第三話 独りと一人。
少年の序章
異常な者は普通に焦がれ
普通な者は異常を求める
欲望というものは
常に逆を求めてる
屋敷敬次は驚く。
初めて彼女を見た時。
僕は今まで感じたことの無い衝動に駆られた。
「桜峰ヤル。南中出身。帰宅部。よろしく頼む。」
堂々としている。
いや、堂々と「しすぎている」という言い方の方がいいだろう。
まるでフィクションから零れ落ちたような異質な彼女の存在は、モノクロの世界で生きてきた僕には鮮やかすぎる蛍光色であった。
何故、僕はここまで、君に目を奪われたのだろう。
元々人に興味がなかった僕は、いつも独りだった。
一人なんじゃない、独りなんだ。
どれだけ人と話したって、心が繋がった試しがない。
だから、人に興味を持つことも減っていた。
彼女はきっと、僕に似てる。
直感的にそう思った。
堂々とした彼女は、まるでスポットライトの下でたったは一人で演じている女優だったから。
ー…孤独の仲間、といったところだろうか。
とにかく僕は、彼女に他の誰にも感じない感情を覚えた。
この感情にはどんな名前がつけられるのだろう。
興味か。
憧れか。
それとも、
嫌悪か。
ストーカーみたいな言い方になるが、僕は彼女を見続けた。
ついていったりする訳では無い。
学校で、目の届く範囲に彼女がいる間は。
ただこの疑問の答えが欲しくて。
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「ねぇ、桜峰さん。どうして桜を見ているの?」
それは衝動的に。
「考えるより先に身体が動く」
こんな経験は初めてで、自分でも驚いた。
ー…だって、今日の彼女は「違っていた」から。
いつも一人でいる彼女は、いつだって孤独で
でも、今、僕の目の前にいる君は。
まるで生まれ変わったみたいに澄んだ顔で、
桜をみてる。
彼女は一人なのに、孤独じゃない顔をしている。
それが無性に、
イライラした。
僕の呼びかけに応じた桜峰ヤルは、顔を曇らせた。
「…なんで不審者に教えなきゃいけないの?」
不審者って…
彼女の言葉を聞いて、思わず僕は苦笑してしまった。
そんな僕の様子を、彼女は不思議そうに覗き込む。
「えと、僕同じクラスの屋敷敬次なんだけど…」
「…しらない。」
ハッキリ言ったなぁ。
それでもめげずに僕は声を出した。
この位でへこたれる僕じゃない。
「割と席近いんだよ、僕達。」
「…へぇ。」
僕はいつだって、誰とでも上手くやってこれた。
それは無意識に。
それは本能的に。
この自分の性質を、疎まれたことが何度あっただろう。
だが、幼い頃から僕の人生はそうゆうことをしなければ生きてこれなかったのだから、他人にとやかく言われる筋合いはない。
さぁ、君は僕をどう思う。桜峰ヤル。
ふと、彼女の眼を見た瞬間だった。
ー…!!?
僕は反射的に、彼女から目を背けた。
澄み渡った彼女の瞳は美しい深緑色に満ちていて。
僕の淀んだ目では見てはならない、そう思ってしまうような瞳をしている。
今までの彼女は違かった。
美しさより、孤独さを感じさせていたから。
でも今は、とても、暖かい目をしていて。
今までずっと感じていた、「孤独な仲間」、つまり同類とでも言うべき彼女への感情が、今は全く感じない。
なぜ、君は今孤独じゃないんだ。
なぜ、そんなにも澄んだ眼をしてるんだ。
なんでー…
「……………………なぁ、君。」
「?」
突然少女は僕の顔を覗き込む。
僕のパーソナルスペースをぶち破って。
…!?
驚きを隠せない僕を後目に、少女は獣の如く鋭い目で、しっかりと、ハッキリと。
僕の喉を貫いた。
「君、猫かぶんのやめたら?」
「…っ…!?」
貫かれた喉は、音も出せずに
ー…痙攣する。
…
「………なんの事かな?僕はいつもこんな感じだよ?」
あくまでも、平然に。
僕は彼女に笑ってみせた。
そんな僕の様子を見た彼女は、静かに下を向いて、深い溜息をついた。そしてまた、僕の目を見る。
今度は、それはそれは冷たい目で。
「…今の内に言っておく。私は、君が嫌いだ。」
「…へ?」
いきなり何を言い出すんだ。
ここまで正々堂々と言う人はなかなかいない。
倫理観やら協調性やらを、きっと君はもってなんていないんだろうな、と嫌でも思ってしまう。
あーあ、
君はなんて…
「『めんどくさい』とでも言いたいような顔したな。」
!?
「君、その顔。そーゆー顔の方が似合ってるよ。少なくとも、今の今までしてた作り笑顔よりかはね。」
桜峰ヤルは微笑まずにそう言った。
彼女の言った「そーゆー顔」。
今までの人生で僕は常に感情を隠し通してこれた。いや、最早それは感情を通り越し「無」に近いものだったが。僕のつけた仮面は何より恐ろしく出来のいいものだった。出来が良かった、はずだったのに…。
彼女は、僕の仮面を見つけてしまった。
こんなにも
容易く
僕の心に堂々と
刃を突き刺した。
なんだよ…
「じゃ、私バイトだから…」
「待て。」
…
「…何。」
冷徹で冷静なその声は、まるでー…
「じゃあ、僕も言っておく…!」
『僕も、君が嫌いだ。』
ー…まるで、僕のことを見透かしているかのようだった。