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「――ああ、そうだ。調査は引き続き頼む。解決したらこちらからもう一度連絡する。」


 遍話機を切る。濃密な情報に溺れないよう、グラスの中の冷水を飲んで一息をつく。


「ご主人様。」


 可憐な声が耳を撫でる。


「タトタットから、分かっているところまでの報告を聞いた。そろそろ行こう。準備はいいか?」

「うん。ばっちり。」


 七月四日、午前五時四十分。

 地下帝国内の高級ホテル、そのスイートルーム。この歳になって、これまでの人生の中で最も高価な寝室で一夜を過ごした。


 昨夜、留置場から退出してすぐに、俺達はアテターが手配した近場のホテルへと移動した。時間節約の為、事件を解決する作戦の打ち合わせは車内で済ませた。


 疲労の回復を優先して、就寝前の情事の甘さは控えめだった。キスをして互いに体を撫で合った程度。

 ちょっとしたジンクスだ。いつも、大きな戦いの前は軽いペッティングで済ましている。戦いの前にこそ交わるべきだという意見もあるのは知っているが、これはある種の信仰めいた習慣であり、文化的な価値観の問題だと思っている。決して、昂りを溜めて楽しみを後に取っておくという幼稚な理由からではない。


 室内のあまりの高級感に気後れしつつも、キングサイズの柔らかなベッドに沈むとすぐに睡眠時間を確保することができた。

 夢は特に見なかった。相手の体温を感じながら目を覚ました。デイルからのおはようのキス。それからすぐ、俺たちはそれぞれ決戦に向けて準備を行った。入念に、かつ迅速に。体調に問題はない。絶好調ではないが、悪くもないという程度。


 デイルとは違い、俺の準備にさほど時間はかからない。

 出発の予定時刻まで空いた時間で、俺はタトタットに情報収集を依頼していたことを思い出していた。


「こんな朝早くから? 迷惑じゃなかった?」

「…そんなことはない。タトタットの生活習慣は把握している。今は早朝の散歩の時間だから大丈夫なはずだ。」


 デイルは内外に俺の奴隷を自称しているが、たまに妙な目線でこちらの軽率な言動に対して諫言を行う優秀な従者でもある。母親目線とは本人には言うまい。


「娘目線だからね? パパ。」

「何も言ってない。心を読むのはやめろ。そう呼ぶのもやめろ。」


 デイルがくすくすと笑う。その華奢な姿は、今は裾の長い灰白色のローブに覆われている。山吹色に近い金色の髪も大きなフードに隠されていた。


「言いつけ通りに着替えて、ローブを羽織って来たよ。」

「ああ。あの姿は目立ちすぎるからな。…できれば誰にも見られたくないくらいだ。」


「ふうん?」

「なんだ。」


「なんでもないよ。」


 もう一度デイルが笑う。微笑みと言うよりは、にんまりという擬態語が似合いそうな悪戯めいた笑顔だった。






 七色に光る帝都の遠景を眺めながら、専用道路を走る車内でアテターの報告を聞く。

 この位置と角度では、楽園でも名高い帝王塔が視界に入らない。残念だ。


「ギード氏は昨夜から魔導心臓の精密検査中です。本人の希望もあり、安全が完全に確保されてから詳細な聴取が行われる予定です。ただし、今日の作戦開始までには間に合わないでしょう。」


 アテターは淡々と報告を続ける。昨日までとは出で立ちも雰囲気もまるで違うデイルにはさして目を遣らず、何も問題がないように振舞っている。それだけで優秀な人間だと判断できる。


「外部からの干渉から魔導器を遮断した場合、それをトリガーとして致命的な機能が起動するケースもあります。そのため、デイル様が示されたポイントから、楽園全域に届く強度の特徴的な電磁波や時空振動のパターンが放出されていないか一夜をかけて観測しました。

 その結果、パターンはごく微弱であり、一度も強いパルスは放出されてません。魔導心臓は常に製造者の支配下に置かれているわけではないことが判明しました。万一のため、ギード氏とテス氏を含め、救出された被害者の方々は外部からの干渉を弾く研究用の特殊施設に収容しています。」


「それは朗報だ。それなら、予定通り敵の潜伏地の封鎖も可能だな。」

「はい。物理的にも、魔法的にも全方位から封殺します。一晩を費やして準備は完了済みです。上級特殊部隊を動員し、十二乖位相当の強度を持つ魔法結界を構築します。物理的な封鎖や避難を含めた、その他の後方支援についても我々にお任せください。」


「助かる。なら後は、俺達しだいだ。倒すか、倒されるか。分かりやすくていい。」

「我々はあなた方の勝利を疑っていません。しかし、お気を付けください。潜伏先の農場がアジトの一つであり、その経営者もカンクナット同様にフェンブレンの手下である可能性は極めて高いでしょう。また、農場に所属している生産者達の救出はもう既に困難です。」


「分かっている。そうだとしても、やるべきことに変わりはない。」

「ファット様。改めて、正式に逃亡者の追跡を依頼いたします。デッドオアアライブ、生死を問わず、フェンブレンを確保してください。」


「ああ。全力を尽くす。」

「ありがとうございます。」


 やがて車両は地下道を抜け、段街の車道に至った。魔導列車と魔導バスの間を縫うように、曲がりくねりながらひたすら上昇していく。色鮮やかなモザイクが緩やかな段々の層をなして渦巻いている。


「よくもまあ、こんな街が成立するものだ。」

「我々の誇りです。しかし今回の件のように犯罪者の跳梁を許しているのが現状で、未だ抜本的な解決には至っていません。」


「こうして見る街も綺麗だね。」

「ああ。」


「お二人は、この楽園をどう思われますか?」

「知っている範囲で言えば、緩やかなディストピアだ。これ以上を望むのは現実的ではないと思う。ただ、娯楽が少な目だな。もう少し、ストレスを発散する方法を提供した方がいいんじゃないのか。」

「いい所だと思うよ。私は大好き。んー、テレビジョンとかインターネットとかバーチャルリアリティーとかは、第一外環じゃないと駄目なんだよね。」


「仰る通りです。第二外環より外は、意図的に科学技術と娯楽文化の普及が抑制されています。」

「煉獄と辺獄で格差が激しいな。…いや、煉獄三王国の方が末期的だったりするかもしれないな。」

「半永久機関と物質生成装置が実現して、一生遊んで暮らせる人ばっかりって聞いたことがあるけど、本当?」


「帝国の管轄外のことでもありますし、この場では答えを控えさせて頂きます。」

「あ、逃げた。」

「ご勘弁を。」

「…昨日から思っていたが、機脳族にしてはユーモアがある方なのか?」

「同僚からよく言われます。…ファット様が仰られた懸念については、ご自身で魔界の冒険譚を小説ににする、という方法があります。どうでしょうか。」

「藪蛇だったか。…前向きに考えておく。タトタットも巻き込むか…。」

「わ。私もすごくいいと思うよ。ふふっ、ご主人様、昨日から一味違うね。」

「地に足を付けると覚悟を決めたからな。…それで最初に印税に目が眩んだのは自分でもどうかと思うが。」

「出版されれば立ちどころに全市民の話題となるでしょうね。学術的価値も非常に高く、歴史的作品になることは間違いありません。流石はファット様。」

「やめてくれ。」

「ちなみに、小説の出版には最低でも五級文芸者の資格が必要です。功績や売り上げが一定に達しない文芸者は資格を剥奪されるため、常に定員に空きがあります。狙い目の職だとアドバイスさせて頂きます。」

「……。」

「私も一緒に勉強して何か新しい資格を取ろうかな。ふふっ、楽しみだね。」

「…ああ。そうだな。平和の中でも、どうなるのか分からないというのは、楽しみだ。」


 次は、俺の方からタトタットの中間報告を簡潔に告げることにした。

 デイルにとってもアテターにとっても初耳の事が多いようで、まるで正反対の二人の人間が興味深そうに話を聞いている様子は不謹慎にも苦笑してしまいそうになる光景だった。


 風変わりな社会学者であり、腕の立つ情報屋でもあるタトタット曰く、丁度、蒐集ファイルの書庫に類似の風聞が納まっているのを思い出したと。曰く――


 ――少なくとも数十年前から、五級製造者と五級生産者の間で、選ばれた者が魔法の心臓の恩恵を受けられるという根も葉もない噂が広がっていた、と。


 ――曰く、恩恵を受けた者は体が健康になり、怪我をしなくなり、長時間働いてもあまり疲れない体になる。その効果は新しい才能や魔法を得られるという訳ではなく、身体能力に限定される程度の恵みでしかない。しかしそれは、現実的で決定的な差を生み出す恵みでもあった。

 ささやかな恩恵によって不眠や抑うつが治り、勤務態度が改善し四級に昇格した者もいた。一念発起して勉学と訓練に打ち込み、家事を一手に引き受ける家政者、製造と生産以外の業務を行う従業者、地獄に挑む狩猟者、更には魔界への冒険に赴く外征者の試験に合格した者達もいたという。


 ――曰く、恩恵を与える存在に定まった名はなかった。人間であるかも定かではなかった。それは気まぐれのように何の才能もない者を攫って恩恵を与えたり、貧区街に降臨して一夜の内に全ての住民に恩恵を与えたりしたという。あるいは、重い心臓病を患った子どもの寝床に現れ、無言のまま恩恵をもたらして去ったという伝説も存在していた。


「おとぎ話のような、労働者階級の一部にだけ薄く広がって伝えられていた風聞だ。彼らは決して心臓の恩恵の秘密について明かすことはなく、しかし、時折胸に手を置いて何かに祈っているような姿が目撃されていたということだ。」


「…恥ずかしながら、初めて聞くことばかりです。そうですか。労働者の間で…。」

「昨日、狩場で死んだタインリーもそうだったのだろう。結果は悲惨なものだったが、目標と向上心を持って地獄に挑戦したことは疑わない。」


「我々がフェンブレンの誘拐事件について情報公開を制限していたのは、人身売買や麻薬を扱う裏の組織による犯行である可能性が高いと考えたからです。それが、まさかこれ程執着的に、我々に気付かれないようにほぼ一人で行ってきたこととは。」


「そういえば、そもそも、フェンブレンが捜査線上に浮かびあがったのはなぜだ? なぜ、今になって露呈した?」


「およそ半年前…、正確には一月二十一日のことです。段街の集合住宅の一室で、とある夫婦とその娘が全身を数十回も切断された殺人事件が発生しました。当局は、事件当時唯一行方不明となっていた夫婦の息子を重要参考人としました。

 その近辺で多くの行方不明事件が発生し、その内の一人が第三外環の外れでフェンブレンの家族同様に殺害されて遺棄されていたことが判明したのは、それから数日後のことです。現場にはフェンブレンの毛髪が残されていました。」


「当時は、犯罪組織の末端が薬か何かで凶行に奔ったと考えたわけか。」


「恥ずかしながら。どの組織とも繋がりがなさそうだと判明した時に、捜査方針を切り替えるべきでした。」


「もしかしたらフェンブレンの家族も、直接手を下したわけではなく、最初に誰かが恐慌状態になり、家族同士で殺し合ってしまったのかもしれないな。」


「十分に考えられます。…そうであっても、()()()()()()()()()()()()()()()、という疑問は残りますが。」


「ああ。確かにそうだ。……。」


 作戦開始となる目的地まで、まだ幾ばくかの距離が残されていた。


「…グインとシャネが、テスの両親から話を聞いた。」


 昨夜の就寝前、二人と連絡を取った時の話だ。


 日没後、ナウン・テスが無事保護されたことを警察部隊から聞いた二人は彼女の自宅へと向かった。娘が生きていることを聞いた両親は感涙し、落ち着いた後にぽつりぽつりと話をしたという。


 ――昔から気分の落ち込みが激しかった娘が数ヵ月前から急に活動的になり、不眠がなくなり、リストカットもしなくなったこと。将来、五級従業者の試験を受け、ギードから勧められた個人事業所で働きたいと話していたこと。有言実行で簿記の勉強を始めた姿を見て、自分たちも救われたような気持ちになったこと。

 ただ、料理中に誤って熱湯が腕にかかった時、ほとんど火傷をしておらず、微かな火傷もすぐに治ってしまったように見えたことがあった。それを娘が慌てて誤魔化したということも、何かの凶兆であるかのようにずっと頭の片隅に残っていたという。


「推理の裏付けになる貴重な証言はグインとシャネ二人の功績だ。俺達は、ずっと二人きりで旅をしてきたせいか、他人との距離感が掴みづらくなってしまった。それに、正直、コミュニケーションは得意な方ではない。結果を出すことに焦らず、相手に合わせて聞くべきことを余さず聞くことが俺の今後の課題だ。」

「誰にとっても大事なことです。他者の過去を見ることはできません。ただ、聞き、知ることができるだけです。」


 同意する、というようにアテターが神妙に頷く。


「…それにしても、恩恵、ですか。それこそ、話を聞く限りでは多くの人間に活力と希望を与えているようです。」

「ああ。そうして長い時間をかけて、決して露見しないように魔導心臓を普及させていった。確かにこれだけなら、恩恵を与える魔法使いのおとぎ話だ。」


「なぜここで止まってくれなかったのかと問いたくなります。善行だけでは駄目だったのかと。」

「機会があれば、代わりに聞いておく。」


 そうして、遂に話は終わった。

 巡り巡る、螺旋を描いた。


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