怒れる兎と泣く女。2/4
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彼女達は三対三であった。故に、クレア達が戦う林と平原の中間地点から少し場所を離し、時を同じくして二人の人間が今まさに鎬を削っている。
響き渡る金属同士の衝突音の連続。剣と刀——金切り声の嘶きが、これまでの戦いの壮絶さを物語って。
「中々、剣の腕には覚えがあるようだ……流石はイミト殿の兄妹と言った所か。素人の粗さも目立つが、反応と筋が良い……才能という物のようだ」
そこから一、二歩を左右に飛び退き、剣を持つ騎士は右手に持つ剣の踵を翻しつつ、女騎士カトレアは些か皮肉めいて一眼二足三胆四力を充実させて刀を扱う仮面の少女を見据える。
「……なんで? 魂が引き抜けない。ずっと、やっているのに」
一方、水面の波紋の如く透明に空気を波立たせる仮面の少女。少し不満げに声を漏らし、八つ当たりのように刀の刃先で地面に落ちていた木の葉を斬る。
——音がしていた。
「確かに耳障りの悪い音だな、バンシーの鳴き声とは。心を削るようなマンドレイクの根っこの悲鳴とは、また趣きが違う」
蚊の鳴くような音響に耳を澄ましながらカトレアは、仮面の少女が仕掛けていた魔力を用いているのだろう異常についての感想を述べる。
そして、その実——四対三。
「……ウゼぇピョン。おちおち眠っても居られないピョンよ」
カトレアの声色でカトレアが放つ言語では無い言葉で、不快を口にする女が左眼を赤く満たして光らせる。
——ユカリ・ササナミ。
半人半魔——カトレア・バーニディッシュの身に宿らされた兎の魔物の真の名前。
「私の身体と声で、私に分からぬ言葉を話されるのよりは気分が良いな」
「——二つの魂が、お互いの魂を引き合ってバンシーの叫びから正気を守ってるみたい」
そしてその実——四対四。再び剣を構えるカトレアに対し、仮面の少女は何かしらの因果を感じ、仮面を外して黒い瞳と整った顔立ちを露にする。
——イミナ・ソウマ。
イミト・デュラニウスの、かつての妹にして災禍の魔物バンシーを宿す少女である。
対峙する二つの黒い瞳と、碧眼の右眼と赤い光に埋められた魔物の左眼。
この場に存在する二種の半人半魔、三つの色合い。
互いに無意識に、この場では二対二の様相である事を悟ったのかもしれない。
「貴殿は——何故にイミト殿と敵対している。兄妹なのだろう……事情は分からないが、少し話し合ってみるのも良いのではないか?」
「うわっ、たぶんだけど説得してるんだピョンね。兄妹だからとか綺麗事を言ってそうで気色悪いピョン」
だが——同じ顔、同じ声でそれぞれに性格の違う想いを違う言語で放ち、体を半分に分かち合っている様子のカトレアとユカリ。
対して——
「……イミト殿? お兄ちゃん? 説得?」
「キモイ、キモイキモイキモイキモイキモイキモイキモイキモイキモイキモイキモイキモイキモイキモイキキモイキモイキモイキモイキモイキモイキモイキモイキモイキモイキモイキモイキモイキモイキモイキモイキモイキモイキモイキモイキモイキモイキモイキモイ‼」
「——⁉」
カトレアの言葉を受けて、まるで人格が入れ替わったように黒い瞳を赤く染め上げて何かに取り憑かれたが如く怒りに歪んだイミナの顔を見れば、同じ半人半魔とは言え、カトレアやユカリとは全く性質が違うようである。
「うっわぁ……」
荒ぶって周囲の全てに刀を振り回すイミナの様に、嫌悪や倦怠を表情と声で表すユカリ。けれどカトレアは刀の切っ先が遠回りをしながらも自分たちに迫ってきていると気付き、剣を両手で、しかと構えて。
そして——、
「お兄ちゃんは、いっつもそう‼ 自分の事だけしか考えてなくて、自分の都合しか考えてなくて、何でも分かってるような顔して、何でもできるような顔して、格好つけて‼」
「何にも出来ないくせに‼ 何にも変えられないくせに‼」
「……剣に重みが増したか」
イミナの激情に身を任す不規則で乱雑な動きをカトレアの剣が防ぎ、また新たな攻防が再開される。
次々に繰り広げられる剣戟、騎士であるカトレアからすれば子供が癇癪を起こして棒切れを振り回しているような物ではあった。
「変える必要が無いって逃げて‼ 逃げて‼ 逃げてばっかで‼」
「このっ——‼」
だが、隙を見て振られた刀を頭上に弾き、体当たりをぶつけてイミナの体勢を背後に崩そうとした矢先の事、
「——……私の事、助けてくれなかった……助けられなかったくせに……」
「「……——」」
彼女は泣いた。瞳から溢れ出る無色透明の雫。弱き少女の悲痛の叫びとカトレア達の躊躇が、確かにそこにあったのである。
しかし忘れてはならない。
その涙を流す少女の身に宿る恐ろしき魔物であるバンシーが、【泣き女】を呼ばれている事を。




