その特別な一日の始まりに。6/6
——。
その魔通石は、彼女も持っていた。
同じく赤い色味を帯びて。
「うん……ようやく連絡できるようになった。こっちは問題ない、そちらにはまだ敵は来てないの?」
彼女の名はセティス・メラ・ディナーナ。薄青い髪の下には、彼女の人生を物語る傷跡が幾つもある小さな少女。イミトやクレアと、行動や目的を共にしていたもう一人の仲間である。
「うん……イミトとは別行動。今は私も朝ご飯を食べてる所」
彼女もまた、城塞都市ミュールズで朝食の準備をしている様子。しかしながら調理をしている仕草は無く、城下町のテラス席のテーブルで独り、彼女は一杯のコーヒーを嗜んでいる。
耳に薄い長方形の魔通石から伸びるイヤホンマイクのような物を付け、城下町の朝の慌ただしい街並みを鉄面皮のような眼差しで眺めながら独り言のように言葉を呟いているのであった。
「和平調印式は昼過ぎくらい。でもイミトの予想だと、事は動き出してるから予定に変更は無いと思う」
コーヒー皿の脇に置いてあった少し茶色い角砂糖を指で抓み、彼女はコーヒーに入れずに口へと運ぶ。甘さに眉根が僅かに寄って、しかめっ面の不愛想。
すぐさま彼女は苦い真っ黒なコーヒーを静かに啜る。
「けど、もうすぐイミトが先手を打つみたい。状況によって事態は早まる。私もイミトからの連絡待ちだから」
「敵の勢力がどのくらいかは調べられなかったけど、私たちが無事にミュールズに居る事を考えれば想定の範囲内だってイミトは言ってた。状況から見て私もそう思う」
暗躍する。その特別な一日の始まりに。
舞台は——城塞都市ミュールズ。
隣国アルバランと、ツアレスト王国の和平が決まる表舞台。
「ただ……イミトからカトレアさんに伝言を預かってる。その伝言に対する反応で、こっちの戦況は危険な状態になるらしい」
「うん……ヤバい奴が居るみたい。アディ・クライド……リオネル聖教の聖騎士」
「カトレアさん、彼は敵だと思う?」
「——……」
その特別な一日の始まり——昼頃に行われる和平調印式を控えた朝に、
「……うん。分かった、カトレアさんの意見は聞いた。イミトには、そう伝えておく」
「それじゃあ、異変があったら——また連絡する」
「茹でたジャガイモにバターが溶けた良い頃合い、ちょい足しの塩と黒胡椒」
彼女らは、何の因果か偶然か、或いは作為に満ち満ちて——
地面から引きずり出した芋を——それぞれに喰らう。
「うん。おいしい」




