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異世界転生者。3/4


だが、その事実について想いせる前に時は少しさかのぼる。


ユカリ・ササナミは激情に駆られる己を抑えつけるようにカトレア・バーニディッシュの腕を床に叩きつけていた。


「私は——、ルーゼンビュフォアに騙されたんだピョン‼」


「アイツ、私を刺し殺した奴と見て見ぬふりをした奴を地獄送りにする要請書を書いたら異世界に転生して何不自由のない生活をさせてくれるって言ったピョン」


何度も、何度も八つ当たりで一心不乱に床を叩き、惨劇が行われたであろう赤い魔法陣の部屋に愚痴をさらしていて。



「……その時点で、どう考えても自業自得の薫りがする感じなんだが」


それを聞かされていたイミト達を呆れさせていたのである。



「んで、ユカリ……さんは、なんで死んだんだ? 刺し殺した奴って言ったよな、理由はなんだ? 俺みたいに駅に現れた頭のイカレたクソに首でも刺されたのか?」


けれど場末の飲み屋じゃあるまいし、一方的な愚痴ばかり聞かされていても時間ばかりが無益むえきに過ぎていくと肩で息を吐き、イミトはそれなりに気を遣いつつ質問を投げかける。


それが自身を更に辟易とさせる質問である事を覚悟しながらに。


「……ユカリで良いピョン、ニンゲンとして生きてた時の年齢では年下ピョン」


「別に私自身は特に何も悪い事なんかしてないピョン。ちょっと皆のノリに合わせてからかっただけで、頭のおかしくなった同級生にナイフで刺されたんだピョン」



そして、それはイミトの予想通り——彼の中で反吐を込み上げさせるような代物であったのだろう。ユカリの言い分を聞き、イミトは場がしらけたようにかがんでいた身を起こしながら溜息を吐き捨てる。


「完全に有罪だな。イジメてたヤツにやり返されたんだろ? それで刃物を持ち出す奴も大概、イジメられて当然のクソだとも思うがな」


「どいつもこいつも刃物を凶器にしやがって」


彼の趣味は料理である。そして料理は、これまでの彼を彼たらしめている大きな要素の一つである。具材をさばき、食材をいろどってきた男の性分しょうぶんが不機嫌を吐露とろさせたのは仕方のない事なのかもしれない。


彼にとって刃物は、料理を作る為の崇高な道具であり、楽しい玩具であって。

決して、怒りで人を死に至らしめる為の凶器では無かったのだろう。


「そりゃ……少しは反省してるピョン。でも、別に私が主犯って訳じゃないし、止めたら私がイジメられるかも知れなかった、ピョン」


故に、イミトの不機嫌は止まらない。更に殊更ことさらに輪をかけて——


「わぁお。知ったこっちゃない素敵な理由だな。悲劇のヒロインっぽくて反吐が出るぜ」


ユカリの——否、けだものの弁明がイミトの不機嫌に拍車はくしゃを掛ける。

それらの理由を、この場でイミトの傍らに抱えられるクレアだけが知っていた。



「——貴様の女の趣味は母親に似ているか否かで決まるようだな、イミトよ」


恐らく、彼女はイミトとは対照的に上機嫌だったのだろう。普段は飄々《ひょうひょう》と事の全てを軽んじて自分の命すらも他人事のように過ごす男の感情的な不機嫌が笑えて。


「高所から飛び降りて砕けた母の死体を蹴飛けとばすだけはあるものよ」

 「いい加減、人の記憶をアレコレ探るのを止めろクレア」



「ふふ。貴様が寝ずに我の暇を潰し続けるなら考えてやろう」


そして普段の仕返しの如く、彼が嫌がるであろう口数の減らない茶化しが行える事を心より楽しんで居られていたのだから。


すると、そんなクレアのゴキゲンに、

「ブラック労働って知ってるか? お前の大好きな厨二病患者ですら裸足で逃げ出す暗黒の秘密結社があってだな……」



水を差された怒りを諦め、心を引きずられるように普段通りの口ぶりになるイミト。


「どのみち、もうここは貴様らが住んでおった世界では無かろう。今更に悔いて責め立てた所で過去が変わる訳でなし」


そして気分爽快に満足したとクレアも会話を結ぶ。



「——ま、おっしゃる通りで。ここで会ったのも何かの縁だ、手を取り合って生きていくしかあるめぇな」


こだらぬこだわりで《《これまで》》を投げ捨て、諦観ていかんの息を吐いたイミトは気分を刷新さっしんし、話を次の段階へと進める。


それは、《《これから》》の事。


「さっき説明した通り、俺達はクレアの体を取り戻すついでに、ルーゼンビュフォア達の目的の邪魔をする。お前は少なくとも、その間、俺達の邪魔をしない」


「……それは分かったピョン。出来る限り協力もするピョン」


改めてと自分たちの要求を提示し、ユカリに再度の言質げんちを取る。二人のデュラハンに怯えつつ兎耳をキョロキョロと動かすユカリは、話の筋には確かに納得した様子。


しかし、彼女は恐る恐るとイミト達の顔色を伺いながら呟くのである。


「でも、この体の持ち主とは多分、仲良く出来そうにないピョンから期待はしないで欲しいピョンよ。言葉も通じないしピョン」


協力の意志はあれども、如何に協力すべきかは分からない、彼女はそれをカトレア・バーニディッシュと会話が出来ない所為せいにした。無論、それは確かに最大の要因ではあるかもしれない。けれど彼女はすべからく、それをその所為にしたのだ。


だが、そんな彼女のささやかな感情の機微きびを彼らがみ取るはずも無く、


「構わん。我らの邪魔さえしなければ何の問題も無い」


そもそも期待などしていないとすら、クレアに言い捨てられて。



「……もし断ってたら、どうなってたピョン」


故に、か弱き兎は赤い眼を不安の色で揺らめかせ、駆り立てられたように尋ねるべきではない事を尋ねてしまう。


欲しかったのは安堵であろうが、帰ってきそうな言葉は安堵では無いのだろう。

知っていた。不思議と兎の魔物は、ユカリ・ササナミは知っていた。


「ふむ。貴様をその体から引きずり出し、別の魔石を埋め込んだだけの事」


 「もっと意志の弱い奴をな。その場合、カトレアさんが死んじまうリスクも高くなるから出来れば避けたくてよ」


そして彼らは淡々と答えを漏らす。何の気なしに平然と、そこらの乾電池を入れ替えるだけのような希薄きはくさで。


「体を剣で貫いておいて、よく言うピョン……」


やっぱりそうかと嘆くユカリ。自らに降りかかり続ける因果な人生を呪いながら痛ましい記憶の残る胸を撫で、疲れ果てたと徒労とろうの息が絶える事もない。



「とりあえず、今日の所は体の持ち主に、さっき教えてもらった言葉を伝えて体を返すピョン。アンタらと話してると怖いピョンし」


やがて観念したように己の運命を受け入れ、別れの挨拶をするべく立ち上がるユカリ。前述のカトレアとの会合する展開へと至る道筋を辿たどる一幕である。


「出来るのか?」


「魔石での過ごし方は良く知ってるピョン。問題ないピョンよ」


イミトが安否確認の如く気遣うと、彼女は彼から視線を逸らし、慣れ親しんでいる地獄の道案内をするように言葉を返して瞼を閉じる。


そんな表情のせいか、ふとイミトは思い至ったのだ。


「ああ、おいユカリ。なんか食べたいモノがあるなら今の内に聞いとくぞ」

「……何の話ピョン?」


何のことは無い、細やかな日常会話を同じ異世界転生者のユカリ・ササナミに投げかける。


「前の世界の食べ物だよ、今は難しいかも知れねぇが、そのうち作ってやるって話」

 「美味いかどうかは別にしてな」


「——……そんなの、思い付かない……ピョン」


けれど、その優しさが残酷な問いであるかのようにユカリは寂しげに微笑む。

もう戻れない時代、世界。


気にも留めていなかった幸福な記憶が、残酷な現実と共に並走し、様々な感情を呼び起こす。初めから存在していなかったような、ただむなしく、想い出が掴み所なくてのひらをすり抜けていくような感覚。


「じゃあ、タピオカのミルクティーでも取り敢えず作ってやるよ」


それでも少し首を傾げた男の悪辣な微笑みは、


「——それは凄く、懐かしい——ピョン」


彼女を優しく眠らせる。


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