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 黒く暗い自室に唐突にギードが現れたのは、あの戦いから三日後の事だった。


「よう、具合はどうだ?」

「どうもこうもない。見ての通りだ。」


「ははっ、違いない。見ての通りだな。聞いたぜ、体を引き摺って、逃げ出すみたいに無理矢理退院したんだってな。」

「自分から好き好んでモルモットになるつもりはない。」


 勝手にベッドに腰かけてギードが笑う。部屋に溶け込むような艶やかな黒髪。背後に飾られた、青紫のバラの色彩がよく似合っていた。


「んで? 英雄サマは事の顛末を聞かずに姿をくらませて、ありがたやありがたや、めでたしめでたし、と。」

「全部間違ってるぞ。アテターから最低限の事は聞いている。」


 ――あの戦いの後、楽園全域で魔物化した市民はゼロ。自然死や事故死等で命を落とした場合も魔物化した者は一人もいなかった。あの幼児も、フェンブレン達も命に別状はない。寄生されていた時の全ての記憶を失っていること以外、心身ともに悪影響は残されていないとのこと。カンクナットの秘密工場や、病院廃墟地下のアジトも含め、セキゼスの拠点の捜索、物証の検証は目下継続中。


 ――未解明の魔導器を放置することはできず、地下帝国は第二外環と第三外環の全市民を対象にした健康診断を実施することを決定。該当者を発見次第、魔導器を除去、心臓の再生医療を施していくという。さらに該当者でなくても何らかの傷病を発見した場合もほぼ無償で治療を受けることができる。そして、その健康診断は今後も定期的に実施されることが帝王塔で決定された。一連の事件の全てが解決するには年単位の月日が必要だろう。


 ――遺失奇跡にまつわる事件は全て秘匿される。セキゼスの顛末も例外ではない。結果的に、ほとんどの市民にとっては抜本的な医療改革の恩恵だけを享受することになり、地下帝国への支持が更に高まったという。その財源は、外界からもたらされた莫大な財貨と資源。俺が帝国に売り払った、魔界で得た宝物や希少金属だ。


「ここに来たということは、お前とあの子はもう元通りになったのか?」

「ああ、お陰様でな。しかもタダでな。帝国様様、再生魔法様様だ。テスも後で直接会ってちゃんとお礼を言いたいってさ。」


「そういえば、本人とは一度も話す機会がないままだったな。」

「ひひっ、命の恩人だからって、弱みに付け込んで手を出すなよ?」


「くたばれ。」

「つーかよ、デイル嬢ちゃんなら軽く再生魔法も使えるだろ? やっぱ覚えといた方がいいぜ?」


「…はあ。魔法の適正と、魔法屋に行く足があっても、払う金がない。」

「世知辛いなー。つっても、店より安く魔法定式を転写してくれる人間を見つけるのも、欲しい魔法が空から降ってくるのを待つのも、宝くじで一等を狙うようなもんだしな。…ん? 帝国から特別報酬みたいのはなかったのか?」


「トントンだ。寧ろ、危うく損害賠償の方が上回りそうだったくらいだ。」

「あー、聞いた聞いた。お前が力尽きた直後に、皇帝陛下がどろどろに融けた庭街のフレームを修復したんだって? 時空固定と物質操作の正統奇跡を見逃すなんて、もったいないことをしたなー。」


「そうだな。世界そのものを操る第二奇跡の発現は、魔界でも一度見たきりだ。」

「一度はあんのかよ。こえー。魔界こえー。まじやべえ。」


「お前も越えてきたんだろうが。…前置きはこの位にして、そろそろお前の話を聞かせてもらおうか。いまさら、しらばっくれるのは無しだ。」

「ん? あぁ、あいつとオレがどういうふうに関わってたかって話か。んなもん、大層な話じゃねえよ。テスが悪い奴らにだまされたっぽいから、偽造した証明書で潜入調査をしただけさ。あいつも、カンクナットの野郎も結局最後まで俺とテスの関係に気付いてなかったと思うぜ。」


「そんな簡単にいくのか? それに、お前は見た目だけは麗人族で悪目立ちするだろう。」

「中身も麗人だよ。乙女だっつーの。ザルだったんだよ、そういうのは。麗人族だろうが虹髪族だろうが、底辺の労働者つったら皆同じ。カンクナットは密造酒に手を染めていたとはいえ生粋の中流階級の経営者様で、あいつは人を人として見ていない間抜けだった。地獄や浮浪者界隈で多少有名な不良麗人、シージード・ギード様の事なんざ微塵も知らなかったし、そもそも、十把一絡げの奴隷の事なんか気にもしていなかった。そうだろう?」


「よく言う。容疑者逮捕の記事にはお前の職業も乗っていたぞ。三級狩猟者及び五級追跡者とな。スパイだとバレて殺される覚悟をしていたはずだ。違うか?」

「まあな。しかし結局、俺は放置された。勝手に怖がられてな。結果オーライだ。」


「危ない橋を渡ったな。」

「エロ親父のカンクナットにやられそうになった時はさすがに肝が冷えたし、危うくぶち殺しちまうところだったけどな。ひひっ。」


「…もうそういうことはよせ。」

「さあて、な。まあ、そういうこともあったが、俺なりに成果は出せた。テスは無事で、巨悪は滅びた。万々歳だ。」


「結局は、何もかも上手くいくと思い込んでいた相手が油断で自滅したわけか。」

「油断つーか、ずっとそれでも上手くいってたのは確かだろうぜ。手術の際に言われた脅し文句はありきたりなものだったが、半不死の奇跡に裏打ちされた実力は本物。オレだって命は惜しいから碌に動けなかった。おまけにあの首飾りだ。もし計画が失敗しても、隠れてやり過ごしてから、愚直に一からやり直すつもりだったんじゃねえか? 面倒臭いとか、勿体ないとかの感情はすり切れてたのかもな。頭がいいのか馬鹿なのか分りゃしねえ。そういうイキモノになってたって言えば元も子もないけどな。

 で、お前とデイル嬢ちゃんだけが本気で隠れたあいつを追い詰めることができた。偶然にして必然。運が悪かったなって奴だ。…あいつが、大昔に奇跡が封じられた本を捲ったように。小さな王国が龍に滅ぼされたように。」


「…あの、日記か。」

「お前が意識を取り戻してから丸一日、一心不乱に書き上げた、辞書みたいに分厚いセキゼスの生涯。あれ程に大っぴらじゃなかったし、まさか首飾りが本体だとは分からなかったし、時間も場所もバラバラで判然としなかった。語り手の本名すら分からないままの、狂った主観の物語。

 でも、俺もテスも見たんだ。読んだ、といった方が正しいか。それに、きっと他の奴らもそうだったんだろうな。

 心臓を取り換えられた時に、頭に流れ込んできた。業と狂気。人間の、知性と自我だけの、どうしようもない悪。故郷と愛を失ったまま生き続けた地獄。」


「……。」

「あいつにとってそんなことをする必要はどこにもないから、多分、心臓の具合が悪くなってから無意識の内に記憶が溢れ出ていたんだろう。穴の開いた心臓から、血が溢れるみたいに。」


「…もし、もしそれが意識的なものだったとしたら。セキゼスは、自分が生きた…。」

「優しいな。そうやってあいつの名を言えるのは、お前だけだ。」


 初めて見るような笑顔を浮かべ、ギードは俺にの頬に唇を押し当ててきた。


「契約成立だ、可愛いご主人様。俺を酷い目に合わせたくなかったら、精々上手く使ってくれよな。」

「おい…。話を…。」


「奥方様によろしく。ワタクシは忠実な犬で御座いますって伝えてくれ。ああそうそう、いつかちゃんと、ご主人様の本名も教えてくれよな。」


 今度は満面の笑顔を見せ、背を向けて軽く手を上げ、意気揚々と部屋を出ていった。


「また飲みに行こうぜ。酒がないと話せないようなこと、たくさん話そう。お触りアリで。」


 最後まで、減らず口を叩いて。





「あれ、ギードったら、もう行っちゃったの? これからの事、三人で話したかったのに。」


 入れ替わるように部屋に入ってきたデイルが微笑み、寝汗の滲んだ服を優しく脱がしてくる。

 俺は為されるがままだ。なぜなら、真新しい体になって目覚めてすぐに周囲の制止も聞かずに半狂乱でセキゼスの一生を書き続けたという無理をしたせいで、全身が筋肉痛のようになって思うように体を動かせなくなってしまったからだ。魔法の後遺症で脳神経が異常に亢進していたのも重なり、自分でもどうしても手を止められなかった。

 そして更に、その状態のまま()()うの体で地下帝国の病院から抜け出してきたせいで、無様にも高熱と倦怠感も追加されてしまい、重病人のごとく横たわっているという訳だ。

 久しぶりにデイルに激怒された。今は反省している。


「あの子は変なところで恥ずかしがり屋なんだから。」

「…なあ、デイル。」


「なあに? ご主人様。」


 着替えの介護を受けながら、機嫌の直った奴隷で妻の少女に声をかける。彼女はどれほど感情的になっても、翌日まで不機嫌さを引き摺らない。本当にいい女だ。


「俺は決して、浮気をするつもりもないし、したくもないんだ。」

「うん。信じてる。」


「そうか、なら。」

「でもね、ご主人様。男の人って、浮気をする生き物なのよ。」


「やめろ。断言するな。お前が言うと洒落にならない。壮麗でファンタジックな戦いが終わったばかりなんだ。生々しいことを言わないでくれ。」

「ふふっ。怒っているわけでも悲しんでいるわけでもないの。本当よ。」


 そう言って一区切りし、俺に新品の寝間着を着せてから。


「えっとね。ご主人様。たとえ相手が同性愛者で、どれだけ男の人みたいなことを言ってても。

 恋人に黙って、綺麗な女の子と二人でお酒を飲みに行っちゃうのは、それだけで立派な浮気なのよ。朝帰りだったら、なおさら。」


 少し困ったように、そう言った。

 それは本当に、困ったなあ、というような可憐な困り顔だった。


「な…。」


 俺は言葉を失った。紛れもなく、それは生涯で最大級の衝撃だった。あまりのことに、自分の不明と迂闊さに打ちのめされた。


 輝かしい過去の冒険の栄光の全てが、奈落の底に落ちてしまうような感覚だった。


「もちろん、お店で深酒をしただけで肉体関係があったわけじゃないって分かってるわ。あの子を全然女の子扱いしていないからこそ、あの時に躊躇せず丸焼きにしようとしたんでしょうし。いい意味でも悪い意味でも。

 …でもその時に、色々と話を聞いてあげたんでしょう? 根気よく、ずっと、慰めてあげるだけで…。」


 俺は混乱して何も答えられなかった。


 子どものように無抵抗で下半身も着替えさせられ、粥を口に運ばれた。


 間の抜けたような呼び鈴が鳴る。間抜けなのは俺だった。


 呆けたままの俺を一旦放置してデイルが玄関に向かう。誰が来たのかは分かっていた。寝室のドアが開き、家族に近しい関係の若者たちが入ってくる。


「お邪魔します。具合はどう…、って、大丈夫? ねえ、君。本当に…、ええっと、見た目の事じゃなくて…。」

「混乱。死んだ目。心理的動揺?」


「…いや、見た目の問題から片付けよう。グイン。シャネ。今の俺は、どう見える?」


 そうだ。ここにきて、問題は山積している。一つずつ片付けなければならない。

 まずはそう、俺自身の事だ。ここから始めないとどうにもならない。


「どうって…、その…。…うん、率直に言うね。可愛い男の子。少なくとも、白豚族の大人の人には見えないよ。帝国の人たちもすごくびっくりしてたから、珍しいことなんだよね?」

「可憐な美少年。灰眼族だと十五歳位。麗人族だと成人。…麗人族の男性は未確認。」


「ベテランの魔法使いには見えないか?」

「愛着のある姿じゃなくなったのは少し寂しいけど、君は君だよ。うん。」

「別ベクトル。」


「そう、か…。」


「ご主人様。はい、鏡。」


 いつの間にか傍に寄ってきていたデイルが手鏡を渡してくる。ひどく懐かしいやり取りのような気がした。


「…昔の、面影がある。それも、子どもの頃の…。」


「うん。ええっとね、時間がなかったから。ご主人様の残りの体もほとんど残ってなくて。だから、そうするしかなかったの。それに、あの時のご主人様は精霊に近い存在になってたから…。ごめんなさい。」


「いいや、お前が謝る必要はどこにもない。助けてくれて、ありがとう。」

「どういたしまして。違和感はある?」


「覚悟していたほどじゃない…が、色々同時に起こりすぎて、頭がパンクしそうだ。あれもこれも…。」


 目を瞑って倒れ込む。前は小さく感じていたダブルベッドに小さな背中を沈みこませる。


「これからどうすればいいのか…。」


 魔法が解けた、ということだろうか。

 良くあるおとぎ話のように。魔法で姿を替えられた愚かな人間が、試練を乗り越えて元の姿を取り戻すという。しかも、若返りと美形化の特典付き。

 いや、ここまで来ると新しい呪いと言った方がいいのではないか。


「少なくとも、モテるだろうね。女の子みたいに綺麗だし。すごく。あ、いや、白豚族を悪く言ってるわけでも、やましい気持ちがあるわけでもないよ。」

「明快。魅力は色々。グイン、有罪。」


「…頭が痛い。」


 永い旅は終わったと思っていたが、まだ覚悟が足りなかったということか。それにしても、最後の最後で、こんな…。


「デイル…。」


 恨みがましい目をして可憐な悪魔を睨みつける。


「よしよし。大丈夫。どんな姿になっても、ご主人様はご主人様だから。またすぐに慣れるよ。」


 頭を撫でられて可愛がられた。


「後で覚えていろ。」

「今後ともよろしくね、ご主人様。」


 いつか見た笑顔。やはり、こいつは悪魔だ。半分以上狙っていたと確信する。


「…謝る、俺が悪かった。ちゃんと話し合おう。大事なものを守るために…。」


 そういう内心に反して、もう一方の本心で左手を動かし、綺麗な手を取る。俺の右腕は失われたままだ。そして不思議なことに、保管されている精霊の腕は今の自分の体に合わせて小さく縮んでいるという。


「体は大丈夫か? 後遺症は…。」


 キスをされた。とても長く。家族のように思っている若者たちがそそくさと部屋を出て行ってしまう。「お大事に」「善哉(ぜんや)」という言葉と、三日三晩は家に籠れるだけの食材と生活用品の置き土産を残して。精が付く食材が多いような気がする。

 この子たちはこんなに愉快な性格をしていただろうか。…今は彼らの成長を喜ぶことにしよう。


 デイルと同じ背格好の新しい体が、なぜかとても嬉しい。

 忘れられない夜になりそうだ。



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