怒れる兎と泣く女。1/4
場面は変わり、城塞都市ミュールズの外——林と草原の狭間。
ここでもまた、熾烈な戦いが繰り広げられている。
「はっはっは、どうした‼ 神の力とは、その程度か‼」
「くっ——、鬱陶しい‼」
豪気な黒鎧を纏う骸骨騎士の片手のみで放たれる巨大な黒い剣撃に、防いだ槍ごと宙に押し飛ばされるルーゼンビフォア。
眼鏡の裏にある瞳は眉と共に苛立ちで濁り、豪剣が巻き起こす土煙を弾き飛ばされた肢体を回転させつつ、槍で舞うが如く振り払う。
「まだ魔法も使えるであろう。使ってみよ、使える暇があるならなぁ‼」
しかし着地した矢先、クレアの頭部を抱える骸骨騎士の猛烈な突進は間近に迫り、敵の眼球に塩を擦り付けるような挑発的な檄が飛ぶ。
ルーゼンビフォアは、酷く歯を噛んだ。
「……調子に、乗るな半端者のゴミクズが‼」
「槍神焔‼」
そして不本意に後方へと飛び退きながら、槍を持たぬ片手の人差し指と中指を立て紅色焔の魔力を踊らせる。そこから解き放たれた炎は——まさに激情に燃えるルーゼンビフォアの感情の如く。
真っ直ぐに、突進を終えた骸骨騎士へと槍のような形状で、数本の炎の槍が猛烈に突き飛んでいく。
だが、対するクレアと骸骨騎士——、
「剛腕旋風・竜巻‼」
持ち前の剛腕で、魔力を一切と用いずに空間を捻じ伏せるが如く巨大な大剣を団扇代わりに振り抜いて、ルーゼンビフォアの魔法である炎の槍に立ち向かう風を創り、互いに痛み分け、相殺の格好。
「……ふむ。互いに本調子では無いな、折角の戦……力の制限とは——もどかしいものよ」
「本当に——吐き気を催します」
——猛者。互いに猛者。交錯する戦闘によって嵐の只中のように荒ぶる林は葉を散らし、やがて来る静寂は更なる戦いを予感し、怯えているようであった。
そして、頭部しかない彼女は告げる。
「時に……右には気を付けよ」
「……右には何の気配も感じません。気を逸らす小細工だとし——たら⁉」
くだらぬ児戯に対する苛立ちに眼鏡を指で整え直した白髪の彼女を他所に、真実を告げたのであった。
「ああ、すまんすまん。真上に近い右斜め上の事だ」
「——……爆撃⁉ いや、アナタは‼ バルドッサ‼」
唐突に上空から飛来したそれは、石の礫や土煙——落ちたばかりの林の木の葉や枯葉に至るまで凄まじく宙に巻き上がらせて、ルーゼンビフォアを驚かす。
「くっ……くそっ……」
そしてそれは野太い男の声で言葉を漏らし、クレーターのような状態になった地面から起き上がる。その正体は、ルーゼンビフォアが共に戦場へと連れてきた宗教家のような身なりの男。
しかし顔を隠していた白い布が取れた彼の顔の半分は、黄土色のゴツゴツした岩の如き肌質で眼底に赤い光を灯している。
——彼と戦っていた相手は誰だっただろうか。
「すみませんなのですクレア様‼ 邪魔をしてしまいましたですか⁉」
遅ればせながら黒い顔布をたなびかせ、宗教家の男と同じ空から降りてきた純朴な声色の少女こそが、敵の男を地面に叩きつけた少女なのである。
名は、デュエラ・マール・メデュニカ。
「構わぬ。それよりもデュエラ、その顔布は外さぬか……ここに居る者に貴様の石化の呪いが効く者は居らぬだろう」
彼女の特技でもある空中に自在に着地できる魔法を魅せた早々、予期せぬ出来事について詫びるデュエラにクレアは静やかに告げる。
「あ、そうでしたのです。今すぐに外すのですよ」
「それで、どうだ。そっちの敵は」
そしてデュエラが顔を覆っていた布を剥ぎ取り、にこやかな表情を露にするや、その無邪気な顔からは想像もつかない戦いの会話を始めるのである。
「やはりイミト様やクレア様の仰る通り、岩の魔物の力を持ってるようなのです。地面に触れていれば土の魔素を吸って直ぐに回復したり、地面に潜って地中から攻撃したり、動きの邪魔をしてくるのですよ」
「動き自体は単調で遅いのですが、軽く殴っても殆んどダメージは無いみたいで御座います。やはり魔力核に直接攻撃しないと——……」
「あ‼ それから、名前を聞いても教えてくれないのですよ‼ イミト様に怒られてしまうのです‼」
身振り手振りと口振りで喜怒哀楽を満面に表現し、パチクリと瞬きをする少女。頭の中で次々に整理し終わった情報を矢継ぎ早に口にして、少女は最後に不安げな顔を表すべく眉を下げた。
——本当に、戦場には似つかわしくは無い少女。
「……別にイミトは怒りはせん。今後の為に集められる情報を集めて来いと言っておっただけだ。今の能力の情報だけで十分すぎるであろうよ。それに奴の名はバルドッサと言うようだ、ルーゼンビフォアが言葉を漏らしておった」
「バルドッサという名前なのですか⁉ 凄い、流石クレア様なのです‼」
少なくとも戦場で生まれ、多くの戦場を渡り歩いてきた孤高の魔物騎士デュラハンであるクレア・デュラニウスが、これまでに経験してきたあらゆる戦争に彼女のような人間は居なかったのだろう。
そして神妙で芳醇な戦場の空気をぶち壊されて、吐いた溜息もまた——クレアの知らぬものであったのかもしれない。
一方——敵方。
ルーゼンビフォア・アルマーレンは落下の衝撃でクレーター状となった地表の凹みから這い上がる仲間に手を貸さず、侮蔑の眼差しで見下げている。
「——……あんな小娘相手に、ずいぶん手こずっているようですね」
「問題ない——話に聞いていたより出来る相手だが、攻撃は効いていないし俺に捕まらぬ為に常に動き続けている向こうの消耗の方が早いのは明白」
「消耗戦など……私は命じていませんよ。せめてコチラの邪魔になるような動きはしないで頂けると助かるのですが」
前方で歓談の如く、殺意を持った敵を蔑ろに話をしている相手を眼鏡に反射させながら仲間と交わすコチラの会話は剣呑で。
ルーゼンビフォアは再び苛立った心を落ち着かせるべく眼鏡を外し、塵や埃の付いてしまっていたレンズ硝子を綺麗な絹の織物で磨く。
「俺に命令して良いのはレザリクス殿とアーティーだけだ。協力はするが、図に乗るな」
「「……」」
やがて互いの気配で睨み合うような雰囲気を醸し、眼鏡をキチンと駆け直すと、
「ずいぶん仲が良いようだな。お喋りしておる暇があるのか? そろそろミュールズの騎士団どもが半人スライムの襲来に気付き始める頃であろうに」
横入のように向こうでの会話を終えたクレアが話しかけてきて。
その背後には無論、何事も楽しげに過ごす少女が背後で鎧の付いた拳を構えている。
「……全力の魔法で一気に片を付けます。アナタは、あの二人の足止めをなさい」
「——仕方ないか」
相対するは試し振りで尖端に炎を灯しながら空を回転する槍が一本。そして地面に素手の両拳を、底なしの泥に入れるが如く押し込んでいく格好。
前哨戦であった一対一が終わり、戦いは二対二の様相。
「ふん。まぁよい、不安要素はコチラにはあるまいよ。それよりも……アチラはどうなっておるのやら」
その時、クレアは——ほんの僅かに目を伏せて、遠くの憂いに想いを馳せる。




