開戦。6/6
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そして時は僅かに戻り、こちら。
膨大な規模の魔法陣が魔力を得て唸りを上げた城塞都市ミュールズの外界では、
「これは——召喚魔法……スライム人間……しかもこの数と向かう先、いったい何のつもりです、クレア・デュラニウス‼」
奇形の人型スライムが、吐瀉物を撒き散らすような呻き声を漏らしながら行進を開始している。ズルズルと進むスライムの大群、しかしそれらには意欲や覇気は無く、ただ目的地に向かって進むのみの意志しか感じ得ない。
一つの命令に従うように同じ方向——少なくともルーゼンビフォアらの事など意にも介さずに歩いて行くスライム達の意図が掴めず、ルーゼンビフォアはその異常事態を引き起こした術者に真意を問うのであった。
すると、術者は悪辣に、ほくそ笑み、嘲笑するが如く答えを吐く。
「分からぬか? この半人スライムどもにミュールズを攻めさせるのだ。数としては千ほどであったかな」
「馬鹿な……意味が分からない……その程度の戦力でミュールズを攻めて何が得られるというのか」
しかしながら曖昧で上っ面な答えに、或いは遠回りな言い回しに、質問の答えになっていないとルーゼンビフォアは苛々と槍を振って空気を裂く。
その瞬間、またしてもクレアの嘲笑が飛んだ。
「ミュールズからの戦力であろうな。貴様が、ここで大規模な攻撃魔法を使った場合——スライム討伐に出たミュールズ騎士団は何を思うか考えてみよ」
「——……なるほど、足枷のつもりですか」
そこで——ようやくとルーゼンビフォアは理解する。理解したのだ。
「イミトが手筈通り、和平調印を邪魔しようとする者はスライムの半人半魔と吹聴しておるのなら、我らは知らぬ存ぜぬでミュールズの騎士たちと協力し、悪しき雑魚スライムの討伐をすれば良いだけの事。最悪、ここに居るツアレストの騎士の正体を明かせば、言い逃れも出来ようさ」
「だが貴様らはどうだ。正体も素性も分からぬ一行……レザリクスのリオネル聖教からの後ろ盾を明かせるのか? 衆目の前でマリルデュアンジェや我らの口を如何に封じる?」
ギリリと歯を噛み、薄ら笑うクレアの言い分に組み伏せられていく屈辱に腹立たしさを燃やしているようなルーゼンビフォアの表情。
「貴様にも感謝しておる、この数のスライムを作るのに、そこのバンシー混じりを生み出す研究が役に立った。あの禁忌の魔法陣は消しておくべきであったな、愚かな賢者よ」
「【——デス・ナイトメア】」
その表情を愉しみつつ、またもクレアは魔力を用い、傍らに豪気な黒鎧を纏う骸骨の騎士を創り出して操り、黒い台座から己の頭部を左手に抱えさせた。
「ならば、騎士たちが打って出る前に片づければ良いだけの事‼」
そうして苛立ちの中で整う臨戦態勢、ルーゼンビフォアが槍を構えれば背後に居た仮面の少女や巨躯の宗教家も阿吽の呼吸で武器や拳を構えるのである。
「——……それが出来るのであれば、な」
対するは、
「うみゅー。もう少し、ゆっくり御飯が食べたかったのですよ」
「はは……次は戦勝祝いに昼食か夕食を作りましょう、デュエラ殿」
顔布越しに不満を吐露しつつ朝食のテーブルから立ち上がる少女と、腰のベルトに剣の鞘を納める角の生えた女騎士。
「——では、我の朝食代わりの開戦と行こうか」
皮肉交じりに唱えた合図で、眼底に赤い光を灯す骸骨の騎士に並び立つ二人。
穏やかな天候の空の下、三対三——こうして和平調印式を巡る戦いは開戦の時を堂々と密やかに迎え、暗躍の戦いは表舞台へと静かに——しかし確実に侵食していくのであった。
その結果を知る者は、神のみである。
いや、さもすれば神すらも未だ答えを見る事を忌避しているのかもしれない。
——。




