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戯れに戯れて。3/5


 マリルティアンジュ姫と騎士カトレアは、城塞都市と呼ばれるミュールズという街で行われる現在地ツアレスト王国の西方に位置するアルバランという国とのいさかいを治める為の和平調印式に向かう道中である。



その旅路の途中、和平をこばむ勢力に襲われ、窮地きゅうちに立たされていた所にイミト達と出会い、様々な思惑もあって彼らの助力を得ているのであった。



しかしながら、そんな関係に際し、ここに来てクレアは少し不満を吐露とろするに至る。


「だいたい時間が足りぬのは、貴様らが隠れ里の村人どもを丁寧に埋葬まいそうしておったからであろう。あれで半日は無駄にしたでは無いか」


数日前に立ち寄った、とある惨劇が繰り広げられたのであろう隠れ里での出来事についての思い出を振り返りながら眉間にシワを寄せる頭部だけの存在は、人情の欠片も無いように息も吐いて。



「そう言うなってクレア。戦いが近くてピリピリする気持ちも分かるけどよ」

 「ふん。別にピリピリなどしておらぬ」


気長に旅を楽しむ傍らのイミトの楽天的な言葉と頭を撫でようとした手を、操れる白黒の髪で諸共もろともに叩き払い、明らかに不機嫌な様相。


そして彼女は思い出したように言った。



「それよりも貴様だイミト。分かっておると思うが、城塞都市に張られておるだろう結界のせいで、魔物と感知される恐れのある我は何か騒動が起こらぬ限り、城塞都市の中には入らぬ方が賢明」


遊興ゆうきょうと思えた姫の行動からイミトへと言葉の矛先ほこさきを変えて、説々とこれまでとこれからの状況を整理して伝えゆく。


「恐らくそれは半人半魔のカトレアや、魔族の一種、メデューサ族であるデュエラもであろう」


「姫を直接、城塞都市に届けられる者は魔女のセティスと恐らく貴様のみ」



「最後のめほど油断する時は無い。分かっておろうな」


なかば説教を交えた己の不甲斐なさをも自虐する物言いには、ささやかな不安と危惧きぐが見て取れて、それはイミト自身も感じていた物であった。



「……それなんだよな。俺だって一応は半人半魔なんだぜ? バレちまわねぇかな」


故に吐く息は重く、頭の中にその心持ちの重さを登らせたままに蓄積し、イミトは首から上を項垂うなだれさせるのだ。自らの脳裏に無い知識がもたらす問題に、何一つと気分を軽やかにする事が出来そうな爽やかな解決案を導き出せぬままでいて。


すると、そんなイミトに対し、馬車内部の対角線で話を聞いていたセティスが声を漏らす。



「それは私が保証する。クレア様との繫がりが途切れる範囲外で魔力を隠したイミトは、ほぼ人間と同じ反応。多くの街に張られている魔術式結界と同じもので試したから間違いない」


「いや、だからよ……そのほぼってのがだな……」


セティスが放ったのはイミトのうれいを晴らそうという進言。しかしそれでもイミトの不安をぬぐうには足らず、無知が未知に挑む姿勢は整わない。


だが——それは不安をあおったクレアの意図する話の向きでは無かったようだった。


「バレるバレないの話では無いわ。馬鹿者どもが」


「正体が明るみになった時、或いは他の急を要する事態になった時、貴様が何を置いても我らと合流できるかという話よ」


和平調印式に潜入し、姫を警護するという目的などは彼女にとっては些末な事と言わんばかりに言葉を並べ立て、尚も苛立ちを眉根に寄せて頭部だけの彼女は徒労とろうの息を吐く。


「ああ……そっち方面の話な。そっちも自信が無いんだよなー、俺はこの国の兵士がどのくらい強いかも知らないし、どっちにしろ不確定要素が多すぎるんだよ」


己の人命が第一、クレアの言葉の裏に含まれる主張に対し、イミトが返したのは面倒事を思い出したかの如き頭をワシャワシャと掻いて露骨に面倒そうななまけた声だった。


「特に貴様は意味もなく人間を殺すことを躊躇ためらう甘さが見て取れる。この間のような操られた死体ならばいざ知らず、生きた兵士たちに武器を振るえないのではないか?」



「それは甘さじゃねぇよ。優しさだ。人間愛と言っても良いな」


詭弁きべんを申すな白々しい。この死にたがりが」



すべからく二の次——、そんな何に重きを置いているかを悟らせないイミトの軽い言葉の上澄うわずみに、苛々とつばを吐くようにクレアは断じる。


「貴様は己を卑下し、自分より他人の命の方が世の役に立つから生き残るべきなどと考えておるのだろう。他人の未来など捨て置き、自分の未来に賭けられぬ事を我は貴様の弱さと言っておるのだ」


魂の繋がる片割れの自暴自棄を看破し、嘆きを腹立たしさわずらわしさに変えて言葉にするクレア。これまで散々と見せつけられてきたイミトと言う男の()()()()()()生き様の背骨を叩くようであった。


しかし、そんなクレアの願い混じりの言葉に、


「……ま、どちらにしろ。抵抗はするよ、事前の打ち合わせ通りに危険を感じたら強引にでも撤退。姫様は身分がしっかりしているから、たぶん街にさえ入れば一安心だしな」


彼は答えを返さない。言い訳がましく話の路線を逸らしつつ、馬車の揺れのせいにして首の骨を鳴らして見せるばかりであって。


クレアの白黒の髪が僅かに波逆立った気配がした。


そんな走る険悪に際し、


「——最悪、私一人で姫様を連れてってもいい。確かに、私はイミトのように立ち回れないだろうけど人間の魔女である私なら、リスクなく街に入れるから最低限の物資の補給とレザリクスの情報は集めてこれる」



馬車内に巻き起こりそうな喧騒を危惧して、会話に入ったのは覆面の魔女セティスである。彼女が放ったのは、そもそも論として根底を覆すような解決策であったが、



「いや……多少のリスクは負わねぇとな。それに今回の件、リスクもデメリットも後々に良い感じの効果が出てくる可能性が高いからな」


イミトはそれを拒絶する。とはいえ、セティスが自身とクレアの会話に割って入り、多少なりとも雰囲気が好転するきざしが見えた事について感謝をしている様子で、言葉こそ否定ではあったが声色は穏やか。



そしてクレアもまた言葉のほこ退き、静やかに次の話題へと話の向きを変える次の言動を放つ。


「そこでだ。貴様の立てた方針には納得しておるが、不安要素をそのままにしておく義理は無い」


「——あ?」


——あ。イミトは恐らく予期していなかったと共に、理解も出来なかったのであろう。そのクレアの言動を脳裏に取り入れ、理解しようと反復して整理しているかの如く彼女を見つめたままに体を固まらせている。



——冒頭の時へ、じわじわと話が戻ろうとしていた。


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