表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
独りぼっちの仮面。  作者: 倉辻呑瑠
2/3

第二話 時間を動かす方法

また繰り返す

また堕ちる

私は死ぬまであと何回

「また」を味わうのだろうか






入学してからというもの。学校で私は、これ以上ないほどの浮きっぷりを見せていた。

当然である。

派手な容姿に文句を言う者もあれば、

この堂々としすぎな口調やら態度やらに苛立つ者もいる。

わざと聞こえる悪口なんか日常で、

心も傷つくことに疲れていた。


(…ま、何とかなるか。)


私はこんなことが思えるくらい、

少し気が軽かった。

深く思いつめることも、入学式以来減っていた。


それは、あの日咲希さんが言ってくれた言葉があったから。

自分のできる限りの今日を、生きてみようと思ったんだ。


…そう思っていたのに。



悲劇は私に刃を向けた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「ただいま。」


いつものように私は、小さくただいまを吐いた。

靴を片方ずつ脱ぎ、きちんと並ばれた子供靴の横に添える。遠くの部屋からは、子供たちのぎゃあぎゃあ騒ぐ声が聞こえていた。




……ん?


いつもなら、「おかえり〜!」と誰より早く帰ってくるはずの声…咲希さんの声が、今日は聞こえない。

ー…それは、何か用事で手があかなくて言えないのとは違う感じ。





なんていうか、

嫌な感じがするというか、


なんだろう。


胸騒ぎがする。




















嫌だ。



私は小走りで咲希さんを探し始めた。

ひとつずつ部屋を回ってみるものの、咲希さんの姿は見えない。


(この違和感は…。)


そう思いながら、私は恐らく子供たちがいるであろう部屋にたどり着いた。


ガラガラガラッ!

と勢いよく扉をあけると、中には子供たちの他に知らないスーツ姿の大人が複数人立っていた。


「…!?」


驚きを隠せない。

そんな私の様子をみながら、その中の一人の男性がスタスタと私の前に立ち塞がった。


「…貴方がこの子達が話していたヤルさんですね。」


「………誰だ。」


私は威嚇した。

子供たちが私の酷い顔を少しでも見なくていいように、顔をちょっとだけ上にあげて。

男性は、そんな私の行為など気にもとめずに淡々とした口調で私にこう言った。





「この孤児院の経営者、笹垣咲希(ささがきさき)さんが失踪しました。」








「……は?」




何…言ってるんだ…?


「元々この孤児院には多額の借金があり、今回は経営破綻…といった所でしょうか。雲隠れしたんですよ、彼女は。」




嘘だ


嘘だ嘘だ


「そんな訳…ない。あの人が、私たちを置いていくはず…」


「残念ですが、これが事実です。」


腹を刺されたように、私の息は詰まった。

昨日まで…いや、今日の朝まで彼女の笑顔を見た。

「行ってらっしゃい!」と言われた。

あの笑顔は。

あの言葉は。

この10年は。



なんだったんだ。







「あなた以外は小学生以下の子供たちなので、各自引き取り手を用意しました。ですが、あなたは高校生なのでなかなか引き取り手が見つからない状態です。ですので、こちらで用意したホテルに引き取り手が見つかるまで泊まって頂き…」


「断る。」







「…はい?」





また

失った


もう

疲れた




「私は私にできる範囲の場所を借り、住むことにします。引き取り手は探さなくて結構です。ただ、その場所が決まるまではこの場所にしばらく住まわせてください。片付けなどもしなければならないでしょう?」






この時だった。

私の顔に、仮面がついたのは。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

あれからもう2週間が経った。


始めた喫茶店のアルバイトに明け暮れる毎日。

はっきりと聞こえてやまない陰口や噂話。

誰もいない大きな家に帰る日々。

この2週間は、地獄だった。


そして、ようやく見つけた賃貸住宅。

私は明日から、その家に引っ越すことになる。


だから今日が、この家で過ごす最後の夜となるのだ。


そして、私が出ていったあとのこの施設はさっさと取り壊され、新しい建物が建つそうだ。

無情だ。

あまりにも現実は冷たく残酷で。


もう、感情さえも忘れてしまった。


毎日のように見るその桜の大木だけを虚ろに見ては、

花びらを避けて家を出る日々だ。


コーヒーを片手に、誰もいない夜の空間で

私は独り、最近の自分の日常だけを思い出していた。

まるで、その事以外に考えられないー…いや、その事以外何も考えたくないとでもいうように。




朝になり、私はいつものように学校へ行くためにドアを開けた。

ふと俯いていた顔を上げると、そこには、桜の花びらを頭にのせたあの日の大人たちがいた。


「…。」


「こんにちは桜峰さん。今日此処を立ち退かれるそうですね。」


「そうです。もう、あなた方の厄介にはなりませんよ。私は私で生きていきます。」


彼らは何かを言いかけていたが、私は小走りで彼らを後にした。話せば話すほど、あの日の悪夢を思い出すからだ。



今日を生きることしかできない私は。

今日しか頑張れない私は。

今日だけを考えて、生きていかなきゃならないから。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

なんだかとても暖かい。

久々に感じるココアみたいな温度に、私は目を覚ました。


(…私は寝ていた…のか…?)




“「ヤル」”



!!!


お母さんの声がした。

見渡すと、そこはさっきまで授業をしていた教室ではなく、なんだかとても綺麗な場所だった。

空はどこまでも澄んでいて綺麗で

地面は桜の花びらで満ちている。


(お母さん…どこにいるの…?)


おもむろに、聞こえたはずの母の声を探す。

歩く度に、踏んだ桜が身体に染み込んでいくみたいで

怖いけど、暖かく、満ちていく感じがした。






ーもうどれだけ歩いただろう。


どこまで歩いても母の姿は見えなかった。

見えない母に落胆していると

再び声が聞こえた。


“「人に、優しくありなさい。」”


それは、ずっと見ていた前からではなく

一度も振り返らなかった後ろから。


声に導かれて振り向くと

そこには大きな、大きな


桜の木があった。


「さ…くら…?」






ずっと、桜を見ることから逃げていた。


お母さんの大好きだった、桜の花を。

さくらの家に植えてある、桜の木を。


思い出すことから逃げたくて。



久しぶりにハッキリと目に入ってくる桜は、

何より美しく、

優しく、

私の心を震わせていた。



“「ねぇ、ヤル…」”


再度聞こえた母の声は、今度は確かにお母さんの位置を示していた。

それは、この大きな桜の木から。




「…お母さん…なの…?」


大きな木に向けて声をかける。

そんな私の声に反応するわけでもなかったが、

母はしっかりと言葉を伝えてきた。



“「ヤル…大好きよ。あなたのことを、ずっと見てたわ…辛かったわね…苦しかったわよね…」”



自然と、頬を涙が伝う音がした。



「………おかぁ…さん……。もう…誰もいなくなっちゃった…私…私は…。」


気づいていた。


どれだけ冷たく当たっても

世間の声から耳を塞いでも

それはただの強がりにすぎなくて、

心は着実に潰されていっていることに。


“「ごめんね…独りにして…。ごめんね…ヤル…。」”


母の言葉が胸を締め付ける。


分かっている。

これは夢だ。


母は死んだ。

父も死んだ。

10年前のあの日を忘れたことは一度もない。


でも耳に届くその声は、夢の世界に溺れ死にたくなるくらい、優しかった。




“「大丈夫よ、ヤル。優しくて、誰より強いあなたは、これからきっと沢山の人と出会う。沢山の人に救われ、沢山の人を救う。大事なのは、今日をどう生きるか。だけど、たまには休んだって構わない。悪いことだってちょっとくらいしなきゃね。頑張らなくてもいい日だって、一生懸命じゃない日だってあっていいじゃない。大丈夫、あなたの世界は…きっととても…綺麗よ。ヤル…。」”



「おかぁさん…おかぁさん…。ずっと…ずっと…会いたかった。」


…こんなに泣いたのはいつぶりだろうか。


“「私もずっと、あなたに会いたかった。あなたにずっと謝りたかった…。独りにして…ごめんね…。」”


声だけしか聞こえないけれど、きっと、お母さんも今泣いている。



“「…ごめんね、ヤル。もうそろそろ時間だわ。」”


「じかん…?」


“「そう…。でもね…これだけはわかっていて、あなたのことを、お母さんはずっと見ているわ。お父さんもよ。あなたにとっては仕事ばかりでほとんど見たことのない人だけれど、彼はあなたを愛していたの。そのことだけは何よりも確かよ。もちろん、お母さんもヤルのことが大好きよ…何よりも。」”


お父さん…お母さん…。


“「さぁ、行きなさい。あなたの生きる世界は、ここじゃないでしょう…?」”


「……うん…うん…そうだね…お母さん。」


溢れる涙を拭いながら、私は頷いた。





お母さん、ありがとう。






ーー…ジェットコースターが落ちてく時みたいに、私の目は覚めた。


目を覚ました先は紛れもない現実が広がっていて

先生が授業をしていた。


心の中を充たしているのは、大好きな母の声と美しい桜の色だった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



いつものように学校が終わると、




私の足は、学校に植えてある桜の木へと動いていた。

入学してから何度もみている、さくらの家より小さな木。


でも、なんだかとても見たくなっていたんだ。


今思えばあの時の私は、お母さんに(いざな)われていたのかもしれない。とにかくそれは運命やら必然やらで言い表すべき事柄だったんだ。





桜の木の下で、私はただ、花を見る。


それは、何かを考えるわけでもない。

ただ、あの夢の世界を思い出すだけ。


(お母さん…お父さん…。)








ガサガサッ…!









静かな世界に音がした。

時間が動き出す音が。











「ねぇ、桜峰さん。どうして桜を見ているの?」
















君と出会った。














評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ