セティス・メラ・ディナーナ。3/4
「音も通らない結界……瓦礫が堕ちてきても壊れない。これで気兼ねなく話が出来る。アーティー・ブランド」
そしてセティスは、自身を守っていた透明の結界を消し、地面に消えた土竜の弾丸が収まり、散らされていた気を取り戻したアーティーと相対する。
「復讐を果たすか……その選択は助かる。貴様を殺せばクジャリアースは直ぐそこだ」
「……その前に、師匠に変身して見せて。それから、私をあの時——殺さなかった理由も教えて欲しい」
持っていた双銃を一つに戻し、アーティーに物を問いながら腰のベルトに収めるセティス。
「……——」
「出来ないなら、アナタは師匠じゃないし、貴方の能力はイミトの予想の範囲を超えない」
彼女は更に腕輪の装飾から魔法のように狙撃銃を取り出して、自分の問いに黙したアーティーを尻目に動力源の魔石を装填する。
すると、そんなセティスの口振りや立ち振る舞いに物思うアーティー。
「全ては予測済みという事か。レザリクス様の言う通り、我々は奴を侮り過ぎたようだ」
「だが、一つだけ言っておこう。貴様の師マーゼン・クレックの死は当然の帰結だ、我々を——こんな姿の化け物に変え、多くの仲間を実験の犠牲にした‼」
「貴様が私に復讐するように、私も奴に復讐をしただけだ‼」
ドロリとした身なりで人の道理を語り、セティスが尊ぶ者の業をも語る。
「そして我らは全てに復讐を果たす‼ ツアレストを始めとする世界の全てに‼」
御大層に大義名分を宣うアーティー・ブランドは人ならざる半透明の液状の上半身から盛大に両手を広げ、狂気に身を浸しているようにセティスを見下ろした。
「——そんな、どうでもいい答えが返ってくる質問はしていない——……アナタたちの願いは全部、私と一緒に終わるから」
始まる——地下空洞に響く星の胎動に耳を澄まし、セティス・メラ・ディナーナは銃を構える動作。
しかし、その銃の構えはアーティーを戸惑わせる奇妙な物であった。
「……?」
「この弾丸は師匠を守れなかった私への罰。これから先は私が私で居られるか——分からない、から」
狙撃銃の細長い筒の先を己の小さな胸に押し当て、引き金に指を掛ける。銃という概念自体を知らずとも、その風体はまるで——
『裏魔装・鶴羽織』
引かれた引き金、閉じられた眼。
銃声が地下空洞に反響する中で、後方の汚らしい下水道に倒れ込むセティス。
「……自殺? いや……これは——なんだ、何している‼」
戦いを決意した面差しで突如として行われた奇行。
当初、それを目撃したアーティーは驚き、戸惑ったが——ここから彼は更に驚く事になる。
下水道に溢れ出したのは、天使の羽の如き繊細で空気にさえ乗れるような軽々しい白い鳥の羽毛。
——。
きっと、彼女は走馬灯を見たのかもしれない。
死に際に、時がゆるりと流れ、過去の幻影を突きつける死に掛けた者の噂で囁かれる不可思議な立証もしようのない御伽話。
「——……師匠。師匠は、なんで毒地帯の研究をしてる?」
幼い魂は、硝子製の瓶を磨きながら椅子の上で一仕事終えた様子で紫煙を穏やかに吐く赤い髪の女性にポツリと尋ねた。すると、赤い髪の女性は紫煙を燻らせる木製のパイプを机に置いて、寂しげに答えを彼女に説くのである。
「この地帯の毒は、とても濃い瘴気なのさ。瘴気ってのは、人々や動物たちの怨念や嫉妬、負の感情によって穢された魔素と言われている」
「私はね——セティス。瘴気に染まってしまった魔素を正常に戻したいんだ。そうすれば瘴気で生み落とされる魔物によって起こる悲劇も少なくなる。もしかしたら魔物の中にある憎しみや恨みに染まった魂を救えるのかもしれない」
「これ以上、魔物の存在によって起こる哀しい出来事を増やしたくないんだよ」
「これも……とても身勝手で傲慢で怠惰な考えだ。私の本質は、あの頃から何も変わってはいないんだろうね」
つらつらと語るその横顔には優しい笑みが浮かんでいるものの、とても深い哀愁が滲み、小さな魂は体では無い何処かに痛みを覚えた。
「でも、それしか——やり方が思いつかないんだ」
それを知ってか知らずか、机に置いた煙草のパイプを手に取った赤い髪の女性。しかし何かに思い至った様子で再びパイプを机に戻す。
「……セティス、アンタは頭のいい子だ。もしもアンタに他に知りたい事があるのなら、私なんかの手伝いなんてせずに自分の知りたい事を研究しても良いんだよ?」
頭を撫でる女性の手は、泣きそうになる程に優しく痛みを感じていた魂を包み、穏やかに梳いていく。
小さな魂は、何と答えたのか。霞が掛かる記憶の片隅、魂は耳を澄まして。
「——なら私は……お料理の研究がしたい。師匠に美味しいゴハンを食べてもらって、師匠の研究が進むように元気になってもらいたい」
幼子が胸に灯した淡い夢——
「……そうかい。なら今度……街に降りたら調味料を沢山集めて、色々試してみようか。研究材料は沢山あるに越したことは無いからね」
きっと彼女は、走馬灯を見ていたのだ。
或いは只、只に幸せな夢を想っていたのだろう。
——。




