嘆きの峡谷。2/4
「殺せは無いだろ‼ 茶目っ気あふれる子供だまし程度で‼」
「オオオオオ‼」
ガシャガシャと鎧を鳴らして走り出したデスナイトの咆哮に対し、クレアの極論ぶりに異議を唱えたイミトではあるが、静止させて話し合う時間などは微塵もなく、振り上げられたデスナイトの大剣に意識を集め、躱すことに全霊を込める。
「ぶっとい大剣だな、クソ……コンプレックスの裏返しかよ」
デスナイトの振り下ろした大剣を避けるべく後ろに飛び退いたイミト。
「からの、タックル‼」
だが、戦いの号令が掛けられたデスナイトが遠慮することは最早なく、続けざまに鎧を盾に肩をイミトに向けて猛烈で瞬発力のある突進をした為に、イミトは緊急回避と真横の岩や砂利ばかりの河原に横転した。
「っつ~、転がるのもタダじゃないな、小石が食い込む」
『鎧を着込まず軽装などと小洒落ておるからそうなる』
即座に問答、しかしクレアの言動と共にデスナイトの追撃は止まず、イミトはそれを何とか飛び退いて躱しながら、咄嗟に拾っていた石に不満を込めて投げつけるしか出来ない。
「正論を投げてくるんじゃねぇよっ‼」
だがやはり、イミトが投げた石はデスナイトの兜に弾かれ、何の痛みもない様子なのである。
しかし、その事実は光明でもあった。
「……視覚共有してねぇな。魔力感知で位置と動きだけ確認して操作してると見た」
『む……それが判ったから、どうしたというのか‼』
小石を投げた際のデスナイトの反応と、クレアの言葉によりデスナイトという戦術の不安要素を考察したイミト。
しかし、そんな事は些末な弱点だと、クレアは更にデスナイトを動かし始めるのだ。
「オオオオオ‼」
確かに、それは——ほんの些細な綻びであったのかもしれない。
けれど、イミトにとっては紛れもない活路であった。
「こうすんだよ、【百年利子・裏帳簿】」
『魔力の煙だと⁉ 小癪な目暗ましを‼』
故にイミトは施策する。これまで掌に灯していた黒い渦を出来得る限り周囲全体へと黒い噴煙のように広げ、魔力感知よって形成されているクレアの視界を塞ごうとしたのである。
そしてその策の一段階目は成功とそういって相違ないのだろう。
「——……視界を塞がれたら、思わず視界を取り戻そうとするのが世の道理」
一瞬の暗闇に戸惑うデスナイト、二段階目の策は同時に進行していた。
『——上か⁉』
デスナイトの大剣が引き起こす暴風で散る黒煙、しかしイミトはその範囲に居らず、直観的にクレアはイミトの位置を察する。
確かに、彼はデスナイトの頭上に存在していた。
「今回限りの大放出だ【千年負債・バージョン……——】」
恐らくは黒い煙を噴き出すと同時に、天井を突き抜ける様に凄まじい跳躍で空に向かったイミトは、クレアのデスナイトによって黒煙が振り払われた瞬間に跳躍の最高到達点に達し、天に掲げていた両手に先程までよりも勢いのある黒い渦を掌に滾らせる。
そして、
「【年度決済‼】」
「ついでに、ポールのダンスも見せてやろうか」
一瞬にして遥か下の地面——ひいてはデスナイトを貫くべく、延々と長い黒い槍を創り出すや、物の見事に支柱が如く直立に突き立てられた槍を足場に、器用に空中にも斜めの姿勢で静止する。
しかし、結果として黒槍が貫いたのは地面のみ。
『……ぬるいわ。愚か者‼』
すんでの所で槍はデスナイトに躱され、恐らくはクレアの操縦によって反旗を掲げるが如くデスナイトは大剣を空中の槍の傍ら斜めに立つイミトへ向けて大剣を投げつけたのだ。
「だろう——なっ‼」
それでもイミトは動揺しない。予想の範疇、既定の路線だったと言わんばかりに彼は支柱となった槍の柄を片手で掴んだまま螺旋を描くように柱を降りつつ、飛来する大剣を螺旋回転の勢いある流れを利用して蹴り飛ばす。
「それで? デスナイト経由で武器は作れんのかい、クレア様‼」
『武器とは——、武技があってこそ武器なのだ‼』
デスナイト経由とはいえ、本腰を入れて対峙するクレアとイミト。互いに不敵な笑みを浮かべ続け、何処か楽しげ。
続けざま、追い討ちをかけるようにデスナイトが放った巨岩の回転を目撃したイミトは柱の槍を手放し、今度は己が扱い易い長さの槍を再び創り出して、これ見よがし。
「岩を砕くに、躊躇いは無い‼」
『それが甘さだと、言っておる‼』
やがて至れる決着の幕開けを、イミトは岩を砕く己の槍の嘶きが、それだと言った。
だが、岩を砕くと同時に視界に入るデスナイトの突進。
更には——
「隠しナイフ‼ クソ——‼」
事前に、イミトと戦うその前から懐に忍ばせていたのだろう短剣の鋭い黒の煌き。その短剣を防ごうと躍起になって槍を突き出したイミトだったが、経験の差か——その悪あがきを看破していたクレアの知恵により、短剣はイミトの槍を防ぎ受け流す事のみに使われ、デスナイトは空中を舞うように体を捻らせ、姿勢の崩れたイミトとのすれ違いざまに強烈な踵落としを食らわせる。
「……ゴホッ、加減はあっても……ヌルさはねぇか」
「オオオオオ……」
地面に跳ねて転がったのも相まってイミトが受けたダメージは相当のものであるようだった。衝撃を吐き出すように漏らした咳には体液が混じり、河原の砂利や小石を湿らせて。
イミトより遅れて地面に降り立つデスナイト。先ほど投げて蹴飛ばされていた大剣を拾い上げ、骨身の顔——眼底の内に光る赤い双眸で背後のイミトを侮蔑する。
『ふん。どうやらここまでのようだな、意固地に槍などと雑兵の武器など使わず、素直に剣の指南でも受けておれば、打ち合いの一つでも出来たであろうに』
「言ってくれるな。確かに、その馬鹿デカい剣を受け止めきれる硬さは無いが、間合いも速さも小回りも、こっちの方が、歩があるかも知れねぇぞ」
『ふふふ、であれば……試してみるか?』
『「……」』
それでもイミトは立ち上がるのだ。悔しさに砂を握り、改めて槍を手に取り、挑発めいた物言いのクレアに立ち向かう。
ジリリ、緊迫の空気の中——嘆きの峡谷はとても静かな風を贈った。
——その時だった。
一発の銃声が空気を切り裂き峡谷内に木霊する。




