陰謀論。2/3
やはり村の中は酷く物静かで、息づく命の一欠片も感じさせない雰囲気だった。
終末の向こう側、イミトは目に付いた村の住居の戸を開き、中を黙々と覗く。
「……おかしなものだなイミト。貴様が村にきて真っ先に飛びつきそうな食事の材料集めに気を取られんとは」
すると、そんなイミトに満を持してクレアは尋ねたのだ。
クレアは感じていたのである。先ほどからイミトが《《らしくない》》振る舞いを続けている事を僅かな感情の機微から見て取って。
「おかしな事があったかね。腹が空いてねぇから、そういう態度になっただけだろ」
「おかしな事といえば、この村には子供が居ないんだな。地下で実験材料にされたみたいな子供なら何人も居たが」
「誤魔化すでない。ろくに村の探索もせずに昼飯を作ろうとしておったろう。ここ数日で貴様の事は概ね掌握しておる、隠し事は出来んぞ」
やはり語っておかねばなるまいかと、素知らぬ顔をして住居の中に入ったイミトに対し、クレアは辟易と息を吐き、話を推し進める。
けれど、
「お、干しキノコだ。良いね、出汁が取れそうだ」
尚も彼は知らぬ存ぜぬと交わらぬ言葉を漏らし、場を凌ごうとした。
——これまでと同じように。
「……そんなに妹の事が気になるか」
だが、クレアが意味深い突拍子も無い言葉を重ねればそうもいかない。クレアを抱える左腕にも僅かに走った動揺が、あたかも致命的で。
そうだ、それが避けたがった空想。悪が頭に付く夢想。信じ難い虚構。
「——……どうかな。まだ確証がある訳じゃない、クソみたいな匂いのする御伽話さ」
楽しげに持って居た干しキノコの束を、だらりと床にぶら下げて彼は己の弱さを嘲笑う。向き合うべき事実から逃げてきた、見つけてしまった可能性から逃げてきていた自分を追い詰めてくれるのかと感謝するが如く嗤うのだ。
甘味の無い苦みに、心中の鬼ごっこに息切れて疲れていた心が、触れられて、終わりの調べにホッと一息。
「神ミリスとの迎合の後、早過ぎるルーゼンビュフォアの襲撃、現れた謎の仮面女。果たしてルーゼンビュフォアはレザリクスの企みを初めから知っておったのか」
「レザリクスの仲間を救い、接触を試みる為に仕方なく我らを襲撃したのか……或いは、我らを襲撃しようとした所に、先の騒動が起こりレザリクスと手を組むことにしたのか」
「もし、我らが考えていた前提が違っていたとしたなら何故に奴は、こんな早々に我らを狙った」
「……」
話したくもなければ、話したくもあり、否定したくなければ、否定されたくもあり、二律背反の矛盾が村の住居のテーブルに重いクレアの頭部を置かせ、イミトに反論する気力を起こさせない。
家事場の台所で使えそうな食材を目利きで吟味しつつ、彼は彼女の言葉を聞いていた。
「それは——我らに勝つ算段があったからか、何かしら他の思惑があったからであろう」
「そして違和感の残るバンシーの痕跡と消失。村人は、死後……二日程度の状態であった、ここは先の騒乱の現場であったアウーリア五跡大平原の近く」
論理的に話を筋立てていくクレアの言い分、やがて彼女は瞼を閉じて投げかける。
「ここで一つ。バンシーの行く先に考えを巡らしてみようではないか」
改めて開かれた双眸には、イミトの心に深く突き刺さる力があった。考えろと言った矢先、既に結論が出ているような真っ直ぐな瞳。
それが、イミトが堪えていた諦めの溜息を吐かせるのである。
「長々と……回りくどいこったな、クレア」
「バンシーと人間の結合……半人半魔化だろ? 俺やお前……カトレアさんとユカリみたいに」
自らのらしくなさを棚に上げ、真綿で首を絞めてくるような会話を積むクレアの《《らしくなさ》》を指摘しつつ、腰をクレアの頭部が置かれたテーブルの上に乗り上げさせる。
ようやく彼は覚悟を決め、腰を据えてクレアと対話する事にしたのであった。
「うむ。それならば、全ての辻褄が合う。奴の力であろう瞬間移動の魔法で移動の時間は考慮に入れずに済むからな」
「ここで行われておった実験……人工の魔物バンシーの創造を、ルーゼンビュフォアは利用し、自分の配下に加えた人間に結合させた」
「その強さを確かめる為の襲撃だったって言いたいんだろ?」
それでもイミトは、出来る限りクレアに語らせようと、ジッと彼女の話を聞きつつ言葉の意気を効率よく合の手を入れるのみに留めて。
手遊びの如く、干され萎びたキノコを右手で弄ぶ。
「ふん……誤魔化すなと言うたであろうが。その先が分からぬ貴様なら、もう少し機嫌よく饒舌であろうよ」
「はぁ……俺の口から言えってか。別に良いけど、この干しキノコをテメぇの口に突っ込んで良いか? 腹いせに」
そんなイミトのザマをせせら笑うクレアに、重い溜息を吐くイミト。
「いつも小生意気な顔で無駄口を叩いておるからな。たまには貴様自身が身を傷つけるような推理を口にするが良い——ふごっ⁉」
「森クサイ‼ 何をするか貴様‼」
「あぶべっ⁉」
彼はクレアの口へ宣言通りに干しキノコを押し込み入れて、髪の拳による反射的な暴力を喰らうに至るのである。そしてイミトは腰を置いていたテーブルから落ち、台所の床に腰を打ち付けて倒れ込んだ。
しかし、
「……ルーゼンビフォアの性格は最悪だ。他人の不幸を喜び、率先して嫌がらせするくらいにはな」
殴られた頬を撫でながら、彼は起き上がりもせずに全身の力を抜いたまま言葉を紡ぎ始める。天井を見つめる眼差しは遠く、語り始めた言葉はクレアが唆した《《奴等》》についての考察に違いない。
「仮に、仮面の女がコッチの世界で手下に加わった人間だとして——その手下は、なんでルーゼンビフォアの手下になった?」
「考えられる事は幾つかあるが、まず一つは金。確かにルーゼンビフォアは金貨百枚を持ってるからその線も薄くはない」
お望み通りと、クレアにも見えるように鎧を纏う左腕を床から掲げ、指先を一本だけ立てた姿は虚しく機械的でありながら人間味に溢れていた。
「二つ目は、ルーゼンビフォアを神と信じさせ、忠誠を誓わせた場合。これも無い話じゃないが、時間的にそこまでの忠誠心を植え付ける事は無理だろうし、金で雇われたってのを含めて、そんな不安定で不確かな奴を早々に俺達とぶつけるとは思えない」
そうしてイミトは二本目の指先を立てた頃合い、何もかも面倒になったと言わんばかりに腕の力を抜いて自然に身を任せるように床に再び鎧の左腕を寝そべらせて。
「俺はともかく、デュラハンのクレアに生半可な敵は通じないのは分かっていそうなもんだからな」
「うむ。我もそう思う、もし前述の二つの内のどちらかで歯向かってきたとしたなら、奴は相当に我らを馬鹿にしておると見てよいだろう」
彼は、彼らは考えていた。嫌悪と苛立ちを織り交ぜながら己らを取り巻く世界の情勢と、歪に蠢く陰謀の矛先を。
過去を振り返り、情勢の挙動が残した痕跡を僅かでも拾い上げて。




