陰謀論。3/3
「それに——あの仮面の女の殺意は明確であった。傭兵や短時間の洗脳でアレほどの殺意は出せんであろう」
「んで、お待ちかねの三つ目。姫さま、或いは俺達を殺すという目的に無条件で協力できる程の理由がある人間の場合だ」
——故に、彼らがその結論に行き当たるのは自然な事だったのだろう。
「自分を神だと名乗る荒唐無稽なルーゼンビフォアの話を信じつつ、即座に協力できる程の理由を持った人間といえば——」
三つ指を鎧の左腕の先に形作り、体を起き上がらせたイミトは雑多に台所の床に座り直して言葉、或いは結論を意味深に途中で区切る。
それは——、
「——ルーゼンビフォアが、この世界に転生させた異世界転生者。それも我や貴様に相当の恨みを持つ関係者の可能性は高い」
彼女の己の予想考察に差異が無いかを見極める為のもの。その旨を即座に理解したクレアの態度を見れば、紛れもなく二人の仮説は一致しているようだった。
そしてその先も、なのであろう。
「だが、我の方はレザリクス以外の人間とは関係が薄い。奴との繋がりを求めて姫の暗殺を試みた者を助けた所を見れば、あの時点ではルーゼンビフォアとレザリクスは、まだ深くは繋がっておらんだろう。奴の別の配下という事もあるまい」
「レザリクスの部下も単独で動いてて、仮面の女も互いに見向きもせずに撤退してたから以前からの知り合い、事前に組んでいた共闘関係って感じでもなかったもんな」
ダラダラと続けている話も大詰め、クレアの言い分に立ちあがる途中の屈んだままの姿勢で言葉を返し、薄弱な可能性を潰していく。
「となると、だ……」
「俺の関係者……って話に跳びかねないって話か」
そうなればやがて至るは消去法。色の濃い薄いも然してない虚構に組み立つ陰謀論、その中でも否定の根拠の乏しいものが、有り得ないとは思いつつ必然的に浮上する。
「——生前、俺の周りで俺より先に死んで俺を恨んでいる人間に心当たりがあると言えば、身内くらいなんだが」
「ユカリのような異世界転生者が存在していた今、何が起きても有り得る話となったという訳だ」
異世界転生など御伽な御伽話の中の稀有な事例。そんな偶然が同じ一冊の本の中で何度も軽々と行われてたまるかと、自らの身に起きた事故に感じ始めた濃いや濃い濃い陰謀の薫り。
頭の付いた砂埃を払う手すらも疑り深く、手を止める。
「——……イミナ、なんだろうな」
彼には——以前、彼が居た世界には血を分けた家族、妹が居たのである。
寂しげに、久しかりし名を口ずさむイミトの表情は、笑みとは言えぬ嗤いばかりが尚も浮かぶ。自分の他にも存在した異世界転生者、加えて自分に縁深きものの存在の可能性を問われれば嫌でも浮かぶその記憶の数々に、重い息よりも多くの感情が漏れ出ているようで。
「貴様の妹……それならば、ルーゼンビフォアが早々に我らを襲撃した事にも納得がゆく」
「奴は裁判で貴様の過去を知っておる。妹との思わぬ再会に貴様が動揺し、殺すに容易いとでも考えたのであろう」
「ああ……お涙がちょちょ切れそうだよ」
瞼を閉じたクレアの物言いに、改めて後頭部に付いた砂埃を払いのけ、腹立たしさを抑えつけている様子のイミトは自嘲の笑みをこじらせる。
そんな彼に、彼女は尋ねた。
「——……殺せるか、妹を」
さもすれば、呆れてしまうような重苦しい口調の心配だったのかもしれない。
「……殺せるさ。俺が死んだらお前が死ぬしな」
と、真っすぐに己を見つめるクレアの眼を見つめ返し、彼は呆れた様子で瞼を閉じて肩の力を抜くように言葉を返すのだから。
「ふん……その言葉が強がりでなければよいが」
「まぁ安心せい。貴様の妹だろうとなんであろうと、我もむざむざ殺されてやる気も無いのでな」
そして、続けられた会話も彼女なりの励ましであったのだろう。開き直った声色でイミトを嘲るが如く彩る音響は、二束三文ほどの気遣いを持つ意味合いで解き放たれ、イミトの心に染み入っていく。
イミトは思わず笑ってしまった。
「はは、相手がレザリクスでもか?」
あたかも売られた喧嘩を安銭で買い占めるように、彼は意趣返しにとクレアに縁が深い人物の名を皮肉めいたゴキゲン口調で口にする。
「……無論よ。我が死ねば、貴様も死ぬのでな」
「ま、安心しろよ。レザリクスも俺が殺してやるさ、男に興味は無いんでな」
「「……」」
廃の隠村の片隅の住居にて、息を殺した暗黙の雰囲気。
二人で一人のデュラハンは別個の意志を持ち、互いの心中にそれぞれの人を想う。
その感情が憎悪か、悲哀か。この場で語られる事は無く、ただ虫の羽音も無い村の中、それ以上語るべからずという剣呑な雰囲気ばかりが空気を伝い、音となる。
しかし、
「んじゃあ、まぁ——とりあえず飯にでもするか。材料もそこそこ集まったし」
「ふん。それで今回は何を作るつもりぞ」
そのままでは明かぬ埒。ようやく時が動き出したが如く、イミトが気の抜けた声を漏らしながら首を労わり、テーブルのクレアの頭部を拾い上げて。
語る言葉は、いつも通りの日常会話。
「食用油もあったし、揚げ物と、やっぱり、うどんにでも挑戦してみるかなと思ってる。干しキノコと魚の干物でどんな出汁が出来るか次第だけどな」
魔力で創った黒い布と黒い紐で束ねた保存食やら調味料を右手に担ぎ住居の外に進む旅路。ゆっくりと、肩で開く木製扉が歪に鳴って。
廃の隠村に降り注ぐ光が増した。
そして、
「ほう……出汁か……馬車の中で貴様が手を白くして作っておったのは使わんのか」
「ああ。アレもそろそろ良い頃合いだな、アレは別の料理に使う。それと、うどんだな」
「ていうか、ここ二、三日で飯に興味津々だな、作り甲斐があるぜ」
「う、うるさいわ‼ 馬鹿者が……」
迫りくる陰謀など意にも介していないように、彼らは再び日常へと帰還するのである。それがクレアの言うように、ただの強がりか、真実なのかは、やがて来る争いが雄弁に語ってくれる事だろう。
——。
そしてその頃合い、とある場所の大理石の床にも足音があった。神の父であるが如き白衣荘厳、足首まで覆う裾と大理石の床による衣擦れを囁きながら、広大な建物の廊下に明確に足音は有り余る静寂を切り裂く男の足音。
男の向かう道に沿うように左右に並んで頭を垂れる人の数は、神への信仰と男の権力の証なのであろう。やがて男は、先んじて開かれた扉の中に足を踏み入れる。
そこはどうやら、応接室であり、男の執務室のようだった。
「初めまして、リオネル聖教最高司祭、レザリクス・バーティガル。私はルーゼンビフォア・アルマーレンと申します」
その部屋で待ち受けていたのは、清浄な白光溢れる空間に眼鏡を煌かせる美しい女。
一見すると執務室で働くスーツ姿の秘書であるかのような格好であるが、そう思わせない尊大さが、部屋のソファーでティーカップを啜る姿に見て取れる。
そんな女の無礼を一瞥し、厳格な顔色のまま部屋の奧へと足を進めるレザリクス。
「——部下から話は聞いている。ソチラは?」
「……」
部屋の奧に足を進めるとこれまで死角になっていたルーゼンビフォアが足を組んで座っているソファーの端に、椅子に座る事もなく体育座りで床に座り、俯く少女の姿がある。
「こちらは私の部下です。少し心を病んでいますが、お気になさらずに」
「泣き声が……泣き声が……まだ聞こえる。ふふ、ひひひ……」
少女の名はイミナ。しかし彼女は部屋に入ってきたレザリクスに目をくれる事もなく、あたかも世界に己一人であるかの如く俯いたまま声を漏らし続けていて。
「……なるほど、混ざっているな」
「ええ。貴方の部下や……娘と同じように」
その様子から彼女の容態を看破したレザリクスに、ルーゼンビフォアは妖しく笑い、彼女の狂ったボサボサの頭を愛おしく撫でるのだ。
「……それで——話とはなんだ」
「ふふ……もちろん、貴方の計画への協力の申請とクレア・デュラニウス。その仲間たちについてのお話ですよ」
「——……やはり、封印は解かれたか。良いだろう、どうやら全てはお見通しのようだ。話を聞こうでは無いかルーゼンビフォアとやら」
「頭が高いですが、今は良しとしましょう」
同じ頃、イミトらが虚構として組み立てていた仮説、陰謀論が拍車を掛けて動き出す。まさしく彼らが予想したとおりに、歪な音を立てながら。
そんな中、身を捩るように己を強く抱きかかえ、
「イミト……兄さん……ふふ、ひひひ……今度はちゃんと——一緒に死んであげる……ひひひ……だから、泣かないで……」
彼の妹は瞳孔を開いたままに、狂い流れる涙を垂れ流し、彼とは違う嗤いを魅せる。
——。




