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城塞都市ミュールズ。4/4


「——人に化けるだけではない。アレは死体も操れる力を持って居た」


 「イミト様……」


ここまでイミトの動向を不安視し、奮闘していたマリルティアンジュはイミトが放った事実に不穏を漏らす。本当に大丈夫なのか、そんな問いが彼女の表情と声に滲み出ていて。


「口を挟んで申し訳ないが、ここに座らされているだけも申し訳ないので話に参加させていただく」


「——聞こう」


しかし、ようやく挨拶以外で語り始めたかという部屋の中の視線が一斉に浴びせられ始め、マリルティアンジュの庇護ひごが期待できない状況に自らを追い詰めるイミト。



「私や旅を共にしている魔女のセティスが姫の襲われていた場に遭遇そうぐうした際、魔物は戦況不利と見て身を引いた為、どの程度の力なのか正確に把握は出来ていないが」


それでもイミトは語り始めた。自身の思惑は他所に、覚悟の上だと視線をその場で最も地位の高いだろうバディオス王子に真っすぐに向けて。


そして彼は、そこから早々に視線をそむけ、腰に巻いている小物入れから自らの威光を魅せつけるような戦利品を話題の壇上だんじょうに置くのであった。


「危険度としては力だけだった嘆きの峡谷のヌシよりは上だ」

 「——それは?」


それは——、人の眼球程度の大きさの翡翠色に輝く宝石のような石の塊。


「魔力により結晶化したヌシの右目と言えば分かるか」


 「魔獣石‼ 貴殿が嘆きの峡谷のヌシを討伐したと言うのか⁉」


イミトの発言に、事の大きさを察し声を大にしたのはミュールズ護衛騎士団長リオネスだった。嘆きの峡谷にて、描写こそ詳細にする事が無かったがイミトが討伐した樋熊ひぐまのような魔獣の体の一部。


一転してざわめき始める室内、それでもイミトは素知らぬ顔で真偽を確かめに来たミュールズ護衛騎士団長リオネスに見せつけ、手に取るように示唆。



「ただの獣、肉の塊と言っても良い。私には不要な物、良ければ貰って頂きたい」


そして魔獣石と呼ばれたものの真贋しんがんを確かめる一同を他所に、彼は言葉を続けた。

——それは、イミトにとってこの会談を成功に導く切り札であった。


第一印象として、どう受け止められているかも分からない互いに素性の知れぬ相手。

その中で、まず見せつけるべきは容易に実力を低く見られない事。


嘆きの峡谷のヌシを食肉に加工する際中、たまさか綺麗に回収できた魔獣石は実力と信頼を得るに丁度良い威嚇いかくだとイミトは考えていたのである。



だが——、魔獣石の真贋しんがんを確かめ終わって尚、そう易々とは真偽を決めぬ百戦錬磨。


「……頼もしい話だが、それ程の実力で、これまで名が聞こえてこなかったのは些か疑問だ。貴殿は本当にただの冒険者か」


——王国騎士団長グラウディオ。威圧感溢れる巨躯で未だ座ったままのイミトを見下げ、彼はイミトの人となりを計ろうとする。



故にイミトは——

「……人にはそれぞれ事情があると思う。姫を助けたという行動と結果だけを見て判断して頂きたい」


 「「……」」


故にイミトは隠して魅せた。浅はかに信を得ようともせず、暗幕をカーテンの如く流し張り、隠すべき事と隠さずともよい事を織り交ぜたのである。その策にハマり、イミトが隠した素性に注目を集める一同。


隠し事に隠されて、今——真実は闇の中。



ただ一人、彼を知るマリルティアンジュのみが舌を巻く。



「今、話すべきは敵の正体についてだ。人に化けられる魔物は剣技も使い、魔法も使っていた……周辺の村々でその魔物の被害や不審な行方不明者の話が無い事をかんがみれば、明らかに姫……或いは今回の和平調印式を狙ったものであると考えるべき」


そしてイミトはすかさず、答えをあばく舌戦から論点を逸らし、自分に利用価値——少なくとも相手が必要としている情報を持っていると思わせる。



——交渉、利害、それらを巡る政治戦。


「確かに……その可能性は高い。此度こたびの和平調印式の警備、更なる警戒が必要か」


結果ひとまず、厳格にイミトに疑いの目を向けていた王国騎士団長すらもイミトの素性については棚上げし、目下の危機に目を落とす。


すると、そんな王国騎士団長に座したまま告げるは王子バディオス。


「十二城主を含めて対策会議をして、注意を促すべきですね。グラウディス騎士団長」


彼もまた、もはやイミトの意図した通りに動き始めて。


「はい。さっそく呼び掛けてみましょう……ミュールズ護衛騎士団長、手配を頼む」


 「は‼ サムウェル、人を集め、急ぎ十二城主に報告を」


にわかに喧騒慌ただしく動き始める室内にて、静寂を保つのは外様とざまのアディ・クライドとイミトの思惑について考えを巡らすマリルティアンジュの二人のみ。部屋の人員を他所に彼女らはイミトの様子をただジッと眺めていた。



「——イミト・デュランダル殿。遅れながら妹を守って頂き感謝する、それから和平を脅かす者どもの存在を知らせてくれた事も重ねて礼を言わせてくれ」


そんな折、妹姫の恩人というべき絶妙な立ち位置に存在する白黒不透明な人材にバディオス王子は感謝を示した。差し迫る事の優先事項の中で保留勾留ほりゅうこうりゅうの腹づもりか、これからの会議にイミトを参加させない思惑も見え隠れするくくりのような話の流れ。


だが、ここでイミトが退く事は無い。



むしろ彼は、この時を待っていたのである。


「いえ——しかしバディオス王子、まことに勝手ながら私はまだ姫を守っては居りません」

「……?」


感謝を示すべく立ち上がったバディオス王子の後に続き、椅子から立ち上がったイミトは意味深に首を振る。


「和平調印式を終えるまで姫を守ってこそ守ったと言える……私のようなものがその場に相応しくないと重々承知の上で和平調印式にて和平が叶うまで、姫のおそばにて護衛をつとめさせて頂きたいのです」


——言質を取っておかねばならない。ここに集まる和平調印式の主だった人員であろう面々を前に、次の機会は無いと悟るイミトは感謝や謝礼を拒絶する代わりに彼らに要求をするのである。


「それが冒険者として、しんに国に忠義を尽くす騎士カトレア殿からうけたまわった依頼。下々(しもじも)の言葉で言えば()()なのですから」


 「「「「……」」」」


善意を問う悪魔の二択。ここでイミトの願いを聞き届けねば、彼らは姫の窮地を救い騎士道の義理に燃える男を疑い、国の為に尽くそうとする男の矜持を不義理で斬って捨てる事になるだろう。逆に受け入れれば、ただでさえ内部の反乱を疑っている現状——和平調印式の憂いが一つ増えてしまう。



悪魔は深淵に繋がっているような深い瞳で、貴族に問うたのだ。


——貴様らは、どちらに類する愚者なのか、と。



そんな和平調印式にもぐり込みたいイミトの賭けに近い最大の正念場。


「兄上、私からもお願いいたします。イミト様は信頼できる御方おかた……そして何より、私を守ってくれた全ての従者、全ての騎士の願いをカトレアはイミト殿に託した。その願いを——叶えさせて欲しいのです」


塗り固められた純白の姫は、そのイミトの思惑を如何ほど理解していたのか、彼を後押しするように感情に訴えかける演説を述べるに至る。


さて、そうなるとバディオス王子はどのように応えるか。



「……分かった。貴殿に姫を託した騎士カトレアを信じ、和平調印式が終わるまで君に姫の身を守る事を任せるとしよう、和平調印式に参列する事も許す」


否、イミトにはおおむわかっていた。切迫する状況、わずかな憂いを帯びつつも視界に入る一人など些細なものと妥協して、白か黒かの先送り。


「——感謝します、バディオス王子」


全て事もなく首を垂れるイミトの掌中しょうちゅうに納まる範囲で事態は進む。

されど、されどと——、


「(……潜入は成功、と言いたいが——)」


「しかし、和平調印は明日の昼。旅路が遅れているアルバランの使者も、もうすぐ到着するというから、今日は長旅の疲れをいやしてくれ。部屋も用意させている」


「心遣い感謝いたします。それでは早速、部屋で休ませていただきます」


一歩、身を退き体質の構えを見せるイミトの頬にゾワリ冷や汗が噴き出そうな感覚が未だある。掌中の手乗り虎は、それでもやはり虎であるのだと——


「マリル。お前も疲れているだろう、我々はこれから既に到着している宰相さいしょうも交えて会議をする。部屋で休んでいなさい」


 「はい。ありがとう……お兄様」


「「……」」


扉に向け、逃げているなどと思われぬように進む道のり。背後から突き刺さるような視線が三つ。直線的な王国騎士団長グラウディオと横目の王子バディオス、そして何より立場が全くの不透明——リオネル聖教が聖騎士アディ・クライドの視線。


「(潜入は成功と言いたいが——、流石はというべきか。王子も騎士団長ってのも只者じゃねぇなぁ……やっぱり)」


それでもらちが明かないと、これよりの展開に頭を回すこの男こそが、疑わしくはあっても、様々な思惑が交錯する城塞都市ミュールズの和平調印式において最も深く仄暗ほのぐらい陰謀を身の内にたぎらせている者だという事を、この場の誰もが未だ知るよしも無いのである。

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