開戦。4/6
何故ならば、
「……貴様がイミトの妹のイミナだな。その仮面は一度、見たので覚えておるよ」
「……‼」
「——……今、なんと?」
彼女らは全てを知っていたからだ。
否、考え至っていたと言うべきなのだろう。
彼女らが知る由も無いと思っていたルーゼンビフォアを怪訝に驚かす程に、彼らは思うより遥か先の未来を悟りきっていたのである。
「イミトからの伝言と言う訳でも無いが、我らが貴様を殺そうと別に奴は何も思わんそうだぞ。まぁ、墓参りくらいはするつもりだそうだ。良かったな」
「……‼」
イミトとの因縁浅からぬ仮面の少女は、感情の琴線に触れる言葉を鼻で笑われる嘲笑と共に突き付けられ、反射的に刀の柄を握り締める。
鍔が鳴り、先んじて溢れ出る明確な殺意。
「待ちなさい、イミナさん。ただの挑発です、乗ってはいけません」
しかし、進行方向をルーゼンビフォアの槍で遮られ、素直に従い怒りを引く仮面の少女。そんな二人の関係性を横目に、クレアは次の試金石を投げかける。
「……それで、そっちの男はレザリクスの部下か。デュエラの石化の呪い対策で連れてきたのだろうが、見るからにゴーレムのような図体と顔をしておる」
「——……」
けれど男は何も応えない。武骨な岩の如き佇まいでその場に立ち尽くし、ただ敵を見定めているようであった。或いはそれが答えだったのかもしれない。
「ふみゅふみゅ、アチラ様をワタクシサマが倒せば宜しいのですよね、クレア様」
「ああ。朝食の腹ごなしには丁度よかろう」
だが、答えが何であろうが動きは変わらぬ。そう行動で宣うように、クレアの背後に居たガレットを頬張っていたデュエラが水で食事を飲み込んで尋ねると、クレアは魔力の台座を少し傾けて小首を傾げた格好で頷くのである。
「……何を呑気な。というより、私はあの仮面の少女が、イミト殿の妹と聞かされて驚いているのですが……本当ですか?」
デュエラとクレアの楽観的な立ち振る舞いに、カトレアだけが息を吐く。彼女は食事の手を止めて剣の鞘を握ったままルーゼンビフォアたち——敵の動向に注意を向けつつ、会話に参加する。
それは、彼女にとってあまりに重要な事実だったのだろう。
イミトの妹——仮にもイミト・デュラニウスに少なからず恩義を感じている騎士が抱く複雑な想い。敵の頭目であるルーゼンビフォアとクレアが対峙するのは明白、そして巨躯の男はデュエラが相手にするならば、三対三。
自分の役割は、刀を持つ仮面の少女。
自身の抱える恩義と道義が、事前に伝えられていなかった衝撃の事実に葛藤し、僅かに持っている剣の鞘を鳴らす。
「うむ。だが別に貴様には関係なかろう、それどころか貴様の仲間を殺し、姫を危険に晒しておる連中の一派なのだぞ。あやつ自身も隠れ里を壊滅させたバンシーの半人半魔だ。殺してしまってよい」
「それは、そうですが……先に教えて頂いていた方が……しかも相手はバンシー、イミト殿やクレア殿の予想通りに我らが相手になるかどうかの確証も無く、不明ですし」
しかしクレアが振り返らぬままに説いて行けば、納得する他なく。カトレアは騎士として再優先して果たすべき主君のマリルティアンジュ姫に対する忠義をも揺り動かされる。
「よいから食事を続けておれ。せっかく作った料理であろうが、冷めては不味くなるぞ」
そしてカトレアの扱いが面倒になったクレアが少し振り返り、これ以上ルーゼンビフォアとの会話に入って来ないように気を遣ったフリで話題をも逸らす。
すると、それは皮肉にも相手に対して見事な挑発にもなったのであった。
「……なるほど、全ては承知の上。おおかたミリスにでも聞きましたか」
苛立ち混じりに腕を組みながら指二本で眼鏡を掛け直すルーゼンビフォア。それでも冷静さを保ちつつ、思考し、自身の推測を口にする。
だがそれは、クレアにとって見当違いも甚だしい代物で。
「ふっ……鼻で笑ってしまったわ。まだ貴様らは解っておらぬようだな」
「全ては、あの阿呆……イミトの掌の上であると言ったであろうが」
凡百の思考を容易く凌駕していると、《《あの阿呆》》の傑物ぶりを再認識させる結果でしかない。
確かに、事はすべからく包まれた掌の中で踊る蟲の蠢きに同じ。潰されるまでに飛ぶか這いずるかの二択。
「愚かな貴様が、この世に解き放った阿呆は——実に痛快に貴様らの企みを看破しておる」
彼女らの空間移動、瞬間移動の魔法による登場すらも、筋書きに書かれている通りの織り込み済みの事態。
それを伝えるべく、
「その証拠に、と言う訳でも無いが——貴様が現れた時点で我らの策も施行される」
彼女は身に溜め込む魔力の一部を開放し、荒ぶる白黒髪を逆立たせ始め——
やがて——、
「——罠⁉ いや、違う……これは——‼」
自身が座す台座を巨大な魔法陣の端にして軸とし、地面に膨大な魔力を流し込み、予め仕掛けていた魔法を解き放つのである。




