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003

 003




 大通りの奥の暗い路地裏に、楽園の陰で武力と暴力に頼って生計を立てている者達のアパートメントがある。


 その一室で、ファットとデイルが半裸で寝台に並んで横たわり、同じ天井を見ている。

 快晴の屋外では、太陽が天頂を通り過ぎている頃。しかし、厚いカーテンの閉められた室内は曇天の夕刻のように暗い。


 多くの家具の黒みを帯びているのは、部屋の主であるファットの好みだ。


 しかし、暗い室内で、輝くように鮮やかな物が一つ。

 それは、小さな花瓶に挿されている一輪の生花。


 無彩色の暗がりを背景にして、薄黄色の彩りを灯している。


「ギードはああ言っていたが、実際のところ、どう思う?」


 ファットはその彩りへと自然と目が向くのに任せ、静かで暗い室内に似つかわしい、静かで暗い声で尋ねた。


「どう思うって…」


 デイルは薄目でゆっくりと聞き返す。浴室での、彼女の言うところの紳士的で情熱的な一連の行為の余韻に浸っているようだった。


「事件に関係していそうな、楽園の裏側のことだ。何らかの陰謀でも、どこかの黒幕でもいい。」

「ふうん。その質問は、あなたに誠心誠意仕える、従順な人間の女の子としての私に? それとも…」


「じゃあ、従順ではない方のお前に聞いてみようか。対価はいるか?」

「ううん。いらないわ。だって、そういうことは知らないんだもの。本当よ。」


 デイルはそう言い、くすくすと小さく笑いながら、自身の華奢な肢体を主人の肉厚な手足に絡ませた。


「だと思った。どれだけ、楽園のことに興味がなかったんだ。」


 ファットは腹部に少女の鼓動を感じながら、淡い花を見てからそう返した。


 デイルという少女は花屋で小さな色と匂いを買う。それはファットの慰めになっている。それをデイルは知っている。


「でも、その方がご主人様にとっては面白いでしょ?」 

「否定はしない。俺は…。」


 溜息にならないよう、ファットは静かに吐息をつく。

 

「…事件としては単純だ。」


 そして、不謹慎だと分かっていながら、一度だけ苦笑を零した。


「…六月五十日の夕刻、第二外環の繁華街、バーデイ段街の外れで、一般市民の男性が頭部や手足を切断され、殺害された。凶器は攻撃性の高い魔法である可能性が高く、抵抗する間もなく即死で、一瞬の出来事だったと思われる――」


 ――事件の第一発見者である別の一般女性は、殺害直後の血溜まりの光景と、血塗れの犯人が逃げていくところを偶然目撃したと警察局に通報し、証言した。


 ――その後、その日の内に死体の身元と容疑者の素性が特定された。シージード・ギード。三級狩猟者、及び五級追跡者。警察局は直ちにギードを第二、第三外環の全域に指名手配。数名の追跡者が依頼を受諾。

 しかし、魔物狩猟の実力者でもあり、追跡者の経験もあるギードに対する追跡は難航。事件から十日後の七月二日の早朝にようやく捕縛に成功する。しかし――


「――殺害動機も、被害者との関係性も全くの不明のまま。」


 警察局の非協力的で隠蔽的な体質は非常に大きな問題だ。しかし、無能でもない。ただ暗く、重い組織というだけだ。だからこそ厄介なのだが…。


 この事件に、何らかの真相が隠されているとして、それはどのようなものだろう。


 それは人を操る禁忌の魔法か、発禁物の魔導器によるものか。例えば、この二ヵ月間で追跡した事件では、定期的に殺人を犯さなければ所持者自身が死んでしまうという、闇市場から流れてきた魔剣が連続殺人を引き起こしていた。そのような物が偶然ギードの手に渡ったか、無理矢理手渡されたか…。


 あるいは、害悪を為す遺失した奇跡か。魔法によって惨殺されたように見えるが、実は未知の力によって、結果として惨殺されたという現象が引き起こされたのもしれない。

 魔法以外の奇跡は、実在する。その場合も、ギードの意志とは無関係に、事件が突発的に発生した可能性がある。


 または、不可思議な事象とは無関係に、脅しや陰謀によるもので、単にギードが弱みを握られ、殺人犯の汚名を被せられたか。


「…と、なると、ギード自身が否認していない以上、大きな疑問は三つだ。」

「三つ?」


「まず、本当に魔法を使ったのかどうか。もしそうなら、その痕跡が証拠として確実に残されている。」

「どんな魔法でも、使われたら必ずその空間に痕が残るから、ちゃんと調べたらどんな魔法が使われたか分かるものね。種類も強さも、使われた時間も含めて。」


「ああ。ギードはそんなことすら分からない奴じゃない。ただ、それができる警察職員はごく少数で、人手が足りていない。連続殺人等の大事件ならともかく、被害者が一人だけの事件にすぐに回されることはない。この事件もまだ痕跡は精査されていない。」

「そうみたいだね。」


「一方で、使われたのが魔法ではなく魔導器であればその場に時空痕跡は残らない。が、一瞬で人間を殺せるような魔導器は製造も所持も認められていない。殺人魔導器の存在は地下帝国が決して許さないからな。そんなものをあいつが隠し持っていて、自分の意志で一般人を殺すなんてこともありえない。奇跡については、可能性が広がりすぎるから今は置いておく。」

「うん。」


「つまり、事件はでっち上げ…とまでは言わないが、黒だと確定されているわけではなく、殺害方法も動機も全くの不明だというのが現状だ。現場から逃げたことはあまりにも不利だが、殺害の瞬間を目撃された訳ではなく、弁明の余地は十分にある。」

「よかった。…でも、警察はありきたりな事件だと考えてて、その証拠は後付けで出てくるから大丈夫だって考えてる?」


「そうだろうな。…次に二つ目は、当事者の…、被害者と容疑者、目撃者の関係性だ。」

「もしかしたら無関係じゃないかもしれないね。」


「その可能性はある。ギードと目撃者の女性が知人である場合も、実は全員が知り合いである場合もある。そして、痴情のもつれが原因になったのかもしれない。」

「ギードの事だから、ゼロとは言えないかな。」


「その場合は自業自得だ。…そして三つ目は、二つ目とも関連するが、第一発見者を信用できるかどうか。」

「基本中の基本だね。本当の犯人は目撃者の方で、ギードはその女の人を庇ったのかも。ありきたりだけど。」


 ありきたりだが、その可能性は高い、とすら思う。あのお人好しならば…。


 ピピピ。


 そこで、室内に軽快な音が響いた。


 ファットは考えを中断し、ベッドの横のテーブルに手を伸ばす。


 掌に収めたのは、黒く、光沢のある、薄く細長い長方形の板。

 慣れた手つきでその表面に指を滑らせると、一秒未満の沈黙の後に鈴のような音が鳴り、小さな文字の羅列が灯った。


「誰から?」


 胸元のデイルが気軽に覗き込んでくる。


「タトタットからだ。」


 ファットはさほど長くはない文章を全て読み終えてから、短く答えた。


 我流の二級科学者にして、辺獄の底街の岩窟に閉じこもる変わり者の情報屋。本来は、四級追跡者である自分たちには分不相応の交渉相手だが、向こうからの一方的な興味本位から始まった関係性と、高額料金と特殊な代金によってこうして線を繋いでいる。


「…依頼していた調査について簡易の中間報告と…、緊急連絡が来た。」


 ――事件の目撃者はナウン・テス。五級製造者、女性。二十四歳、虹髪族。バーデイ段街で生まれ育つ。両親と三人暮らし。勤務先の工場の経営者と交際中。


 ――本日七月二日深夜、ナウン・テスが工場から退勤した後、帰宅しないまま行方不明となる。


「目撃者の女の人が、行方不明に?」

「ギードの追跡を優先して、その隙をつかれた形か…。仕方がなかったとはいえ、先手を打たれたということか?

 これで、目撃者は事件とは無関係の市民ではなくなってしまった。」


「んー、事件には無関係だったけど、目撃した時に余計なものを見ちゃったせいで真犯人に誘拐された可能性は?」

「そうだな。それこそ、当たってほしくはないが殺人可能な魔導器か。…ナウン・テスには悪いが、真相への手掛かり、足掛かりができたということでもある。」


「そっか…。じゃあ次は、そのナウンさんを探す? 行方不明になっちゃったってことは、逃亡者扱いになるよね。」

「ああ。本人の意志はどうあれ、無断で職業の義務から逃亡した、職務放棄の犯罪者として警察から手配されるだろう。追跡者として、正式に依頼を受けて行方を追える。」


「可哀そう。誘拐された被害者かもしれないのに。」

「それが、この楽園の支配者達のやり方というわけだ。楽園を維持するという名目で、市民を職に縛り、性悪説に則って管理する。」


「悪魔的だね。」

「お前が言うな。

 …しかし、今回のように、事態解決に向けて効果的に作用する場合もある。楽園維持の名目で、全ての行方不明者を積極的に追跡し、速やかに保護を…」


 ピピピ。


「…いや。ナウンの追跡は、明日だ。」


 ファットは手に持ったままの黒い文字盤にもう一度目を落とした。表示された大量の新情報を一字一句頭に叩き込んでいく。


「渡りに船。グインとシャネから連絡だ。これから二人と会って、別件の調査に付き合うことにする。追跡中の大量誘拐事件が、ギードの件と関係しているかもしれないそうだ。」


「二人から? どんな事件なの?」

「現時点でも複数の共通点があるそうだが…、特に、誘拐された人間がバラバラに切断されて捨てられていたという、信憑性の高い目撃情報があるらしい。」


「そっか。あの子たちとパーティーを組むのはこれで四度目だね。最初がいきなり、取りこぼしの魔竜退治で…。」

「ああ。あの二人と知り合えたことは、数少ない幸運だ。」

「私達も孤立がちだし。」

「言うな。今までのように協力し合えば、きっとどちらも解決できるだろう。」


 リキッド・グインとリアカネ・シャネリカ。

 共に二十歳の若手の狩猟者。二人は非常に才能に恵まれた有望株だが、そのやっかみと、とある深刻な事情が合わさって周囲から孤立している。


 ファットにとっても強烈な記憶として刻まれている、黒い魔竜。絶望的な戦い。まだ幼さが残る、勇敢な二人の戦士との共闘。


「…しかし、さすがに疲れた。情報過多の上、深夜からずっとあいつを追いかけまわしていたからな…。」

「ふふっ、お疲れ様。」


「ああ…。お前もな…。…三時間経ったら起こしてくれ。」


 気だるげにそう告げると、ファットは目を閉じた。気持ちを切り替え、事件についての考えを中断し、眠りに落ちるのを待つ。


 しかし、安息の眠りへと落ちる前に、どうしても気になっていることを吐き出すことにした。


「…相当根深い、か。…最悪な事態が起きたのなら、どこかに必ずその痕跡が残っているはずだ。」

「そういえば、捕まえた時にギードが言ってたね。」


「…それに、気をつけろとも言っていた。つまり、突けば何かしらの反応は帰ってくるということだ。」

「くすくす。自分から藪をつついて蛇を出すの?」


「…楽しそうだな。」

「ご主人様も。」


「…否定はしないさ…。」


「……。」


「…くす。おやすみなさい、ご主人様。」


 暗く黒い寝室で、デイルは主人の頬にそっと口づけをし、幸せそうに微笑んだ。


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