策謀の宴。2/4
「じゃあ、街で買ってきた屋台の料理は必要なくなった。一応、言われた通り城から追い出された時の為に用意してたけど」
そんなイミトの様子に対し、セティスも改めてとイミトの後を追うように紅茶を啜り、まるで嫌がらせを受けた報復であるかの如く傍らに置いていた紙袋の置き場を求めて周囲を探る様子を匂わせて。
すると、やはりその紙袋がガサリとなる音はイミトの耳をピクリと動かせる。
——彼の趣味が料理であるのはセティスにも最早、十分に知る所なのだ。
「馬鹿野郎。世の中には別腹って言葉があるんだよ、早く出しやがれ」
イミトにとってツアレスト王国内にて訪れる初めての街——ある意味で真面な状態の文化圏。現状、自らの足で観光に飛び出したい気持ちを抑え、城に釘付けにされている状況下で溜まりに溜まっているストレスが彼の言葉を荒立たせるのである。
だが——、
「——絶対に嫌。ちゃんと感謝と謝罪が必要」
幾らイミトの気品と風格ある外面に悪寒が走るとはいえ、普段より一際に尊大で粗雑極まる口振りにカチンと苛立ったセティス。苦労して街を歩き入手してきた紙袋を彼から守るように抱え、ジトリと向ける三白眼。
それでもイミトは手を伸ばす。
「感謝はともかく、謝罪って何だ。買い出しは俺達が持ってた金を使ったんだろうが」
文句を言わず、サッサとよこせと更なる傲慢ぶりを露呈して。首を後ろに傾けて見下げるように上目遣いで睨みを利かせるセティスと対峙する。
視線がぶつかり合い、月並みな言い回しで火花が飛び散ったようであった。
それは、互いに一歩も引かぬ様相にも思えたが——、
「じゃあ、買い物してきてくれてありがとうだけで良い。折衷案」
先に心を折ったのはセティスであった。小さく鼻息を漏らしつつ呆れた様子で瞼を閉じる大人びた諦観。我ながら子供じみたと、人の振り見て我が振り直す心の機微が見て取れて。
「……ちっ、ありがとうセティス。感謝している、助かった」
「ん。舌打ちは気になるけど、もういい。時間の無駄」
そんなセティスの大人の振る舞いに、先ほどまでの堅苦しい自分を思い返し反吐が出そうになるイミトは、伸ばしていた手を下げて太々《ふてぶて》しくソファーの背もたれに体を沈め、顔を逸らしながら感謝とも呼べない棒読みの台詞を口ずさむ悪態。
それでもセティスは許容した。
ガサガサと紙袋の折り畳まれた口を開き、中身を物色し始めて。
「これとか色々。出来るだけイミトが喜びそうな普通な物と珍しい物を買ってきたつもり」
そう言って、目の前のテーブルに並べる屋台料理の数々。
「……何かの肉の串焼きに、ナスみたいな野菜の串焼き……まぁ出店だもんな。それで、焼いた野菜と肉を薄焼きのパンで挟んだサンドイッチ……」
イミトは並べられていく料理に機嫌を取り戻し、興味深そうに視線を落として眺めていくが、徐々に徐々にとその表情の様相を曇らせていく。
「これなんかは凄かった。凄い大きな謎の肉の塊を丸ごと焼いてからナイフで削っていて、牛乳を発酵させたらしい白いドロドロのソースを掛けて食べる奴」
その料理の数々は、イミトにとって驚くべきものであったのは確かであった。
何故ならば、
「(……知らないよな、セティス。それ多分、全部ケバブって串焼きの料理なんだわ。近所にあったトルコ料理の店を思い出す)」
以前イミトが暮らしていた世界の常識知識の中で、その料理たちはみな、一つの概念、一つの分類で括られ、一つの総称で呼ぶ事が出来る料理であったからだ。
因みにと豆な知識を語らえば、ケバブ自体の発祥はトルコ料理であっても、ケバブサンドという食事方法はドイツという国に移民したトルコ人から広がっていったという話である。
故に——トルコ自体にケバブサンドという食べ方は本来無いといっても過言では無い。
「それで、今回の私の一押しはコレ。なんだか伸びる不思議な冷たくて甘い奴」
「(……トルコアイスか。トルコ人の異世界転生者でも居るのかよ)」
そして満を持してセティスが取り出した最後の一つ——木の実のような蓋つきの器に入った白いアイスに至っては、イミトに確信めいた疑問すら思い浮かばせる始末。
「たまたま近くに流れてきてた遊牧民族の出店だったから、次に寄るかもしれない町では食べられるか分からないものばかり……どうかな?」
「なるほどな……そういう観点は良い。特に、今夜のお堅い立食パーティーの飯とは被らなさそうだしな、良いチョイスだ」
しかしそれでも無機質な表情でありながら不安の色をセティスの顔色に、イミトは顎を撫でながら期待に目を輝かせて微笑むのだ。
それはセティスを慮ったものばかりでなく、単純に興味関心をそそり——尚且つ幾重数多の未知の世界の情報がセティスの買ってきた料理の数々に明確に存在していたからなのは間違いない。
「美味そうだ。ホントは食材探しの街歩きでもしながら食べたかったんだけどな」
言葉では不満を漏らしつつ、嬉々として手に取った串焼き。文化の違いによる料理の薫りや風貌に目を悪辣に輝かせ、彼は一本の串焼きに内在する情報にくまなく目を凝らす。
「イミトが中、私が外で情報を集める決まりだったはず。イミトは食材にばかり夢中になって遊び回るのが目に見えてるってクレア様も言っていたし」
そんな状況下——それを傍から興味深げに眺めながら、クレアの予見にも間違いは無かったとセティスは息を吐いた。
「ん、こりゃ美味いな。スパイスも効いてて素材の味が生きてる」
「——それで、本題の情報は?」
しかしイミトの心は既に料理へと完全に浸っていて、彼女はイミトの意識をコチラに向けるべく苦心した。だがイミトは、そんな苦心は不要だと、串焼き料理に齧り付き——肉の野蛮に食い千切る。
そして——、
「ああ……会ったぜ。レザリクス・バーティガル」
彼は語るのだ。和平調印式を瓦解させるべく暗躍する、自身やクレアの因縁の相手——リオネル聖教の権威権力を掌中に収める最高司祭にして、かつて救国の英雄と呼ばれた一人の男の名前を。
「とはいえ、すれ違いざまに少し会話しただけだけどな」
「——イミト・デュラニウスって嫌味たらしく俺の名前を呼びやがったよ……」
咀嚼して肉を飲み込んだ先——浮かべるは不敵にして悪辣な獣の笑み。
セティスは何故だか、その笑みを見て体を震えるのを感じる。
それは武者震いか、或いは草食動物の生存本能か。
こうして、彼らは様々な想いを胸に抱きつつ、和平調印前夜祭——策謀の宴へと赴いていくのであった。
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