開戦。3/6
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一方その頃、彼女らにも念願の食事の時間が訪れていた。
「では、頂きます、なのです‼」
「……頂きます」
イミトの故郷の風習に倣い、デュエラが元気よく手を合わせるとそれを真似してカトレア・バーニディッシュも合掌を覚える。
それから互いに目の前の料理——城塞都市の城の一角での朝食と比べれば質素な物ではあろうが、良質な油で光り輝く多彩な色合いのサラダや半月状に別たれた黄金色のガレットは、陽光に満たされた朝の雰囲気も相まって充分に豪華に見えて。
彼女らはそれぞれに、フォークとナイフで料理を口に運んでいく。
そして——、
「んー‼ 外はザクザクで中はホクホク。チーズの薫りと味が、ジャガイモの味と混ざり合って食感も味も複雑なのに、それぞれの味がしっかりしているのですよー」
「確かに……ジャガイモだけとは思えない食感で、オリーブオイルの風味も嫌味な油っぽさが無くていいですね」
各々に呟く料理の感想。口元まで黒い顔布を捲り上げ、フォークを掌で握り締めるように掴むデュエラの嬉々とした感情に引きずられ、女騎士カトレアも微笑みを浮かべる。
「そして、柑橘系の果物を使ったサッパリ風味のドレッシングを掛けた湯通しサラダと相性が良いのですよ‼ 交互に食べてたら、ずっと食べられそうなのです」
「茹でる事で無駄な油を落とした鶏肉も良いですね。少しパサパサしてはいますが。湯に通しているにも拘らず野菜のシャキシャキとした瑞々《みずみず》しい食感と鳥の油と入れ替えたオリーブオイルがそれを補って」
「更に果物の爽やかな香りが加えられ、ガレットとは趣きが全く違いますが、凄く合っていて、良質な栄養を取っている気がします」
自らの働きを自画自賛するように重ねていく会話。
すると、そんな彼女らとは対照的に白けた眼差しを贈る物がやはり一人。
「……大層な口振りであるな。あの阿呆がおったら、気持ち悪いニヤケ面を魅せつけておるだろうよ」
髪で作った魔力の黒い台座に横たわる人型の頭部。食事を必要としない魔物、デュラハンのクレアは退屈に飽き飽きと息を吐き、眠るように瞼を閉じて。
「ぁ……ごめんなさいなのです。イミト様が居ないと、クレア様は食事が取れないので御座いますですよね」
「……」
「貴様ら如きに憐れまれる道理は無いわ、馬鹿どもが。イミトには後日、同じ物を作らせる故——我の事など気にせずに楽しむが良い」
クレアの実情に憐憫の眼差しを向けるデュエラ、やはりそうなのかと初めて言葉として知識を耳にして黙すカトレアの眼差しは気を遣って目を逸らそうという色合い。
腹立たしい人間の情に苛立ちながら、台座に横たわっていた頭部を器用に起こし、クレアは己の道理を突き通す。
しかし唾を吐き捨てる想いを堪え、彼女は代わりに溜息を吐いたのは彼女自身が向けられて苛立った情を持っているからなのかもしれない。
「はい‼ その時はワタクシサマも一生懸命、お手伝いするのですよ‼」
「ふん……足手まといにならねば良いがな」
しかし、それも平穏な時のみの事であろう。
彼女は魔物、非業の戦場にて生まれ生きてきた誇り高き首無し騎士のデュラハン。
「ん——……来たか。ずいぶんと、時を読まぬ事だ」
「クレア様……」
辟易としながらも持ち上がる口角。唐突に空気を走った僅かな緊張の機微に、デュエラが一転して眉根を寄せたような何かを名残惜しむ神妙な気配を漂わせる中でクレアも嗤うのである。
「今回は——私にも分かります」
そして、遅ればせながらとはいえ微々たる遅れ。カトレアは傍らに置いていた剣の柄を取り、テーブルの椅子から立ち上がって。
「まだ貴様らは食事をしておれ。剣を抜くのは向こうの出方次第だ」
平穏が崩れ、その隙間に空気が流れるようにビリビリと肌を突く気配。その刹那——地表に浮かぶ難解な文字が綴られた魔法陣。
僅かな空間の異変、揺らぎがクレアが待ち望んでいた敵の来訪を告げたのだ。
やがて地に降臨なされるは、銀の麗人。
「——……こんにちは。いえ、お久しぶり……それとも、おはようございますですかね。クレア・デュラニウス」
神々しく光を放つ白髪、他の神の光を拒絶するような煌きを魅せる硝子の眼鏡。着込む礼服はスラリとした彼女の姿勢美脚を惜しげもなく表現し、如何にも仕事の出来るキャリアウーマンの如き様相。
対する彼女はといえば——
「ふん。貴様、そのような顔をしておったか? その眼鏡がなければ誰だと問うておった所よ、ルーゼンビフォア・アルマーレン」
せっせと急ぎ気味に食事を採るデュエラを背後に、魔力で創った黒い台座を高く大きくしながら美しい白黒髪を波立たせる異形。
頭部のみの魔物は世辞笑いで微笑むルーゼンビフォアに対し、旧知の中の如く軽々しく悪辣に鼻で笑い返しながら嫌味も一つ、突き返す。
「やはり、覚悟は出来ているようですね。あの男をミュールズに送り込んだ時点で私たちから狙われると考えたのは、褒めておきましょう。別行動をした事は愚かと言わざるを得ませんが」
すると、そんなクレアの落ち着きぶりに幾許かの事情を把握したルーゼンビフォアは白い光を片手に宿し、荘厳な装飾を纏う一本の槍を創り出す。
「——認識の違いだな。狙われたのではない、狙わせたのだ」
それが彼女の武器か、クレアはそう思った事だろう。ルーゼンビフォアの槍が纏う気配、魔力に似た清浄な気配は忌むべく事に、満ち満ちて煮え滾った湯気が如く燻る。
しかし——魔法、材質、硬度、形状——あたかも品定めをするような眼差しで槍に目を落としていたクレアではあったが、ひとしきりそれらを確認するや彼女は息を吐きつつ瞼を閉じた。
「あの阿呆と行動を分ければ、貴様のような馬鹿が賢いつもりで愚行に及ぶと読んだ上でな」
「……」
もう、ルーゼンビフォア・アルマーレンを見る必要は無い。そう暗に示唆し、次に彼女が見たのはルーゼンビフォアの背後に共に現れた二人の人間であった。
「そして、その結果——貴様が連れてきたのは後ろの二人だ。まんまと奴の掌の上で踊りおって……実につまらぬ」
退屈であったのだ。予想の範疇、想定の範囲。ルーゼンビフォアの登場を筆頭に、白い仮面を付ける刀を持つ少女と、顔を白い布で覆い隠し宗教の儀式に用いられそうな白地の礼服を纏う平均的な人間三人分を重ねたのではないかと思う程に巨躯な男。
「その減らず口は、あの罪人に仕込まれたものですか? 戦場でしか生きられない哀れな呪い風情が随分と達者じゃありませんか」
ここまで退屈だとは、思いもしなかったのだろう。待ちかねていた敵の挑発も、物の哀れと許せる程に、この時の彼女は内情、失望を禁じ得なかったのである。




