開戦。2/6
「——ええ。少し心配ではあります、和平調印式の事もそうですが……暗躍する敵対勢力が何か事を起こすのではないかと」
予定外と言えば予定外、マリルティアンジュは苦笑するイミトの語る道理に同意しつつも、何やらと憂いを帯びて口元に軽く手を当てて、目線を下に俯かせる。
そんなマリルティアンジュの憂いに対し、
「確かに……サムウェル殿、アルバラン側の護衛はどうなっているのでしょうか? 外交上、あまりツアレスト側からの警護は難しいのではと思うのですが」
イミトは颯爽と彼女を守る騎士が如く思い至り、近くに居たミュールズの護衛騎士の一人に現行の警備の状況を尋ねる。
極々、自然な流れであった。
「はい。そうですね……この中央議会城の出入り口やツアレスト側の王族や要人には最低でも二人以上の警備が付けられるのですが、城内のアルバラン国の警護は全てアルバラン側で行っており、ツアレストは関与しておりません」
故に違和感なく、護衛騎士サムウェルも姫君を安心させようと、この中央議会城の警備状況をつらつらと語るのである。
「しかしながら先に申しました通り、城内の出入り口は厳重に警備管理されておりますし、特に問題は無いものかと存じます」
さりげにイミトの眼が比喩として光っているとも知らず、姫君に微笑みかけるサムウェル。
「ですが……相手は他者に変身できる能力を持った者。万が一のことがあれば……」
それでも献身的な騎士サムウェルの努力も虚しく、素知らぬ顔で尚も憂いを深めるマリルティアンジュの表情と言葉。否、或いは恐らくそれは真実なのだろう。彼女は紛れもなくクジャリアース王子の身を心配していた。
故に、何かしらの行動を彼に起こさせようとしたのだろう。
「——では、姫様が直接お見舞いに行って様子を見てくるというのは如何ですか?」
そして、そんな姫の思惑とは全く違う思想根源で皮肉な事に彼の打算は、姫の願いと方向を合致させるのである。イミトが姫に与えた提案は提案でありながら、善意の檻に周囲を閉じ込める物だった。
檻籠の中の餌が姫の優しい願いであれば殊更に、狡猾に思える罠である。
「婚約が決まった相手を心配するのは道理。姫様が許可して頂ければ私やサムウェル殿も同席し、アルバラン側に異常が無いか確認も出来て尚の事、姫の御心も安心で御座いましょう」
「そうですね。それは良い考えかと存じます、直ぐに手配しましょう」
理詰めで常識を蹴り飛ばすようなイミトの提案に、嬉々として両手を合わせて微笑む姫の笑顔を周囲の誰が濁らせられようか。メイドを含めた騎士たちも、戸惑いつつも同意の構え。
そして済し崩しの如く——
「では、その為にも、まずは食事を。心配のあまり食事を採らないのは本末転倒になりかねません。他人を見舞うには己が健康で居なくては」
「ふふ、そうですね。イミト様の朝食、楽しませて頂きます」
悪意を覆い隠すような善意の正論。姫を慮る気遣いの一言。それに姫が笑みを溢し、憂いを晴らして食事を始めようとすれば話は終わり——
最早、イミトの提案に異を唱える隙は無い。
「サムウェル殿とそちらの騎士殿も御一緒にいかがですか? 余分に作り過ぎて私と姫だけでは余らせてしまいそうですし」
更に追い打ちを掛けて、話題の中に彼らを巻き込む猛攻ぶり。
「い、いえ、我々の立場で姫と席を同じくするなど、滅相も御座いません……それに今は護衛中で御座いますから」
「私は構いませんよ、むしろ是非イミト様の料理を楽しんで頂きたいです」
「なんでしたら毒見役という方便もあります。それに食事は大勢で楽しんだ方が美味しくなるものですよ」
「——……で、では。失礼ながら——私が、少しだけ」
微笑ましく善意に満ちた言、戸惑いの中で同僚騎士と目を合わせるサムウェル。
「「……」」
その隙を突き、ほんの僅かイミトとマリルティアンジュも目を合わせた事に気付いた者は誰も居ない。
穏やかな朝の一幕、或いは序章。否——冒頭に掲げた副題は開戦であって、閉じられていたその裏で戦いは既に始まっているのである。




