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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

異世界フィッシング

異世界フィッシング外伝 レフィーナ絶体絶命! 道と勇者と聖痕と

作者: マキザキ




“瞳に十字の輝きを持つ者を我がもとに連れてこい”


“その者はかつての人魔大戦において、魔王様を討った英雄の血を引く者”


“魔王様の復活の暁には、奴らの存在が脅威となり得るだろう”


“一人残らず捕え、我が眼前で処刑するのだ”



「と、大司祭は仰られています」



 松明の明かりに照らされた遺跡の一室に並ぶ、ローブを被った5人の“司祭”。

 そのうちの一人、ローブを被った女が、中央の祭壇の椅子に腰かける、“大司祭”と呼ばれた男の言葉を代弁する。

 彼らこそ、中央大陸はブルーフィン帝国に波乱をもたらす邪教、「邪神教」の司祭たちである。


 その眼前では、教徒達が教義に倣った姿勢を取りながら、司祭らの言葉に“承諾”の号令を返す。

 その者たちの目に光は無く、瞳の奥に沈む深い闇に、この世への呪詛を湛えていた。



「我らは魔王様復活のため、力を尽くし、このように!! 身体の一部をも失う苦難を受けた! だが貴様らはどうだ!! 一度たりとて魔王様の復活に貢献したことがあっただろうか!?」



 司祭の一人がローブを腕まくりし、失われた片腕を教徒達に見せつける。

 他の4人もまた同じように、欠損した腕や足を見せた。

 それを見た教徒たちは、頭を深々と下げ、彼らの犠牲に畏怖を示す。



「大司祭様は魔王様復活の魔力を得るため悪魔へ挑み、その代償として声を失われた。我らは魔王様復活のためならば、神にも、悪魔にも歯向かうつもりだ。お前たちも相応の覚悟を見せよ!!」


「うち、一人の末裔の居場所は既に掴んでいる。我こそはという者は名乗り出よ」



 司祭の一人の声に、赤いローブを纏った一団がすくと立ち上がった。




////////////////////




「なんですって!? 村が賊に襲われて子供が誘拐された!?」



 デイスギルドのクエスト受注カウンターに、若き女冒険者、レフィーナの叫びが木魂する。

 時間は昼過ぎ、ちょうどギルドが最も閑散とする時間帯だ。

 殆どの冒険者はクエストに出かけ、休みを取っている者の多くは自宅で昼寝と洒落込んでいる。


 本来なら、レフィーナもそうしているはずだったのだが、彼女のパーティーメンバーの一人であるビビが、ギルドの地下図書室で借りた本を返し忘れたと言い出し、それに付き添う形で顔を出していたのだ。



「一刻の猶予もないわ!! このクエスト受注する! ビビ! 助けに行くわよ!!」


「ええっ!? 私達だけで賊退治なんか無理だよぅ! せ……せめてタイドとラルス……エドワーズ先輩達が戻って来るまで待とうよぉ!」


「そんな悠長なこと言ってられる状況!? 子どもを狙った賊よ!? 絶対身売り目的だわ!! 皆が戻ってくるのを待ってたら、もう助けられないところまで行っちゃうかもしれないじゃない!」



 レフィーナが熱を帯びる。

 ここ最近、魔女会議を発端とする魔物の大発生により、ギルドナイトや二つ名持ち冒険者が出払っている隙を突き、賊の活動が活発化している。

 彼らの目的は物資の奪取や人攫い。


 当面続くと思われる魔物との戦いによって、大陸中での不足が見込まれる武器や装備、そして人的資源を仕入れ、闇市場で売り捌こうという邪悪な連中が跋扈しているのだ。

 事実、突然姿を消した子供が、遠方の大農園で農奴として働かされていたという事件が既に起きている。


 公的身分を持たない者が身元を買われてしまうと、法律上は仕入れ主や雇い主の所有物となり、実質助けることが出来なくなってしまう。

 商品として並べられる前に、助け出さなくてはならないのだ。

 レフィーナが急ぐ理由はもっともである。

 だが、それ以上に、彼女を駆り立てるものがあった。



(ユウイチ先輩なら……絶対迷わず助けに行くよね……!)



 つい先日、魔女会議を見事成功に導き、皇帝、法王より二つ名を賜った先輩の背中が、彼女の視線の先にはあった。

 かつて、ダンジョンの奥地へ囚われた自分を、危険も顧みず誰より早く助けに来てくれた、あんまり強くなくて、釣りばっかりしていて、どこか抜けてて、お人好しで、でも時々抜群にカッコいいところを見せてくれる先輩。

 彼が自分に差し伸べた手を、今度は自分が差し伸べる番だと思ったのだ。



「さあビビ! 早く武器取りに戻ろう!!」


「も~! レフィーナってばいっつも強引なんだからー!!」



 デイスギルドの期待の新星たちが、扉を蹴って飛び出していった。




////////////////////




 日の傾いた森林を、二つの影が走る。

 その足元には、複数の足跡が、長々と続いていた。

 幸運にも、彼女達は日のあるうちに、かの賊の尻尾を掴んだのだ。



(ね! 私の思ったとおりでしょ!?)


(そうだけど……! これ結構な数の人が……)



 子供が攫われた村の東にある丘陵地帯。

 その上空に不思議な形の黒雲が出来ていることに、レフィーナが気付いたのだ。

 雲の発生原理を彼女は知らないが、「低空で薄っすらと浮かぶ、小規模な黒い雲」が不自然であるというのは、すぐに見抜くことが出来た。

 

 事実それは、賊が周囲の味方に夕刻の「集合」を告げる狼煙の一つであった。

 アジトの場所を特定されないよう、煙は少量で、主に匂いを拡散させるものだったが、その日は全く風がなく、アジト付近に燃焼煙が滞留していたのだ。


 そして、その先を目指して走るうち、彼女らは賊のものと思しき多数の足跡を発見。

 今に至るわけだ。

 この年にしてはずば抜けて腕が立つレフィーナは、その足跡の数を見ても、微塵も動じない。

 それはある種、若さゆえの万能感ではあるが、だが、それを補って余りあるほど、彼女の剣の才気は他を圧倒していた。


 中型魔物なら、誰の手助けも得ずに倒すことができ、短時間なら強力な悪魔の化身体とも互角以上に渡り合える。

 およそ冒険者2年目の少女とは思えない実力だ。

 無論、質の悪い賊の討伐経験など、2度や3度ではない。

 その自信が、この一見無謀とも思える行動を裏打ちしていた。


 その勇猛果敢に猛進する足が不意に止まる。

 後ろから駆けてくるビビに、「静かに」という意味のハンドサインを送り、レフィーナは姿勢を低くした。

 その青く澄んだ双眼に、複数の人影と、草木によって偽装された、ごく小規模な砦を発見したのだ。


 砦……と呼称するが、それは、丸太と動物の皮、そして木の枝で組まれた小屋の集まりだった。

 それこそ、ごく短期間根城として利用した後、打ち捨ててしまうような……。

 本命のアジトを隠し、悪事を働くための前線基地のようなものだろう。


 幸いにも、見張り櫓はなく、15~6人の男が欠伸をしながら談笑しているだけのように見える。

 ただ、一つ気がかりなものがあった。

 それは、砦の壁に結わえ付けられた赤い旗。

 以前、彼女たちがデイス城壁の上から対峙した、あの邪神教徒の一派のものだ。



(邪神教徒が絡んでる……。これはただの人攫いじゃなさそうね……)


(レフィーナ……。やっぱり私達だけじゃ……)



 ビビの言葉に、流石のレフィーナも一瞬迷ったような顔をした。

 以前、雄一が戦った集団には、奇妙な能力を使う強豪がいたという。

 敵陣の奥でそのような敵と対峙してしまえば、レフィーナ個人の優位は崩れ、たちどころに多勢に無勢となってしまうだろう。


 一度離脱し、ギルドバードを飛ばして援軍を乞うか……。

 そうなると必然的に夜襲となり、奇襲を行う上では一定の優位性を保つことができる。

 タイドやラルス、可能ならエドワーズ先輩たちや、二つ名持ちのジニオ先輩やシービー先輩が来てくれれば、攻略は容易だろう。

 雄一やエドワーズ、何なら彼女のパーティーリーダー、タイドを含む多くの冒険者はそういう判断を下しただろう。


 しかし、レフィーナは迷った。

 そこには、なし崩しでパーティーを組んでから、ずっと弱気で、臆病なビビに対する反抗心もあったかもしれない。

 どうも自分に比べて成長が鈍く、不甲斐ないリーダーに変わり、自分が功績を上げなければ、という焦りもあったかもしれない。

 その僅かな間の迷いが、ある、悪魔のささやきを引き寄せてしまった。



「おい! 集合はまだか! 日が暮れる前にさっさと発つぞ!」



 その声に、砦前で駄弁っていた連中が、慌てて砦の中に戻っていく。

 同時に聞こえる、「やだ!! やめろよ!! ボクらをどうする気だよ!!」という叫び声と、複数の泣き声。


 レフィーナとビビはハッとした顔で見つめあい、緊張した面持ちで頷きあった。




////////////////////




「敵襲! 敵襲だーーー!」



 砦の中から、ぞろぞろと現れる男たち。

 その数、10……いや、15。

 旗の所持者と思われる赤いローブの邪神教徒達の姿は見えない。


 彼らは、爆音と火炎の上がる砦西側へ団子になって走っていく。

 それを、レフィーナは嘲るような表情で見送った。

 砦の東側の茂みから。


 簡単な陽動作戦だ。

 時間経過で炸裂する火薬玉を二つ三つ西側に仕掛け、あたかも西から敵が攻めてきたと錯覚させる。

 今の時間帯は西日のまぶしさに目がくらみ、敵の影を探すのが困難になる。

 敵の攻撃を警戒しながら……となれば、その困難度は一層増してしまうだろう。



 その隙に、レフィーナとビビは砦へ真正面から突入した。

 同時にビビが音響遮断結界を展開する。

 これで、砦内での多少のドンパチは外の連中には聞こえない寸法だ。



「な……! 何だ貴様ら……グワー!!」



 砦の入り口付近を無警戒にうろついていたのは、あの赤いローブを羽織った邪神教徒だった。

 レフィーナがそれを一閃、切り伏せる。

 その一瞬で、砦内は蜂の巣を突いたような騒ぎになった。


 逃げ惑うのは、赤いローブの邪神教徒達。

 どうやら外に出ていった連中は、雇われの賊だったらしい。

 外へ逃げようとする無力な連中相手ならビビでも十分だと、その場を彼女に任せ、レフィーナは子供たちの声がする方へ走った。



「助けに来たわよ!」



 レフィーナが飛び込んだ一角には、比較的体格のいい邪神教徒が二人と、檻型の荷馬車に乗せられた子供たちがいた。

 彼女は「貴様……大司祭テンペスト様の勅命に則り……」「この世の前に滅びを与えてやる」などと名乗り口上を上げだした二人を瞬く間に切り捨て、子供たちの閉じ込められている檻の錠前をネイルハンマーで破壊した。



「さあ早く逃げなさい!」



 レフィーナの声に背中を押され、子供たちは今まさに自分たちが搬出されかけていた出口から逃げ去っていった。

 その中に、かの先輩を慕っていた、銀髪褐色碧眼の少年の姿を見たレフィーナは、少し安堵を覚えた。

 あの子の身に何かがあったら、先輩は悲しむだろう。

 それを自分が防いだのだと、やや誇らしげに笑みを浮かべつつ、残存する敵の討伐へ向かおうとした。


 その矢先、フラフラと砦の中を動くビビの姿が見えた。

 首尾よく邪神教徒達を始末……いや、心優しい、甘い彼女のこと、麻痺程度に留めたかかも……等と考えながらレフィーナは彼女と合流すべく駆け寄ろうとした。


 が、ふと、彼女は違和感を覚える。

 何がおかしい……。

壁の向こうにチラチラと見える彼女の立ち姿が、妙に落ち着いているように見えたのだ。

 いつもの彼女なら、こういう時、もっとびくびくしながら自分を探しているはず……。

 よく目を凝らす彼女の眼前に、その違和感の正体が現れた。



「ゲヘヘヘ! 流石にこんなチャチな囮にゃかからねぇか!! ウチの馬鹿どもとは大違いだなぁ!!」



 大男がビビの首根っこを掴み、まるでパペットのごとく動かしていたのだ。

 「ビビ!!」と、悲鳴のような声を上げるレフィーナ。

 その様子に、大男は「ゲヘヘ……死んじゃいねーよ」と下種な笑いを浮かべ、ビビを握る手に力を籠める。

 「あ゛……お゛……」と、小さな嗚咽を漏らし、口から泡を吹きだすビビ。


 迂闊だった。

 焦るあまり、彼女はあの間抜けな賊たちに指示を飛ばしていた者の存在が、彼女たちの頭から抜け落ちていたのだ。

 賊の首領は、強く、慎重で狡賢いもの。

 襲撃と同時に砦の物陰に身を隠し、レフィーナ達を迎え撃つ手はずを整えていたのだ。



「お前の対応次第じゃ、こいつは死んじまうかもなぁ!! ゲヘヘヘヘ! オラ! 馬鹿ども! さっさとガキを捕まえてきやがれ!」



 ビビを人質に取られ、動けないレフィーナの横を、賊たちが走り抜けていく。

 子供たちを追って……。

 レフィーナは彼らと大男、そしてビビを交互に見つめた後……。

武器を捨てた。


 大男はそんなレフィーナに近づき、その顔をまじまじと見つめ、言った。

 「ほう……お前もか……」と。




////////////////////




「あぐぁ!!」



 賊の振るう棍棒が、レフィーナの腹部を殴打する。



「がはぁ!!」



 今度は、背中側から振るわれたそれが、彼女を強かに打ち付ける。

 ハァハァと荒い息をするレフィーナの周りを取り囲む賊たちが、汚い言葉で罵り、そして、彼女を弄る。

 鎧とインナーはとうに剝ぎ取られ、下着はもうズタボロ、彼女の柔らかく張りのある肌はすでに傷と打撲痕だらけだ。



「おい! これ試してみるか?」



 意地の悪そうな笑顔を湛えた賊が、ヒポストリ調教用の鞭をレフィーナの鼻先に突き付ける。

 「好きに……すれば……?」と、彼女は強がって見せる。

 だが、宙に浮いた足先が、ガクガクと震えていた。


 そんな彼女の様子に、賊は鼻息を荒らげ、鞭を彼女の目の前でヒュンヒュンと振って見せた。

 レフィーナはそれがいつ自分の顔面に打ち付けられるのか、恐怖に思わず顔を引きつらせる。

 それでもなお、彼女の青い瞳は眼前の賊を睨み据えていた。



「大した気迫だなぁ! オイ! 俺はそういう顔する女がなぁ……! 泣き叫ぶ様が見てえんだよ!!」



 ピシィ!!



 松明で照らされた洞窟に、乾いた鋭い快音が響いた。

 直後。



「ひぐぅうううううううう!!!」



 という、くぐもった悲鳴が上がる。

 レフィーナの太ももには、赤い一筋の線が刻まれていた。

 そして上がる、賊どもの笑い声。



「どうよオイ。痛みが深くから上がってくんだろ? え? 一発で強がりは終わりか? なあ?」



 鞭を打ちつけた賊がレフィーナの顎をクイと上げ、涙と鼻水で濡れた顔を見上げて嘲笑う。

 「悪趣味……ね……!」という、レフィーナの言葉に、再び鞭が振るわれる。



「くぅうううううう!! あぁ……! はぁ……はぁ……!」



 歯を食いしばり、打ちつけられた鞭の、高熱が滲むような痛みに耐えるレフィーナ。

 だが、嗚咽と共に涙が溢れ、唾液と鼻水がポタポタと垂れる。

 食いしばりすぎた歯ぐきから、少量の血が流れ、彼女の口元を彩った。


 賊に投降してから数時間後。

 少し離れた場所にある、賊のアジトまで運ばれたレフィーナは、下種な連中の嬲り者にされていた。

 大男は言った。

 「こいつは売れねぇが、こいつを差し出しゃ依頼は完遂だ。仕置きをするなら今のうちだぜ」と。


 レフィーナはその言葉の意味を理解しかねていたが、子供たちを取り逃がしたいうのは、連中の会話の中から聞き取っていた。

 彼女は少年たちを救ったのだ。

 その身と引き換えに……。



ピシッ!! ピシッ!! ピシッ!!



「ううううううううう!!!! いぎいいいいいい!!!」



 幾度も振るわれる鞭の音と、レフィーナの悲鳴。

 鞭拷問趣味の賊による拷問は、彼女が悲鳴を上げられなくなるまで続いた。



「ひゅー…… ひゅー……」



 ついには、レフィーナは意識を失い、首をがっくりと項垂れた。

 その足元には、水たまりができている。

 あまりにも惨めな姿。

 だが、失神するまで、彼女の口から許しを請う言葉が溢れることはなかった。



「うぷっ……!! げほっ! げほっ!!」



 すかさず冷水がかけられ、レフィーナの意識が引き戻される。

 ぼやける視線の向こうには、棍棒を持った賊、ヤットコ鋏を持った賊、掘削具、棘鉄球……。

 あらゆる加虐趣味の賊たちが、レフィーナを弄ろうと目を輝かせていた。



「ぅ……!」



 レフィーナは本能的に、身をゆすって逃れようと藻掻いた。

 だが、吊られた体では、満足な抵抗もできない。

 その無様に身動ぎする様を前にして、賊たちの声や鼻息が一層荒くなった。



「おい。コイツで一発景気づけにぶち抜いてやらねぇか?」



 誰かが言った。

 声の主は、レフィーナが愛用している剣を逆手に持ち、彼女に歩み寄る。

 一瞬、刺し貫かれる、と身構えたレフィーナだったが、賊がしきりに彼女の股下を見つめているのに気が付き、自分に迫る命とは別の危機を悟った。



「や……! いやっ!!」



 彼女の身動ぎが激しくなる。

 しかし、賊からすれば、官能的な踊りにしか見えていないだろう。

「よかったじゃねぇか。初めては愛用の剣の柄だぜ! ガハハハ!」などという下種な声も聞こえる。

 思わず、「ゆ……!」と、敬愛する先輩の名を呼びそうになったが、彼女はそれを死に物狂いで押しとどめた。



(先輩の名に泥は塗らせない……! 辺境で嬲り殺しにされる情けない冒険者に慕われてたなんて……。そんなこと……こんなクソ野郎達に知られたくない……!)



 だがそれでも、レフィーナは期待してしまった。

 今この瞬間、あの自慢のテレポートスキルで、この場に飛び込んできてくれるあの姿を。

 レフィーナは、涙を溢れさせながらも、にじり寄る連中を再び睨み据えた。

 賊たちは不思議そうな顔を浮かべたが、すぐに元の下種顔に戻り、剣の柄を彼女の下腹部に宛がい……。



「何をしている!! やめろ!!」



 部屋へ人影が飛び込んできた。




////////////////////




「く……くぅぅぅ……」


「レフィーナ……」



 薄暗い洞窟の奥、賊が捉えた「商品」を閉じ込めておく牢……通称、「商品庫」に、レフィーナとビビは転がされていた。

 レフィーナは、間一髪のところで助け出された。

 いや、何も助かってはいない。

 ただ、邪神教徒のリーダー格が、「魔王様への供物をいたずらに傷つけ、汚すことがあってはならない」と、賊たちを制したのだ。

 クライアントの要求とあっては、さしもの下種どもも従わざるを得ず、邪神教徒の搬送部隊が到着するまで、この商品庫に閉じ込めておくことにしたのだ。


 ビビは拷問こそ受けていないが、後ろ手に逆エビ反りの姿勢で縛り上げられ、身動きができない。

 レフィーナは手足を縄で縛られているだけだが、全身を激しく痛めつけられ、這うことさえままならない。



「レフィーナ……ごめんね……私が捕まったばっかりに……」


「違……う……。私が……ビビを巻き込んじゃって……油断して……」


「私……売られちゃうんだって……明日には娼館の買い付け係が来るって……!」



 絞り出すような涙声。

 レフィーナは胸が締め付けられる。

 あの時、他の冒険者が戻ってくるのを待っていれば。

 あの時、焦らずにギルドバードを飛ばしておけば。

 あの時、ビビを砦の外で待機させていれば。


 ああ。

 自分はあのアントパスの時から何も変わっていない。

 自分の思いばかりが先行し、仲間を振り回し、危険に晒す。

 その結果がこれだ。


 先輩は私のこんな末路を知れば、軽蔑するだろう。

 結局、田舎の図に乗った子供だった自分を……。

 レフィーナは小さく声を上げて、泣いた。



「レフィーナってさ……。勇者様の末裔なんだって」



 突然、ポツリとビビが呟いた。

 何を言っているのか理解できず、レフィーナが涙で滲む視線を向ける。



「さっきね。邪神教徒が話してるの聞いたんだ。レフィーナの瞳の白い十字は、魔王を討伐した勇者が持ってた“聖痕”なんだって」


「私が……勇者の末裔……?」


「そう。多分、そういうことなんだよ。きっとね、レフィーナが凄く強いのも、いざって時に思わず飛び出しちゃうのも」



 ビビは何とか姿勢を動かし、レフィーナの目をじっと見つめた。

 その目は、涙を流しながらも笑っていた。



「大丈夫だよ……。勇者様は、こんなところで死んじゃったりしない……! レフィーナ……私にはもう時間がないけど……あなたにはまだ……きっと脱出のチャンスが来るよ……! だから……諦めないで……! 絶対に……!」



 弱気なビビの、精一杯の強がり。

 レフィーナの感情は、決壊した。



「やだ……! やだよぉ!! ビビ!! 離れたくない! こんな終わり方なんてやだああああ!!」



 普段から強くあろうと心がけているレフィーナの口からあふれ出た、かつてない弱音。

 恥も外聞もなく、悲鳴のような鳴き声を上げ、ビビの元へ必死に這い寄る。



「泣いちゃダメだよレフィーナ……。ごめんね……私も気づいてたんだ……私……クエストの度にレフィーナの足引っ張って……助けてもらって……。今回も……任されたことを全うできなくて……!!」



 少女二人は泣いた。

 身を寄せ合い、何時間にも渡って泣いた。

 そして……恐れていた時がやってきた。



「おいメガネのガキ。買い手の到着だ」



 賊がヘラヘラと笑いながら、牢の格子を開ける。

 そこへ、ライトブラウンのローブを身にまとった者が現れた。



「ほう……なかなかの上玉だな」


「!!!!」



 瞬間、レフィーナは驚愕した。

 そのローブの者は、雄一の声で喋ったのだ。

 だが、背丈は幾分小さい。

 一体何が……!?



「では、品定めといこうか」



 そう言って、ローブの者は、ビビの太ももを掴む。

 ビビは不意に「タイド……くん……?」と呟くが、無理やり足を開かされそうになると、「嫌っ! 見ないで……!」と小さな悲鳴を上げた。



「嫌だと、見ないでと言っているね」


「へ……へい? まあそりゃ生娘ですからね」


「そうか……では……見れないようにしてあげようか」



 ローブの者は試験管を腰から取り出すと、賊の眼前でパリンと割った。

 次の瞬間。

 賊が悲鳴の一つも上げずに倒れこんだ!



「ほら! 今のうちに!!」



 ローブの者が、その特徴的なローブを取る。

 「「サラナ先輩!!」」レフィーナとビビが、声を上げた。

 サラナはバチっとウィンクして見せると、アンプルに入った薬剤をクッと一気飲みした。



「おーい!! 敵襲だ! 味方がやられたぞ!!」



 サラナはビビとレフィーナの手足を縛るロープを切って、部屋の外へ引きずり出してからそう叫ぶと、部屋の中にフラスコを3つ放り込み、今度は泡魔法を自分たちの周囲へ展開する。


 瞬く間に、その部屋へ賊たちが殺到した。

 部屋の前で座り込む3人には目もくれず……。

 そして、すぐに、静かになった。



「どうよー! これが魔法薬学の強さだ!」



 部屋の中では、賊たちが10人余り、折り重なって倒れていた。

 時折、ピクピクと痙攣しながら……。



「何を……したんですか……?」


「んー? ちょっと対象の待ち人の声に変声する魔法薬を飲んで潜入して、そんで麻痺毒で牢屋番を倒しちゃってぇ、あとは対象の友軍の重要人物に変声する魔法薬を飲んで声を変えて、それでこいつらをおびき寄せて、あとは燻煙式の神経毒で一網打尽って感じかな! あ、あとこの泡は視界を遮るカモフラージュ目隠しね」


「???」


「まあ、要は君たちを助けに来たってことさ~」



 サラナはそう言って二人に筋組織の回復を促進する魔法薬役注射を打ち、回復魔法をかけた。

 その働きのおかげで、ズタボロのレフィーナも立って歩ける程度には回復する。



「何者だ貴様! 魔王様復活の阻害をする気か!」



 異変を察知して現れた邪神教徒のリーダー格の男が杖を片手に吠えた。

 「当然だろ!!」という声と共に、その男の体が吹き飛び、壁に体を打ち付けて、がっくりと項垂れた。



「おし、無事囚われのお姫様も救出……ってな!」


「このアジトの賊と邪神教徒は全員捕縛しました。これにて一見落着、ですね」



 ひょっこりと現れるエドワーズとコモモ。



「な……なんでここを……?」



 レフィーナがサラナの腕の中で、呆然と問いかける。



「そりゃ、この子がな」



 エドワーズの後ろから現れたのは、あの銀髪褐色碧眼の少年。

 自称、雄一の弟分、ユーリであった。



「この子がギルドに駆け込んできてさ、俺らに情報をくれたんだ。アジト探しは少々手間がかかったけどな」



 エドワーズの言葉に、「ふふーん」と反り返るユーリ。



「ユーチ兄ちゃんが言ってたんだ。賊の討伐クエストの基本はこまめな報告だって! だから、僕が一刻も早く報告しなきゃって!」



 なんとこの少年、賊の追手を振り切るだけでなく、他の子どもたちを連れてデイスまで逃げ切ったのだ。

 なんでも、少年たちを探していたハーピイ便の一団に出会い、夜の帳が落ちる前にデイスギルドへ報告できたのだという。

 豪運もさることながら、あの状況下において、彼は完璧な行動をとって見せたのだ。



「助けたつもりが……助けられちゃったね」



 レフィーナは恥じた。

 人と人の行動は、あまたの関係を通じて繋がっている。

 自分が動き、何かが解決すれば終わりではないのだ。


 レフィーナは子供たちを逃がしたことと、雄一への思いを誇りに拷問に耐えていたが、その実、雄一の教えを実行したのは、無力と思っていた少年であった。

 あまりにも独りよがりな行動と、他者を軽視した結果が、今、鼻水と汗と涙でグショグショの彼女だ。



「こんなんじゃ、先輩の名も、勇者の血も汚しちゃうよね……」



 卑屈な言葉を吐いて気を落とすレフィーナの肩をビビがそっと抱きしめた。



「大丈夫……。私ね、レフィーナが弱いところを見せてくれて嬉しかったよ。これから良くしていこう? 私達みんなで」



 レフィーナはビビの胸に顔をうずめ、泣いた。

 あの筆舌しがたい痛みに、仲間を失いかけた恐怖に、そして、初めて弱さを赦された喜びに。




////////////////////




「はいはーい! 勇者の末裔、レフィーナ様がクエストを見事達成して戻ったわよー!」



 数日後、レフィーナはすっかり元の調子に戻っていた。

 ただ、表面上は今まで通りの自信とやる気に満ち満ちた彼女だが、その姿勢は、大きく変わっていた。


 最近は対立や対抗心から、別に動くことが増えていたタイド、ラルスともパーティーを組み、4人でのクエストを頻繁にこなすようになったのだ。

 そして、なにより、独断専行が無くなったと、ビビはサラナに嬉しそうに語っていた。



「強さを誇って気取ることが勇者じゃない。自分の持つ弱さを知り、それを仲間にさらけ出して初めて得る強さや絆もある」



 エドワーズはレフィーナにそう語った。

 それは、彼がライバルにして親友と仰ぐ、弱さも強さも優しさもさらけ出し放題の釣りバカ野郎に見た、彼なりの冒険者道であった。


 冒険者の歩む道は、時に交わり、時に離れ、そしてやがては誰かに引き継がれ、脈々と続いていく。

 その大交差点、デイスは、今日も喧騒に包まれている。


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