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約束。3/4


知らぬ世界のあまりの広さに、イミトが戸惑いを見せる頃合い。


再び雲に隠れていた太陽が露になり、世界は思い出したように事を動かし始める。


「セティス様……何かの騒動に巻き込まれてなければ良いのですが……」


 「ん。噂をすればだな。アレだろ、たぶん」


それは、静かに遠くから響く地響きと土煙を巻き起こしながら彼らにその到来を告げて。しかしイミトはその正体に覚えを感じつつ、傍らに置いていた黒い槍を手に取り、杖の代わりに重い腰を上げる為の道具とした。



「——そのようです。間違いなく、ミュールズの兵たちでしょう」


雄弁に揺れるはた、その頭上に見覚えのある覆面を被る少女がほうきまたがり飛んでくる。

空を飛び移動できる覆面の魔女はイミト達と別れた後、姫を安全に城塞都市ミュールズに送り届けるべく移動手段を求めて先駆けていたのである。



「セティス様も無事なようですね」


そんな彼女の帰還に安堵の面持ちで胸を撫でおろすマリルティアンジュ。


「セティスが命惜しさに敵側に寝返って無きゃだけどな」


 「……」


けれどイミトの肩の力を抜きつつも手に持っている槍の矛先をきらめかせる猜疑心さいぎしんに、彼女は少しまゆを下げて懇願こんがんするような上目遣いでイミトを見上げる。



「そんな悲しそうな顔するなっての。こちとら短い付き合いだって言ってるだろ」


彼女の憂いに目線を逸らし、ふと瞼を閉じゆき辟易と開き直るイミト。

再び開かれる双眸には、まだ遠くの覆面の魔女に向けられる。



けれど、心は別の所にあった。

何かに思い至り、否——思い出してしまったように嫌々と頭を掻く。


イミトには、この機会にマリルティアンジュに伝えておかなければならない事柄があったのだ。もしも、この機を逃してしまえば次に伝えられる機会が来るかも分からない事柄が。



「——それと、こんなタイミングで何だが……悪かったな」

「え?」


かつて——イミト・デュラニウスは罪を犯した。

それは或いは生きるという選択を行う罪。

生きる為になどという免罪符を掲げた罪。


他者であるマリルティアンジュにとって、あまりに非道で残酷な罪。


「シャノワールの事だよ。許してもらえるつもりも無いし、反省も後悔もしてないけどな」


「ただ——、アンタの前でアンタに説明も許可もなく肉にした事については酷い事をしたとは思ってる」


「……——」


マリルティアンジュには共に旅をする愛馬が居た。

先の騒動で足を砕かれ、今はクレアの魔力によって遺骨を触媒しょくばいに首切れ馬とされた哀れな愛馬が居たのである。


その首を斬り落とし、トドメを刺した者こそが彼——イミト・デュラニウス。


「だから、これから先——姫様が困ってたり命が危なくなった時は一回だけ、あの馬の代わりに姫様を助けてやるよ」


「約束だ」


今さら取り戻す事も出来はしない罪。悲しみに暮れていた彼女を見つめやせずに、謝罪に慣れぬ武骨に不器用な言い回しで約束としてゆるやかな勢いでマリルティアンジュの眼前に拳の誓いとなって突き付けられる。



「——では、いつか……私とカトレアに、美味しい魚の料理を振る舞ってくださいイミト様。先ほど頂いたアップルパイもあれば嬉しいです」


「約束です」


恨みはある。憎しみもある。悲しみも当然あって、行き場のない怒りは身をむしばんでもいた。彼女は彼を決してゆるしはしないだろう。あの時の彼の行動を好ましく思う事は永劫えいごうとして無いのだろう。



それでも彼女は、むくいよと言った。


この先も生きて、生きていけと彼の拳に拳を優しくぶつける。


「そいつぁ御目が高い。俺は魚料理が、一番の得意分野だ」

「——それはとても、楽しみですね」


目指すべき和平の足音は、もうすぐそこまで迫っている。


全ての罪と、全ての憂い、紡いだ約束を背負せおい、彼らは——彼女らは未来を見据えて。


——。


そうして、いずれ来る時に向け、再び動き出した物語。



「イミト。さっきまで姫様と何を話してた?」


城塞都市ミュールズの護衛騎士団らしき一行が、重々しく姫と挨拶を交わしている傍らでイミトの服の裾を引っ張り、少し離れた場所でヒソヒソと会話を始めるセティス。



「あ? 別に他愛も無い世間話さ、いい天気ですね、そうですねってな」


まだ信用も出来ない騎士団の存在を注視して居たかったイミトではあるが、セティスの急いでいる様子に疑義を漏らしながらも彼はセティスの問いに答えた。


すると、覆面を脱いだティスの三白眼さんぱくがんの視線がイミトにジトーっと真っすぐ飛んできて。


「……すごい嘘臭いけど、ミュールズに着いたら姫様にこれまでのように振る舞っては駄目。不敬罪で死刑も有り得る」


どうやら彼女は、そこに居て姫と会話を交わしている騎士団よりもイミトの事を信頼していないようである。身分や立場など、これまで一切合切に軽んじて蹴飛ばしてきた経歴をおもんばかるにそれは仕方のない事なのだろう。



「流石に分かってんよ。こちとらエプロンのひもでも締めて立ち回るつもりだ」


念には念を入れて釘を刺しておかねばならない。茶化すイミトの不満そうな顔色に安穏あんのんとは過ごせない予感が、セティスの心の不安に拍車を掛ける。


しかし——、

「言葉遣いも——」


時は心の準備も待ちやしない事は、これまでの人生経験からも明白で。この時の、これからの出来事もまたそれを心に刻み込むような出来事の一幕なのであろう。



「君が窮地きゅうちの姫を助けたという冒険者か」

 「……」


ガシャリガシャリと鎧の関節部を打ち鳴らしながら、威風堂々と話し掛けてくる騎士が一人。その威厳、見るからに姫を迎えに来た騎士団の頭目だと思え、釘打ち中のセティスも思わず言葉を途絶えさせて時の少なさを呪った。



だが、そんなセティスの心配は杞憂きゆうに終わる。


「——ふぅ……確かに私が姫を救った女騎士から姫を託された冒険者だが——その前に、そちらが名乗るのが礼儀だと思うのだが。教養のない旅の冒険者ゆえ、礼儀違いがあったら申し訳ない」



「——⁇(誰、この人)」


セティスの一歩前に出て、礼節丁寧に一礼——頭を下げる一人の黒い男。そこから白黒の髪を風に揺らし、爽やかに自虐しながらも真っ向から騎士に対峙するその男は、先程までそこに居たはずの悪童と全く同じ格好をしながら彼らしくもない口調で言葉を並べていくのである。



「これは礼儀を欠いた。私はミュールズ護衛騎士団の団長を務めているリオネス・クリューゲルだ、非礼を詫びた上で是非、貴殿の名をうかがいたい」


「こちらこそ、若輩じゃくはいが差し出がましい物言いだった。私の名前はイミト……イミト・()()()()()()と申します、リオネス護衛騎士団長殿」


「……」


男の名は——、イミト・デュランダルと言った。


彼には【()()】という奇々怪々な特技があったのである。


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