024(終)
024(終)
――半年後。真冬の日、第三外環、龍の頭蓋の高台にて。
光り輝く朝日が地獄の大地を照らしている。
白いキャンパスに極彩色の死地が彩られている。
広大な狩場が色づく雪原に様変わりし、地平の彼方まで広がっている。
「考え事?」
「ああ。とりとめもなく、色々と。」
高台の上にも真っ白な雪が降り積もっている。
放置されたままの長椅子とその周りだけが夏の頃のままで、静かに白い息を吐き出すための憩いの場となっていた。
「精霊のこと、魔法という第六奇跡…。第七奇跡のことも。」
例えば、精霊について。
人間はおろか生命すら誕生していなかった太古、精霊は永遠の霊魂と全能のエネルギーを持ってはいたものの、意志や指向性を持たず、空間に浮かぶ星のような存在だった。
しかし、時代が下り生命や人間、魔法という奇跡が誕生する度に精霊は変容していく。
特に、人間の知恵と自我を模倣した精霊はまさしく全知全能と呼べる存在へと昇華した。
人間が、人間の如き神を造った。
第三奇跡の派生進化、人格神の誕生。
そして人間と神々が相互作用を起こし、神話時代が始まった。
神話が美しいままであったなら、どれ程良かっただろう――
例えば、魔法について。
魔法とは恐らく、それ自体が別種の集合的な生命体だ。
生命の中で人間が誕生し、次に魔法が誕生した。
魔法は他の奇跡と共生関係にある。
だから人間は、定式という人間に適合した体系に基づいて普遍的に魔法現象を行使することができる。魔物には魔物に、精霊には精霊に適合した体系があるのだろう。
だから魔力という仮想エネルギーを検出できない。魔導器と同じだ。遠い何処かで、既に魔法体系自体によって支払われている。人間の中で失われているのは、それこそ仮想的な数量なのだろう。全体的な収支に従って魔法が伝えてくる、個人個人の使用許可量。魔法との親和度。
代わりに、魔法は何を得ている?
乖離がその答えだ。つまり――
そして、第七奇跡。それは、あり得るとすれば――
「――この世界は、まだまだ未知に溢れているな。」
「未知が残っていれば、生きていける?」
「未知が残されているのなら、夢や希望を失わずに生きていける。」
「それが、人間?」
「少なくとも、俺はそうだ。楽しむことができる。」
「追跡者の仕事を止めなかったのも、それが理由?」
「…どうしてだろうな。そればかりは自分でもうまく説明がつかない。あの後、ほとぼりが冷めないうちにまた遺失奇跡の事件に巻き込まて、それで惰性で続けているのか、それとも内心では好奇心を満たす事件を待ち望んでいるのか。はたまた、遅々として進まない冒険譚の執筆作業の合間の息抜きとして考えているのか。」
「この半年だけでも色々あったね。最初が錬金人形事件で、次は死兆時計事件。未解決のままのだと仮面殺人、汚泥浄土、夢幻学園…。」
「どれもこれも一筋縄ではいかないものばかりだ。致命的な欠落を持ったまま失われ、楽園の中で蘇った異端奇跡。楽園はああいうものを目覚めさせやすい場所なのかもしれないな。」
「そうかもね。帝国の人たちが何かしてたりして。」
「…セキゼスの奇跡はほとんど正統のものだった。僅かに本質がずれていていただけで、あれ程の怪物になった。俺は確かめたいのかもしれない。奇跡が完全なものでなかったからセキゼスは歪んだのか、奇跡が不完全でも人間は人間のままでいられるのか。完全なものであったとしても、人間の方が間違ってしまうことがあるのか…。…そんな考え方は、傲慢すぎるな。それに、答えも、もうとっくに出ている。」
「世界が完全なものあっても、人間は一人きりだとどんどん歪んでしまう。同じような人間ばかり集まっても、欲望と思想が増幅されてあっという間に歪み切ってしまう。そしていつか、業と狂気を止められる人間がいなくなってしまう…。」
「あまりに難しいな。違う人間が集まって互いに支え合うというのは。不可能に近いんじゃないのか?」
「人間は移ろいやすいから。そうすることが誰もできなくなった時が、きっと…」
「そうだな。…隣の宇宙から人間を浚ってくるのは、楽園を維持するためか? 今まで、何人だ?」
「そうよ。そして、とてもたくさん。私はその候補者を探して、相性のいい精霊と引き合わせる役だった。ずっとその仕事ばかりしてきて、そして、あなたを見つけた。」
「そうか。普通は、ここに直接?」
「うん。数多の悪魔の規則に則って一人ずつ順番に、生まれ変わった子たちが優しい旦那様と幸せな新婚生活と子育てをして過ごすの。」
「楽園の管理体制には一切干渉せずに、か。」
「それも、規則の一つ。そして、生まれてきた子孫は精霊でも麗人族でもないけれど、楽園を支えるに足る人材に育っていく。」
「なるほどな。…そういえば、これまで何組か麗人族と他種族の夫婦を見かけたな。」
「うん。みんな私の可愛い妹分よ。みんな上手くいっているようでよかった。」
「お前が仲人をしていたというのなら、間違いはないだろう。本当に善人か、裏切らないかを見極めて上で契約をさせていたんだろう?」
「そんなところ。そしてご主人様の場合は、本当に特別。私が直接、私のごら…、休暇の遊びあ…特別なパートナーに選んだから。」
「二度も言い直すな。」
「ふふっ。ごめんなさい。」
「…そう言いながら、頭を撫でるな。」
「だって、ちっちゃなご主人様が本当に可愛いから。」
「俺はお前の妹分でも弟分でもない。最近、俺がどう呼ばれているのか知っているだろう?」
「くすくす。」
「折角、真面目な話をしていたのに。まったく…。」
ピピピ。
振り払うのも億劫でされるがままでいると、軽快な着信音が鳴り響いた。休暇中は通話機能を切っているため、代わりに文書が送信されくる。
この音もまた、今の楽園を象徴するものの一つだった。その場の出来事を中断させ、新しい物事を差し込む魔導器。地獄であっても、こうして因果が移り変わっていく。
「アテターからだ。あの首飾りと日記が、正式に遺失奇跡の品として登録されるらしい。日記の方は既に閲覧許可を求めている研究者がいて、著作権が俺にあるせいで…、あー、手続きが途方もなく面倒臭そうださそうだ。」
「先延ばし先延ばしになっちゃう前に、明日地下に行こうね。ご主人様。」
「…分かってる。そうだ。ついでに帝国の観光でも――」
ピピピ。
「…いや、明日は無理そうだ。残念でもあるが、やっとだ。」
「ギードから?」
「ああ、勇敢な監視員からの報告だ。『並三十、上十一、特上三。最上一。後続も多数』。ギードの予想が的中したな。ボーナスを弾む必要があるな。」
「『デートで』だって。じゃあ、お祭りが終わったら三人で帝国観光だね。」
「…デイルがそれでいいなら。」
こればかりは、本当に謎だ。もしや、新しい試練ではないだろうか。本当に浮気をしたら…、という。
「違うからね?」
「心を読むな。」
空の彼方にいくつもの小さな点が灯り始める。陽の光を反射し、それらは煌いていた。
「グインとシャネには悪いが、今年の一番乗りは俺達だ。」
「前から楽しみにしてたもんね。懐事情的にも。目標は十人分の養育費、だね。」
澄み渡った青空に若い竜の群れが現れる。その見事な編隊飛行を率いているのは一際大きな古代龍だった。毎年、晩冬から晩春までに魔竜の群れが現れ、半月に渡って怒涛のように侵攻が繰り広げられる。
楽園を巡って繰り広げられきた、人間と竜の戦い。魔竜戦争。
去年は三月中旬から四月頭まで。今年は到来が大幅に早まり、こうして一月の正月明けからの開始となる。
人間も竜も、互いに若者たちがふるいに掛けられ、生き残った者がより優れた強者となる。特に、超越の奇跡を得た人間は英雄に、不死の奇跡を得た竜は龍となる。
かつて、一体の龍が小さな王国を滅ぼした。
ここではどうか。
俺はその光景をまだ見ていない。
「さあ行こう。明日の為に。」
「うん。」
冒険の旅は終わった。余すことなく完璧に。
しかし、まだ続いているものがある。
続けられるものがある。
未だ来たらざるもの。
それだけは、いつまでも尽きることがないだろう。
以上でこの物語は完結となります。短い間でしたが今までお付き合いして頂き、本当にありがとうございました。
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