交互に述べる考察、語る言語は違えどおおよその結論は同じ。


「近づけそうにない。どうしたものか」


砕けて消えた矢の代わりにと、ようやく手にするユカリが作った氷の剣。



「い、い、いいいいい、いやァァァァァァァぁぁぁぁ‼」


今まで矢を撃たれた事に驚き、茫然としていたイミナ・バンシーが動き出し、ヒステリックな叫び声をあげれば、彼女はユカリの攻撃を防いだ巨大な薄緑色の液体や流れ出ていたはずの液体と共に動き出し、カトレア達を再び歯牙に掛けようとし始める。


「——……余力があれば他の加勢にと思っていたが、これはどうやら逆になってしまいそうです‼」


 それどころか、イミナを覆う水槽すいそうから飛び出す縦横無尽な水の流弾。効果的な策が尽きて、或いは思い浮かばずに、一転して回避に集中するカトレア達。


「ユカリ‼ 移動と回避は私がします、アナタは攻撃を‼」


 「この指……ああ、遠距離で時間を稼ぐピョンね。了解ピョン」



「まったく……面倒な体に埋め込まれたもんだピョンね‼」



ユカリはカトレアが左手で作ったハンドサインの意味を悟り、とめどなく襲い掛かってくる水流やイミナと一定の距離を保ちながらカトレアが林の中を駆け始める最中に、不満などの悪態混じりに人差し指と中指を揃えて氷の魔力をたぎらせる。



「まぁ……さっきの朝ご飯は少し美味しかったから、今日は多めに見るピョン」


 「に、に、逃がすかあひゃひゃひゃひゃひゃ‼」



「【氷柱楽々《つらら、らら》‼】」

「ららららららららららららら‼」



「あひゃひゃ‼」


しかし、幾ら氷の氷柱や冷気を撃ち込もうと、氷は直ぐに溶けてしまったり軌道を逸らされてイミナには当たらない。徐々にちぢまり詰められていくイミナとカトレア達の距離。



「……無駄無駄ピョンね。てゆうか、逃げ足なら私の方が早いピョン」


故に彼女はキリがないと、ようやく一つのアイデアを思いつき、カトレアの許諾きょだくも取らず合図も無く実行に移すのだ。


それは、


「——足下に氷が⁉ おい、ユカ——リ⁉」


氷、氷、氷。氷の魔法や魔力を右往左往と最大限に放出し、周囲一帯を氷漬けにするユカリ。事前に何も聞かされていないカトレアは、急いで走っていたこともあって氷に足をすべらせて前のめりに倒れけてしまうのだ。


ぅ……受け身くらい取れピョン。鼻血でた」


だが、それも想定の内だったのだろうか。恐らく語られる時は来ないだろう。

少なくとも氷の上に起き上がるカトレアの身体を動かしていたのはユカリ・ササナミであった事だけは確かである。


「——死んでしまえぇぇぇぇぇえ‼」


 「ユカリ‼ 早く回避を‼」


寸前に迫るイミナ。万策尽かしてなるものかとユカリを急かすカトレア。

そんな二人の巨声に——ユカリ・ササナミは——


「【氷結大地スケート・リンク‼】」


静かに技の名前を語らしめた。


同時に——氷の林を縦横無尽に滑り出したユカリ。すんでの所でイミナの水流弾を交わし、四足獣の如く四つん這いの体勢で林の木々を避けながら隠れひそむように駆けてもく。



「おおっ⁉ 流石はハイリ・クプ・ラピニカ‼ しかし、この体勢はいささか……——」


「黙ってるピョン、舌を噛んだら私も痛いピョンよ‼」


風すらも追い越し、切り裂いていく速度に驚くカトレアではあるが、騎士としてはあるまじきひざを屈する四つん這いという格好に思う所は有るようで、ほんのわずかに頬が薄赤に染まっている。


一方、

「くっ——‼ 逃げてばっかいないでよ‼」


同じく、すんでの所でカトレア達を取り逃がしたイミナもまた彼女らを猛烈な勢いで濁流と共に追い掛け、真っ赤によごれた瞳から更なる赤いしずくを空気中へと散らして。



「うっせぇピョン、メンヘラ女‼ お前の相手なんかしてられないピョン‼」


だが、そんな事などお構いなしに何処かに向けて障害物の多い林の中を止まらずに動き続けるユカリ。その向かう方角は明確で、幾度いくどもイミナの水流にかわす為に方向を転換すれども、最終的にはソチラを向いて一目散に突き進んでいた。



「おい、ユカリ‼ 何処に行く、()()()には——‼」


 そうなれば、いくもちいる言語が違い、言葉が伝わらぬとてカトレアも薄々とユカリが何を考えているのかが解かってくる。故に——カトレア・バーニディッシュは、慌ててユカリに考えを改める事をすすめるのだ。



「ああいう頭のおかしい手に負えない奴の相手は、()()()()頭の奴がすればいいんだピョン‼」



「馬鹿者‼ アレは我々が任された敵だぞ‼ お前には意地や誇りが無いのか‼」


「なんとなく言ってる事は分かるピョンが、そんな事は知った事かピョン‼」



「命を大事に、脱兎のごとく、逃げるが勝ち——ピョン……」



 しかし最早、時は遅く——互いに理解出来ぬはずの言語で言い争う視界の先に林を抜けた草原の景色。そう、そこはクレア達が戦闘を行っているだろう渦中かちゅう。カトレア達は本意か不本意か、暴走していると思われるバンシーとイミナを引き連れて、彼女らの下へ合流を遂げるのである。



だが——、逃げ出す者には、それ相応の新たな試練や問題が訪れるのも世の道理。



「——……あ、ソッチも結構なピョンチな状況みたいピョンね」


林を抜けたおびただしい()()あふれる先で、彼女らが見たものは——


草原に存在している()()()の太陽。



「【神罰ゴッデス業炎バスティーバ……】」


そして、

「あひゃひゃ‼ 追いついたぁー‼」



前方に太陽、後方に迫りくる血の池地獄。


既に創り出してしまっていた氷上をすべり進みながら、ユカリは選択にも迫られて。



「……こりゃ、いっその事——当たって砕けろ、ピョン‼」


 「ユカリ‼ 貴様、まさか‼」



「おりゃああああああ、女は度胸と愛嬌ピョン‼」



「「「「——⁉」」」」



こうして優しくない世に怒り挑んだ一匹の兎は、決死の覚悟で大量の水に追われながら偽物の太陽へと喧嘩を吹っ掛けるのであった。


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