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 ――【第三奇跡・精霊誕生・派生具現・限定覚醒・霊魂授受・全能抽出】


 俺は目覚める。覚醒する。

 精霊骸の腕を触媒として、かつての冒険で手中にし、偉大な敵を滅ぼすために手放した第三の奇跡を呼び起こす。




 ――【第四奇跡・生命誕生・派生具現・限定想起・生体超越・運命流転】


 デイルは思い出す。想起する。

 三種の(とこしえ)を触媒として、かつての冒険で献上され、長い時を経てあるべき場所に還した第四の奇跡を呼び起こす。




 奇跡の全てを失ってしまったわけではない。この体の中で今も七色に輝いて息づいている。あの輝きと輪郭は世界の時空に確かに刻まれている。

 だから心から望むのなら、ごく短い間だけ、もう一度手にすることができる。

 長針が七回、時を刻めば精霊の力は再び微睡に沈むだろう。生命の力は再び忘却の淵へと還っていくだろう。

 しかし、ここから決着をつけるには、それで十分だ。




 ――また頼む。

 ――久しぶり。




 まず、目覚めたばかりの霊魂の螺旋から全能の一端を引き出し、淀む血臭を掻き消した。

 次に、思い出されたばかりの生体の秘密が運命という流れに運ばれ、五十一体の魔物を沈静させた。



 ――【第六奇跡・魔法誕生・派生具現・限定行使・定式構築・乖離操作・色彩・火球・翔・狙・爆・煌・燿・朱・紅・赤・眩・晃・十乖・落火赤光】


 そして、全能の名において、()()()()()()()()()()()()()()()使()()()

 主観において観測する時間が引き延ばされているため、乖離の火が手中の空間に緩慢に発生し、ゆっくりと解き放たれる。


 精霊の力は全能であり、無色透明なままあらゆる干渉を壊す力としても防ぐ力としても振るうことが可能だ。しかし一方で、精霊の力は全能であるが故に、無色のままでは極めて効率が悪い。

 用途の明確な魔法があるならば、それらの色や形に変換した方が的確かつ迅速にエネルギーを活用することができる。


 そうして造られた落日の火球は血の靄を一撃で霧散させ、大きな爆発を引き起こした。火炎が逆巻き、熱波が荒れ狂った。


 その結果、フェンブレンがいとも簡単に吹き飛ばされた。




 ――【形象・砂棘・渦・捩・凝・剛・剛・剛・剛・皓・靭・晶】

  ――象る・眠る真砂の美姫の棘よ・渦巻き・捩じり・凝れ・剛く・剛く・剛く・剛く・(しろ)く・靭やかに・晶らかに


 ――【十乖・王女は白砂の砂漠に棘の王冠を埋める】


 やや遅れて、生命の限界を超克(ちょうこく)したデイルが十乖位の砂のイバラを編み終わる。

 髪の先端まで白く輝く彼女の周囲から、棘の先端まで白く輝く大渦が地中から湧き立ち、ゆっくりと、かつ素早く、空中のフェンブレンへと殺到する。




 白色のイバラが物言わぬフェンブレンの手足を捕らえた。

 イバラを介して、デイルから生命を支配する波動が伝わっていく。間もなく、あの男は昏睡という生命活動の停滞に沈むだろう。




 足元が揺らぎ、地の底から、火山のように赤い飛沫が噴出する。

 粘性の高いその液体は、溶岩ではなく血潮だった。視界が赤く染まっていく。瞳が血に濡れるのではなく、大気が血に濡れて。


 破滅的な音を立て、血の奔流が地を引き裂いた。


 デイルを抱え、その場から跳躍する。

 全能の無色透明のエネルギーを必要な分量だけ抽出し、周囲に丸く放射する。


 空気を歪ませて空高く飛翔し、同時に噴出する血の流れを押し返す。


 しかし、地割れは見渡す限りまで広がり、血の噴出が止まらない。宿舎を中心として地面の大半が陥没し、蜘蛛の巣のような亀裂が走り、その全ての間隙から真っ赤な血が噴き出してくる。前もって、莫大な量の血液が地中に貯めこまれていたとしか考えられない。


 であれば。ここは敵の隠れ家の一つではない。敵の本拠地だ。自身の破滅を察知し、敵もまた決戦の準備を整えていたのか。


 吹き上がった血潮は一本の巨大な管へと収束していく。赤い蛇。あるいは龍。一体の生物のように彩られ、象られ、形成され、上空へと立ち昇っていく。


 血の管の如き龍――名付けるなら、血管龍。


 龍の先端が正二十面体の結界の天頂部と衝突する。


 世界が軋むような金属音が響き渡った。




 ――世界を観測する力を紡ぐ。

 十二乖位に相当する封鎖結界がひび割れ、血管龍の体内から放出された時空振動がごく僅かに外界へと漏れ出たことを知覚する。


 その振動は微弱だったが、エネルギーが零になるまでに進んだ距離で、楽園内に点在する幾つかの魔導心臓を通過した。

 血管龍が発した振動は、近辺の庭街と段街の上層に存在する疑似心臓の魔導器を劇的に変化させた。

 すなわち、それが移植されていた人間が即死し、数秒後に心臓体へと変貌した。止められる者はおらず、周囲の市民を無差別に襲い始めた。


 その数、およそ二百。


 限られた範囲とはいえ、最も恐れていた事態が発生する。

 敵は全てを台無しにするつもりだ。


 破滅を防ぐために全能の力を大部分を結界維持と血管龍の圧迫に割り当てる。また、泡状の隔膜を造り、背後のグインとシャネを忘れずに包み込んで保護した。二人が何か喚いているが、今は無視する。若者だから大丈夫だろう。


 龍が外へ逃れることだけは、絶対に阻止しなければならない。




 脱出を阻止された血管龍が反撃を行う。長い胴体の表面から鮮血の奔流と鞭のような無数の細い血管が噴出し、白砂のイバラを押し流した。

 その間にフェンブレンが一本の小血管によって巻き取られ、龍の胴体の中へと取り込まれた。


 辛うじて、イバラが絡め取った細い血管を浄化の剣で切断する。

 切断はできたが、龍の胴体はおろか、その血管すら蒸発しない。

 血管龍は死者ではなく、生きている。生物の一種として律動している。




 再び、観測の力を抽出して血管龍を透かし見た。

 大量の血液が満ちる巨大な管の中に、フェンブレンだけでなく十数もの人間たちが閉じ込められているのが見えた。大血管そのものでもある胴体内部で、頭部から尾部まで等間隔で一列に並んでいる。

 彼らは死んでいるようにも生きているようにも見えた。


 そして、龍の胸に当たる位置に鮮血色の巨大な心臓が浮かんでいた。それは拍動していた。激しく、規則正しく。本物の心臓のように。


 傍らに浮かんでいたデイルが『永劫』の剣を振り下ろす。生命の正統奇跡の名の下に、絶対切断の力を得た白銀の神器が眩い光刃を(ひらめ)かせ、血管龍を断ち切り、輪切りにした。


 しかしその一瞬後には血の龍が瞬時に胴体を繋ぎ合わせ、再び一本の管となっていた。


 デイルはもう一度光刃を振るう。浮かんでいる人間たちの間の血管を切断する。更にもう一度。もう一度。

 しかしその度に、龍は瞬く間に繋ぎ合わされる。刃が通り過ぎた直後から、まるで互いに強い引力に引かれ合う粘液のように。


『切断は無意味だな。きっと、あの人間たちを殺さない限り。』

『フェンブレンを一度捕まえた時に分かったわ。あの人たちの心臓は生身のものよ。造りものじゃない。だから、生きてる。きっと、あの魔法使いが取り付き、成り変わってきた人たち。』


 同じ方向を注視していたデイルに思念を繋げると、そのような言葉が告げられた。


『あの血の龍も。この血潮は、本物の龍と人間の血が混ざったもの。世界ができて、()()()の次に生まれた原初の生命。それが丸ごと、大量の血で再現されてる。』


 咆哮。


 血管龍は全能の力で押さえ込まれながらも激しく身じろぎし、咆え立て、結界の外へと飛び立とうとしていた。胴体の表面から大小さまざまな血管が伸長し、膜となり、翼や鰭のような器官が造り出された。


 血の翼が一度、大きく羽ばたく。


 衝撃波の爆風と共に、翼の表皮から赤い靄が勢いよく放たれる。それらは全て鋭利な刃を持つ幾千幾万もの毛細血管だった。


 ――【色彩・氷壁・(ひゃく)・凍・遮・結・断・閉・暗・冥・昏】


 水色の氷壁を簡易的に一瞬でまとめて具現させ、空中に展開する。

 百枚の青い壁が数千の血の刃によって次々に切り刻まれていく。

 数を揃えても、九度の乖離ではあの龍の攻撃を抑えることはできなかった。




 稼いだ数秒で、デイルが紡ぐ。


 ――【形象・砂棘・渦・捩・凝・剛・剛・剛・剛・皓・靭・晶・而・龍】

  ――象る・眠る真砂の美姫の棘よ・渦巻き・捩じり・凝り・剛く・剛く・剛く・剛く・(しろ)く・靭やかに・晶らかに・(しか)して・龍となれ


 ――【十二乖・王女は白砂の砂漠を(まと)う龍となる】


 乖離を重ねること、十二回。この剣と同じだけの奇跡。

 血流に蹂躙された土砂が透明な微小結晶へと還元されてゆく。それらは渦巻き、湧き立ち、白く輝くイバラの龍となった。


 白い龍は身を捩じりながら地上から天空へと昇り、赤い毛細血管も血膜も全て粉砕し、螺旋を描き、血管龍へと幾重にも巻き付いた。




 白く輝くデイルが宿すのは一束の生命の力。やがては恒星の内包にまで至る、確約された生命の進化と死生を司る。すなわち、一つの星と等しいだけのエネルギーと、星の数ほどの可能性と不可能性を。今の彼女に死は存在しない。


 赤い管の龍に宇宙真空の空虚なる死の力が降りかかる。生きているのなら、その冷却のエネルギーに抗うことはできない。

 幾億の死の溶液が血流に浸潤し、龍が吠えた。




 血管龍が激しくのたうち回る。体中から出鱈目に血管が射出され、枝分かれしていく。


 血流が爆発的に拡大し、それとは逆に龍の胴体が縮小していく。


 犠牲者達にそうさせたように、最後には自身が自爆するのだろう。




 俺だけでは抑え切れなかった。デイルだけでは手が足りなかった。


 広大な魔界の大空であれば、気兼ねなく破壊の力を撒き散らして戦うこともできた。

 古代の龍を狭い空間に封じ込めたまま戦うことは至難を極める。

 これは落下する彗星との戦いに等しい。


 しかし、俺達は二人だ。

 力を合わせれば、そう、気障な言い方をすれば、世界を救うこともできる。もう誰も殺させない。


 ――【第六奇跡・魔法誕生・派生具現・限定行使・定式構築・乖離操作・色彩・火球・暉・煌・燿・朱・紅・赤・赫・緋・晃・涯・而・結・星】

  ――彩る・赫々たる火の天球よ・(ひか)り・(きらめ)き・(かがや)け・朱く・紅く・赤く・赫く・緋く・(あき)らかに・(はて)へと・(しか)して・結び・星となれ


 ――【十三乖・火天(かてん)赤星(せきせい)




 火炎の天空を造り、その炎心の明星(あかぼし)を正二十面体の中心に固定する。


 封鎖された天空の中で、何もかもが赤く染まっていく。砂も土も蒸発し、地面が消失していく。神話時代に時空の奇跡によって固定されたフレームすら徐々に融けて歪んでいく。

 硝子状に融解してなお力を失わない白龍によって捕えられ、赤龍にはもう抗う術は残されていなかった。


 そして、蠢く赤い血が収縮し切るより早く、赤い火が全てを呑み込んだ。




 全てが灰になる前に、胴の中に囚われていた人間達を全能の一部で掬い取り、デイルが残された貴重な酸素ごと異空間へと隔離する。


 最後に、黒く燃え尽きた龍の心臓が罅割れ、赤く精緻な心臓の首飾りを下げた幼児が零れ落ちた。


 ああ、という言葉にならない言葉が零れた。




 幼児は目を瞑り、眠っているようだった。首飾りは幼児の胸に密着していて、どうしても首飾りだけを焼き切ることはできなかった。どうしても、幼児ごと焼き殺すことはできなかった。


 隔離の泡を造り、首飾りを弾き、幼児だけを包もうとした。

 その時、心臓の首飾りから二本の細い血管が伸び、一瞬で泡を破って弾けさせた。その二本の血管は今までで最も強靭で、最も破壊的な力を秘めていた。それはそのまま俺の心臓を貫いた。その内の一本はデイルを狙っていた。だから計算は合っている。


 悲鳴を呑み込んだデイルの手が、辛うじて俺を生かす。


 俺を通して、デイルの生命の力が突き刺された血管に辛うじて浸透する。生命の奇跡によって、露出した心臓の首飾りを制止させる。

 そして最後の心臓の秘密が明かされる。


 ――【第四奇跡・生命誕生・派生具現・異端製造・不死龍玉】


 それは、俺達が持つ完成された正統奇跡ではなく、忌むべき異端奇跡だった。造られた龍の心臓。不死の赤い龍玉。


『あれが、本体。あの首飾りは、奇跡の一部を得た半不死の龍の心臓から造られた、生きた疑似心臓。あの中に人間の知性と自我が宿ってる。今までの魔導心臓は、全てあれの複製品だった…。』

『道理で。人間の派生奇跡か。人格の自律と、不滅…。』


 生と死の均衡。


 俺は動けない。胸を貫かれたまま、この空間と火の星を維持するために大部分のエネルギーを費やさなければならない。


 デイルは動けない。ほとんど死んでいる俺の生命活動を維持し、同時に敵本体を死の力で抑制しなければならない。


 刻一刻と時間が過ぎていく。二人がかりで残された力を総動員し、人質に取られた幼い子どもを首飾りの支配から切り離そうとする。




 ――【第五奇跡・人間誕生・派生具現・恒久言語・知性宮殿・自我戴冠】




 胸を貫く血管から、そのような意味を持つ波動が伝わったような気がした。


 龍の心臓から象られた疑似心臓の首飾りには、確かに人間の精神が存在している。それは人間だった。それは人間を支配することができる。それは指向性を持つ。それは名を持つ。


 それは言語化された知識と記憶を持つ。


 幾千万、幾億の文字が頭の中に流れ込んでくる。






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              。r禾 ̄沁゜>。 

               ,≦ニ三三三三三三三三汝心、

             ∧ニ三三三三三三三三三三三凰》,

          夕三三三三三三三三三三三三三擬ハ

         〃三三三三三三三三三三三三三三三爾い

    - - ‐─  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ─‐ -- 、、、、_

 ‐=‐   ─====‐           _            =- -

  -=≡                   _ __ ̄ _    ≡=-

    _=  ̄             ̄  ̄       ̄

  ≡=                 ___________----=-

-==‐‐ -- -- -- -- -- -- --- ---------------------------------------------------≡=






 いつか、どこかの光景。


 それは言語的生命だった。映像すら文字や記号、線分によって表されていた。それがそれの限界だった。それがこの奇跡の限界だった。あるいは人間の。


 それでも、それは確かに人間だった。

 寧ろ、それこそが人間だと言えるかもしれない。




 過去は見ることができない。

 しかし、聞くことはできる。知ることはできる。こうして、一冊の本を読むことはできる。




 ――彼の名を、エンドゥ・セキゼスといった。










プレビューでは問題ないのですが、上のシーンは文字がずれて歪んでいないでしょうか。

(追記)スマートフォンではアスキーアートの文字がズレて表示されるようです。申し訳ありません。


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