ハイリ・クプ・ラピニカ。2/4
そして一方、馬車の周り、村の入り口で待機する居残り組の中にも邪教と聖教の違いが判らぬ者がいる。
「反リオネル聖教? ですますか?」
悪辣な世間知らずと対極に位置する純朴な世間知らず——デュエラ・マール・メデュニカその人である。デュエラは、セティスが村の調査の過程で気付いた邪教徒の存在に対し、素朴な疑問をぶつけていた。
「——うん。この国で信じられている神様の教えとは違う教えを信じてる人たち」
「この紋章は、その証」
そしてその事について教鞭を振るうのは死体の調査をしながらの片手間のセティスと、
「ふぅん……なのですね。良く分からないのですよ、この人達が反リオネル聖教である事で、何故お二方サマは驚くので御座いますか?」
「……反リオネル聖教は、国家の転覆——今、この国を治めている王家を倒して新しい国を作ろうとしてる人たち。密かに行動して、いずれ起こす革命戦争の為に準備してる人たちだから」
政治の中心地に居るツアレスト王国の王女、マリルティアンジュである。
「まさか……このような場所に拠点があったとは思いもよらず、驚いているのです」
守られる立場とはいえ、一国の姫。辺りの村を見回し、記憶の何処にも無い村の存在に驚いたのだとデュエラに説明したのである。
しかし、純朴な少女は理解した。
その先の先までを。
「なるほどなのです。つまり、姫サマの敵なので御座いますですね」
「え、ええ……まぁ、そうなるのでしょうか」
「だとしたら死んでいて良かったで御座いますね、無用な戦いをせずに済んだという事なのですよ」
「——え?」
「え? 違うのですか?」
そしてその先は、虚飾に塗り固められている純白の姫君にとって、あまりに残酷な程に純粋な漆黒。呪いを覆い隠す顔の布と同じ、世界の色合い。
「……デュエラさんはジャダの滝の森で生まれて、独りで生きてきたらしい。姫様の考える倫理観を理解してもらうのは難しいと思う」
「因みに、私もデュエラさんと同意見。綺麗なドレスを着て育ってないから」
その色を知るセティスもまた、現実を温室育ちの姫へと突き付け、転がる村人たちの死体に顔色一つ変えずに向き合っていくのである。
——よって姫は、理解したのだ。
「……やはり、アナタ方も彼らの仲間……なのですね」
眉根を寄せ、嫌悪とまではいかない不吉を忌み、とても哀しげな顔でそう俯いて。
「別に殺したかったと思ってるわけじゃない。助けようもなく死んでしまった全くの他人に思いを寄せる時間は無駄だと思ってるだけ」
「……」
「とにかく、ワタクシサマ達は居るかもしれない村人を殺した敵にだけ注意していれば宜しいので御座いますですね‼」
——姫は祈った。
「そういう事。私は死体を調べたりするから、デュエラさんは周囲の警戒をお願い」
「はいなのです! 大丈夫、姫サマはワタクシサマ達がカトレア様の代わりに絶対に守るので御座います、ですよ」
——姫は祈ったのだ
「……ええ、ありがとうございます——……カトレア、アナタも無事で居てね」
最も恐ろしき、この者たちの頭目と共に歩んで行った愛しい臣下を——、唯一の味方の無事を——あらゆる無力感に晒されながら、ただ祈るしか出来ない自分を呪いながらに。
——。
そして僅かに時をずらし、村の探索を続けていた一行はといえば——
「邪教って奴のセオリーなのか、宗教や時代文化のセオリーなのか、教会って奴には隠し通路や隠された施設ってのが定番な訳で」
暗がりの地下深くへと続く石の階段を降りていた。
「……だからといって、こうもあっさりと見つけられては同情も沸くというものよ」
その階段はイミトが見つけたものだった。村の中心の教会の扉を蹴破り、入り口右にあった本棚にある隠しスイッチになっていた本を引き、怪しげな女神像を百八十度回転させる事で現れた隠し通路ではなく——、
それとは別に事前に見つけていた教会の生ごみ置き場から腐敗臭がしない事を察知した事を不思議に思ったイミトが見つけた隠し通路——ゴミ置き場に備え付けられた小屋の外れる壁板、人が一人ほど通れる隠し階段を進み、現在に至っていた。
教会内部の隠し通路か、外に隠されていた通路、どちらを進むのが正しかったかは最早、神のみぞ知ると言った所である。
「——反リオネル聖教の集会場だろうか? ずいぶん複雑な構造になっているようですが」
階段を進みながら手に持った松明で蝋燭の燭台に火を付けるカトレアは、先を進む夜目の利くイミト達に話しかけた。階段の最後の段差を降りた地下の環境といえば、四つの通路に別れ、それぞれが僅かに傾斜の角度を変えて幾つもの階層がある事を示唆していて。
その質問に際し、イミトは壁や床のタイルに目を配り何かを探っているようだ。
「村が見つかった時の逃走用と……何かの実験施設じゃないか? おったまびっくりな国家転覆とか狙ってたのなら、B級映画並みにありがちな話だ」
そして彼は何かを見つけたらしく、床のタイルに触れた手を腰の布地で拭いながらカトレアの問いに答えた。それから彼はカトレアが近づいてくる様子を鑑み、
「あ。そこ……色の違うタイルがあるから気を付けろよ」
「あ、ああ……これか」
「それから、その端っこの欠けてる壁のレンガな。色の違うタイルで気を引いて他を油断させてるんだと思うぞ」
「本当か⁉ 危ない所だった……凄いな、君は」
忠告を放ち、カトレアの足下を踊らせた。
「適当に言ってるだけだよ。気を付けようって奴さ。んで、この火を着けた形跡の無い燭台の割れた蝋燭の理由を考えると——ビンゴ」
更にイミトは壁に設置されている幾つもの燭台の中から異色を放つ一本に手を伸ばしてそれを動かすと、隠された部屋を見つけるに至る。
「って、中には何も無し、か……背後から侵入者を挟み撃ちにする為の小部屋かね」
しかし、隠し小部屋の中を確認しても言葉の通り何もない。まったく人の気配も魔物の気配もない地下の施設に拍子抜け、肩の力を抜かれ、イミトは頭を掻くのであった。
「……ここにバンシーが居れば、先に処理をしようかと思っておったが、ここでも魂の悲鳴とやらは響いて来ぬな」
「完全な防音設備がありそうな感じじゃないし、そもそも地下から声が響いて来ないなら村人が死んでいた事と辻褄が微妙に合わない所だ」
そんな男の、褒めても良いものかと迷う働きに、ようやくクレアが声を上げると、余りにも声が響く静寂の空間、イミトが相談もなく四つの分かれ道から選んだ真ん中左の少し地下へと進む道を歩みながらクレアに言葉を返していく。
「地上の村人の魂を回収した後に、地下に向かったという可能性があるのでは?」
「それも考えた。けど、地面が思ったより湿ってないんだよな……」
カトレアもその会話に参加し、この地下施設と謎の集落について考えを巡らせていると、一本道だった通路の先に大きな扉が見えてきて。
——その時だった。
「——待て、イミト。足を止めよ」
「……何か感じたのか?」
唐突な様子でクレアが声を上げ、イミトの足を止めさせる。
どうやら、イミトの選んだ道はある意味で当たり、だったのだ。
「ああ。腐臭も混じっておるが、これは紛れもない血の匂いだろう」
「あの大きめな扉の向こうか——床の埃の具合から何かあるとは思ってたけど」
クレアの眼に映る禍々《まがまが》しい死の気配。クレアと視覚の共有の出来るイミトは、クレアが見ている世界を魅せつけられて溜息まじりの息を飲む。
「生半可な血の量の薫りではない。覚悟して臨むが良かろう」




