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独りぼっちの仮面。  作者: 倉辻呑瑠
1/3

第一話 全てに意味は、

初投稿になります!

至らぬ点が多々あることかと思いますが、よろしくお願い致します!

空っぽの世界に取り残され

自然と、仮面が私を包んでいった

仮面は私に何も言わない

私は仮面に何も言えない





【10年前/3月24日/日暮れ】


抱えた感情を持て余す。

ー…だってそれは、あまりにも唐突すぎたから。


「お…かぁさん…」


サイレンが鳴り響く。

深い緑色の髪が、

静かに赤黒く染まっていく。

気持ち悪い匂いが私の全てを飲み込んだ。


夜の暗がりに目に痛い程の赤い光が次々に差し込んで。

人が来る。

沢山来る。

幼い少女に見える景色は、

余りにも狭すぎて、小さすぎて。


「…お…とぅさん…?」


どうにも息苦しいが、その理由すら分かれなかった。

…だがその差し込んだ非情な赤い光は、否応なしに7歳の少女には残酷すぎる事実を淡々と告げた。


私を抱きしめていた母の顔は

それは醜く美しい、力強い死の顔であったのだ。



「ねぇ…ヤル……」


蚊の鳴くような母の声が聞こえた。

もう力もないはずなのに、

懸命に母は笑った。

愛する我が子ーヤルを、より強く抱きしめて。


「お、おかあさ…!」



『人に…やさしく…ありなさい…ね』



「おかあさん…!!!」




その時の記憶は今となっては曖昧だが、『私が独りになった』という事実を感じた感覚だけが、今も残っている。







【現在/4月8日/明け方】


桜が舞っている。

この孤児院ーさくらの家には入口付近に大きな桜の木が1本植えてあり、玄関先で真新しいローファーを履いていた私の頬を静かに桜の花びらが撫でた。


「…あ!よかったぁヤルちゃんまだ行ってなかった〜!間に合ってホントよかったよ〜。」


聞きなれた優しい声に、私は振り向いた。

その茶色っけの強い、癖のある長い髪は春によく似合っていて、とても美しかった。

だが、それに比べて私の髪はいつまでたっても変わらない深い緑で満ちていて、美しいとは思えなかった。


「…咲希さん…どうも。」


「…どうも。じゃないよ〜!今日入学式でしょ!子供たちがいるから一緒に行けないけど…とにかく、これだけ言おうと思って、『高校入学おめでとう!』」


「…あ………。」


“『ヤル、小学校入学おめでとう!』”


チクリ


心に棘が刺さる音がする。

それは真新しい棘なんかじゃない、そんなに優しいもんじゃない。

この棘は、10年前に私に刺さって以来、

何度も何度も抜いては刺してを繰り返してくる。



この人ー咲希さんは、悪い人ではない。

10年前、不慮の事故によって家族を失い、引き取り手のなかった私を引き取ってくれた恩人だ。

良心の塊のような彼女の一言だからこそ、余計に辛いものがあるのかもしれない。


この棘はきっと、死ぬまで私を離しはしないだろう。

そんなことが容易に想像できてしまう私は、一般的な17歳とは言えないのではないだろうか。


その後私は咲希さん軽く会釈をし、さくらの家をあとにした。







学校につくと、そこは溢れんばかりの笑顔で充ちていた。親が写真を撮り、子が笑ってピースする。独りで佇む私の姿は、周りからしたら異質な存在だと思う。だって私自身がそう思っているのだから、周りがそう思わないわけが無いのだ。


「…はぁ。」


舞い散る桜が、目に痛かった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


入学式は、思ったより早く終わった。

先生の話も、校長の話も、吹奏楽部の演奏も、全く耳には入って来なかったからだと思う。

聞いてないのが悪いんじゃない。

つまらないのが、悪いのだ。


「はい、じゃー皆さん入学式お疲れ様でした。早速だけど自己紹介するよー。」


ボサボサの髪を掻きながら、緩い口調で担任がそういったのが聞こえた。入学式が終わりクラスに戻ってきた私は、早々に堅苦しいジャケットを自前のパーカーに着直しフードを被って静かに眠っていたのだから、私が担任のボサボサ頭をちゃんと見たのは自分の番が呼ばれた時だった。

頭文字が「お」のこともあって、私は3番目と早かった。何を話すか決まっていないし話すことも無い。

さっさと終わらしてしまおうとガタガタッと少しうるさめの音を鳴らしながら私は席をたった。


「え………。」

「何、あの髪…。」


ザワザワと声がする。

どうやら、フードを被っていた為、私の特徴的な深緑色の髪が見えなくなっていたのだろう。

…こういう反応はいつものことだ、もう慣れた。

何食わぬ顔で、私は黒板前まで早歩きで歩いた。

そしてスっと前を向くと、…一瞬。

シンっと空気が静まりかえるのが分かった。


息を吸う。

顎を下げ。

目線は前に。

声は強めに。


桜峰(おうみね)ヤル。南中出身。帰宅部。よろしく頼む。」



クラス全員が何が起きたか分からないというように目を見張る。

その堂々さに、その異常さに、その男らしさに。

別に人から何を言われたって構わない。

それがヤルの心情なのであった。


ようはオッカムの剃刀ということだ。

ー…無駄なものは削ぎ落とす。

大事なものは、あまりつくりたくない。


大事なものが壊れた辛さは、

私が一番、よく知ってるから。





独り放課後の帰り道を歩く。

夕焼け空は嫌になるほど美しく鮮やかな赤だった。

あぁ、ほら、また

あの血の色を、思い出す。


憂さ晴らしをしたいのか

現実逃避したいのか

よく分からない心のまま、私は近くの小石を蹴った。

蹴った小石は遠くへ飛ばされた後にコロコロ音を立てながら踊っている。そして次第に音が小さくなっていく様子を、私は帰る足を止めて静かに眺めていた。


(今日の一日は、意味がある一日だったのか?)


…はっ…


「…また、私はこんなこと考えて。」


今日の私の発言は、放課後クラスを出る時から今の今まで一言も誰とも話さなかったことに繋がっているのだろうか。…まぁ、過ぎたことを言ってもどうにもならないし、後悔もしていない。

ただ、明日からの自分の世界に生きにくい土台作りをしてしまったのなら、私は謝らなければならない。


「ごめんな、私。こんな生き方しかできなくて。」


吐いた弱音を春風が揉み消していく。

揺れる髪を撫でながら、私はまた歩き出した。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「おかえり!ヤルちゃん!」


「「ヤルおねーちゃんおかえりーー」」


さくらの家はいつも暖かい。

私にとってこの場所は、どのくらい大切なものなのだろう。失ってからでないとその大切さに気づけないのが、大切なものの短所である。


いつもより少しだけ豪華なご飯を10人で食べた。

いつものように後片付けをし、

いつものように子供たちは、10時に寝静まっていた。


夜10時30分を時計の針が指したのと同じくらいのタイミングで、独り暖炉のそばで読書をしていた私の元に、咲希さんがやってきた。


「ヤルちゃん、今日学校どうだった?お友達できた?」


私の傍にあったサイドテーブルの上に、淹れたてのココアをカップを置きながら、咲希さんはそう質問してきた。

咲希さんはいつも大事な話をする時に、必ず相手にココアをもてなすのだ。

以前何故このようなことをするのかと聞いてみたら、「大事な話ってゆーのは、深刻な話が多いでしょ?だからココアなの!だって、甘くて暖かい、人の優しい心に似てるでしょ?」と言われたのだった。

いかにも、彼女らしい。


読んでいたところに和紙でできた栞をはさみ、私は本を膝の上に置いた。


「咲希さん、私はやっぱり人と話すのに向いていない。口の悪さもこの見た目も、変えようがないから諦めてるけどな。ただ、今日また思ってしまったんだ。今日を生きる意味について。今日の私は何も出来なかった、なんにも生きていると実感できなかった。生きている意味を見出さなきゃ、私は母さんや父さんに顔向けできないのにな。」


細い声で静かに話す私のことを、咲希さんは静かに聞いていた。そして、変わらない笑顔で私の髪をグシャグシャとかき乱す。

そして俯いていた私の頬を両手でがっちりと掴んで、目を合わせた。


「全てに意味を持たせることに意味は無いよ、ヤルちゃん。」


「…え?」


「…10年。ヤルちゃんいつも口癖で言ってた、『生きなきゃ』って。なんでそんなにそう言うの?って聞いたらいっつも、お母さんに人に優しくありなさいって言われたから、優しい人間になる為にはちゃんと生きなきゃいけないのって言うんだもん。あなたの強さは、きっと…私の想像以上なんだろうね。」


懐かしい記憶が、咲希さんの語りとともに蘇る。

あぁ、そんなこともあったな。


10年前親を亡くした私は、深い絶望と母の最期の言葉だけを抱えて生きていた。

生前の母にはもうひとつ口癖があった。「優しさは強さよ、本当に強い人間は、その分人を救う力を持ってる。」あの言葉と母の遺言は、私の中で繋がった一文となっていたのだ。


「でもね、ヤルちゃん。全てに意味はあるけれど、全てに意味をもたせるように生きるのは難しいんじゃないかな。いつの間にか意味ができてたっていうのが私たちが生きてる時間のつくりなんだよ。今日生きた意味は、明日の自分が、未来の自分がつくってくれる。」


カチッ……と何かがハマる音がする。

腑に落ちた、というのが正しい表現だろうか。


「咲希さんの口癖、また出てる…」


少しだけ口角のあがった二人は、

示し合わせたかのようにその言葉を言った。


“ 「明日のことは、明日の自分に任せよう。」”



「ふふ…ヤルちゃんもうバッチリ私の口癖覚えたね。」


「10年も一緒にいたら、そりゃ覚える。」


小さな笑い声が、咲希さんの愛で溢れた孤児院にこだまする。あたりは優しく、甘くて、甘いココアの匂いで満ちていた。








そのココアの匂いがもう嗅げなくなんて、思わずに。

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