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ハイリ・クプ・ラピニカ。1/4


 散見されるまたたく間に命を吸われたような死体さえなければ、滅びた事など信じられない程に穏やかな村の奧に進み始めたイミトとカトレア、そしてクレア。


「そういや聞きそびれてたんだが、バンシーって奴の『魂の悲鳴』ってのは、何の話なんだ?」


長閑のどかな村の道を歩きながらイミトは魔力で創り出した黒い槍を右肩に背負い、調子を取り戻した様子で軽々《けいけい》と疑問を声にする。


「……ふむ。バンシーは泣き声で人を呼び寄せ魂といった精神を喰らう魔物だ。だが、回収した魂を直ぐには食わず、自身の領域内で浮遊させる。その際に魂は苦痛を感じて叫び声をあげるのだそうだ」


それに答えたのは鎧の左腕に抱えられるクレアだった。進行方向にある村の家屋の屋根からぶら下がる野菜の干物を視界の端に眺めつつ、居るかもしれない不吉な魔物バンシーに備え、警戒を滲ませて。


「——つまり、その叫び声を餌に助けに来た他の獲物や野次馬も捕らえるって考え方か」


「逆に言えば、その悲鳴が聞こえない今の状況では周辺にバンシーは存在していないとも言えるな。だが——」


そして思考を巡らせるイミトに補足のように言葉を重ねたのだが——



「バンシーは滅多な事では現れない上、現れた場合も暫くの間は移動せず、その場に留まるのです。少なくとも数日から数週間ほど悲鳴が響き渡ると聞きます」


最後の詰めである重要な情報を語ったのは背後を歩くカトレアで。


「あ。差し出がましく申し訳ない」


どうやらカトレアは無意識だったらしく二人のデュラハンの視線を浴びて己を省みる。



「ん……なるほど。それじゃあ計算が合わないな、ここの死体は死んでからそんなに日が経ってない」


「うむ。さもすれば村に害をなしたのはバンシーでは無いのかもしれんが、しかし噂に聞くバンシーの痕跡こんせきに酷似しておる」


「貴様も気にしておったろう。この地面の湿り気……詳細は分からぬがバンシーは()()()という別名に相応しく水の魔法を使うと聞いた」


それでも二人は特にカトレアを責める事もなく、村の中を歩く事を再開し、議論を深めていった。その背にホッと息を吐くカトレアである。


「——小便だった方がマシだったかもな……どのみち、警戒しといた方が良いのは間違いないか。この嫌な予感が胸を走り回る感覚——少なくとも抵抗する間もなく二十人くらいの集落を全滅に出来る力が近くにあると思うとな」


「それに——まだ何か見落としてる気がするんだよな。水場のナメクジを素足で踏んじまったような微妙な感覚でさ」


そんな中、イミトはふと空を見上げる。

その掌では御しきれるとは思えぬ広大な空。

路傍ろぼうの石を蹴り上げて空虚な現実に思いもせる。


「——あの、それで……これからについて。具体的にあの兎と貴殿らが、どのような交渉をするのか聞いてもよろしいでしょうか」


そんな郷愁きょうしゅうの面持ちで村を歩く最中、少し躊躇ためらったようにカトレアが尋ねるとイミトは足を止めた。


「……まず、そうだな。表に出て来てもらわないと話にならないから、カトレアさんには眠ってもらう」


体を半身、そして首だけを振り返らせ、流し目のイミトは斜めにカトレアを見つめて告げる。それから抱えた兜姿のデュエラを胸の辺りまで持ち上げて彼はその先を彼女にゆだねた。


「厳密に言えば我が貴様の体に干渉し、貴様の意識を封じ込める。さすれば如何に貴様が強靭きょうじんな精神を持とうが、兎と我の複数を相手に自我を保てんだろう」


「干渉……」

うずく魔石を抑えるように胸に手を当てるカトレア。病を憂うような面差しで僅かにうつむいた表情には明らかな不安が調べをかなでているようだ。


「貴様は我が魔力によって生きたままとは言え、アンデットにされた眷属の系譜に当たる。意識を繋げようと思えば容易いことよ」



「人間とアンデットと兎の魔物のトリプル。良く分からねぇ上に面倒そうな設定だよな、同情するよ」


けれど彼らには他人事。カトレアの不安を他所に彼らは淡々と再び歩み始め、村の様子を探りながら目的地を探すのである。


「正直——あまり実感は湧いていない。あの時以来、変わった所と言えば、この角や肌、髪の色など見た目くらいのものだからな」


そうしてカトレアも再び彼らの背を追い始めると、

「嫌でもそのうち、解って来るんじゃねぇの? よし、あの教会みたいな場所で始めるとするか」


イミトはカトレアの感想を投げ捨て、右手に持って居た黒い槍の先を、恐らく村の中心であり、一番大きな木造建築へと向ける。


それを教会だと思ったのは、かつてイミトの記憶の中で同じような風体の建築物が教会と呼ばれていたことに起因するのだろう。



「……アレは——そうか、ここは邪教徒の隠れ里」


そしてその場に居た誰もが否定しなかったところを見ると、その建物は教会に違いなかったのだろう。そして、そこには奇妙な装飾があったのだ。何かの紋章のよう象形しょうけい文字を組み合わせたような赤い印を模した装飾。傍らに居たカトレアが胸にぶら下げている、宗教的な意味合いを持つペンダントとは似て非なる形。



彼女はそれを、()()()の証と言った。


「言われてみれば、確かに何処ぞで見掛けた事のある装飾であるな。ここは反リオネル聖教の一派の拠点という訳か」


クレアもそれに頷くように言葉を重ね、イミトを困惑させる。



「……なるほど。まったく解らんな」


事情を幾許いくばくか知るクレアやカトレアとは違い、イミトには事の重大さと邪教と聖教の違いがつゆとも理解できていなかったのだから。



——。


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